Archive for July of 2006

中国語学習法

July 31, 2006
私は約1年半近く上海に駐在していたわけですが、当初の予定ではもう1年ぐらいは滞在する予定でした。もしあと1年長く中国に住んでいたら、中国語のレベルも結構上がったのではないかと思うのですが、ビジネスも中国語もとても中途半端な状態で帰国しなくてはいけなくなってしまったのが、何よりも残念でした。
また、上海駐在中も、毎月取締役会出席のために一時帰国をしていたこともあって、中国語の感覚が毎月進歩と一歩後退を繰り返していた感があります。
それでも一般的な中国に同じぐらいの期間滞在していた日本人と比べると、話せる方の部類に入るらしく、いつもどうやって勉強したのか?と聞かれることがあります。
私は学校に通ったこともなく、中国に住む前も中国語は勉強したことが無かったのですが、そんな私が中国語を少しできるようになった理由は大きく二つあります。
1つは「毎日現地のテレビを見ていたこと」。中国は地方によって様々な方言があり、発音が異なるため、中国のテレビの番組は結構な割合で字幕があります。
(最初は耳が聞こえない人のためにそうしているのかと思い、さすが中国人口も多ければ耳が聞こえない人も多いのだな、と勝手に思い込んでいたのですが、そうではないようです)中国語は漢字なので字幕を見るとある程度意味が想像できるので、字幕を見ながら会話を聞いているとなんとなく内容が分かってくるものです。これを勉強だと思って毎日最低1時間は必ず見るようにしていました。ただ興味の無い番組を見ていても頭に入りにくいと思ったので、私の好きな時代劇を良く観ていたのですが、このため私の中国語はどこか古代の名残があるようです(笑)。ただ、こういったテレビを見ながら、というのは中国語ならではの学習法かも知れません。
もう1つは「中国語を話す機会を意図的につくること」。そして思い切って話してみること、です。外国語だとどうしても恥かしさとか、伝わらなかったらどうしようという不安も相まって、話すのを躊躇しがちです(実は私も英語はそれに近い)。そこで外国語しか話せない人と二人になる環境を出来るだけ多くつくってしまう、のです。例えば私はマッサージが好きなので、マッサージにはできるだけ1人で行くようにしています。そうすればマッサージ士と二人になるので必然的に中国語だけの会話になります。また、タクシーに乗るときには運転手の隣に座るようにしていました。中国では1人でタクシーに乗るときには隣に座るのが一種のマナーのようで、逆を言うと隣に座ると中国語が話せると思ってどんどん話しかけてくるのです。飲みに行くときにも、気持ちが大きくなるので出来るだけ中国語を話すようにしていました。
日本人はどうしても日本人と一緒に行動しがちなのですが、私は住むエリアも日本人が居ないエリアを選び、日本人と接触することを必要最低限に抑えていました。
あとは、よく言われる当たり前のこととして、ガールフレンドやボーイフレンドをつくると覚えるのが早いと言われています(残念ながら(?)私には該当がありませんでしたが・・・)。
外国語を勉強する際には、その国に興味を持ち、もっと知りたいと思うことが一番大事なのではないかと思います。「好きこそ物の上手なれ」と言いますが、まさにその言葉通りです。

朝令暮改

July 30, 2006
朝礼暮改・・・朝に出した命令を夕方にはもう改めること。つまり、言うことがコロコロ変わることを意味する言葉です。
私は以前この言葉に対しては悪いイメージしか無かったのですが、うちのK取締役の口癖(!?)の1つでもあり、最近この言葉の意味を深く考えるようになりました。(もっともこの場合は厳密な意味での朝令暮改)
私はこれまで一度決めたことを最後まで貫くことが大事だと思っていましたし、それをポリシーにもしてきました。今も基本的にはその考えは変わっていません。
逆に言うと一度決めたことを後になって持ち出す人を軽蔑さえしていました。
ただ、その決めるときに、正確かつ正しい結論・決断を出すために十分な情報が無いということもあるかも知れませんし、その後に状況が変化することもあり得るかと思います。つまり、物事を決める段階では、予期しなかった状況の変化や新しい事実・情報などを得たことによって、より良い解が生まれたときには、決定したことにこだわるよりも、より良い方を選んだ方が良いこともあるのではないか、ということです。もちろん、この場合にはルールとして先の議論に参加した全員の了承を取る、ということが前提があっての話ですが・・・。
一方、単に優柔不断で決めたことを後ですぐに変更したり、決めたことに賛成していなかった人が感情的になんとか自分の意見を押し通そうとする動きは、コンセンサスの不一致、誤解や混乱、時間の浪費、進行障害などを招き、全くマイナスでしかないと思います。
これらの違いは表向き分かりにくいところがありますが、実質的に前向きか後ろ向きかという大きな違いがあるので、この二つを履き違えないようにする必要があると思っています。
よく一般的に「社長の考えや意見がコロコロ変わるから何を考えているか分からない」とか「社長にはついていけない」という話を聞くことがありますが、以前は「そういう社長だと大変だろうな〜」と共感する部分が多かったのですが、もしかしたらその社長は優柔不断なのではなく、四六時中仕事のことを考えていて、その過程の中でよりベターなソリューションを発見している、ということもあるかも知れないと思うようになりました。経営者や上司はその時に得られている情報をもとにジャッジをしなくてはなりません。この情報の量や質は情報ルートや環境(例えば風通しが悪い会社は正確な情報が上がりにくいなど)によっても異なるし、その時々やシチュエーションによっても大分異なります。
事業戦略にしても、その戦略を立てるときの業界環境や競合状況などをもとに最適と思われる戦略を策定しているものであって、その後の前提条件の変化などに応じて時代に合わせて見直しをして最適化していくことは決して悪いことではないと思います。
昔の偉人の言葉で「良い方法が見つかって、以前のやり方を否定することは決して恥かしいことではない」という主旨の文句を聞いたことがあります。「初心貫徹」と環境順応」のバランスというのは最近私の中でのテーマもあります。

海の乗り物

July 29, 2006
私は海の乗り物への縁があまり無いようです。
先日うちの会社では有志の人達で「屋形船宴会」が催されました。会社戦略説明会を終えて帰社したら、結構な割合のスタッフが浴衣に着替えていて、一瞬どこに戻ってきたのかと目を疑ったほどです。
「屋形船」というと、昔からある船に簡易式の建物をのせて、その中が座敷になっているという伝統的なイメージがありますが、実際はどうなのでしょうか。いずれにせよ、趣がある響きですね。私は出張に来てしまったので、どんな感じだったのかは聞いていないのですが、きっと楽しい宴だったのではないかと思います。
私は海の乗り物が嫌いではないのですが、なかなか乗る機会に恵まれません。
クルーザーやヨットをお持ちの方に何人かお会いしたことがあり、社交辞令で「今度是非来てください」と言っていただくものの、一度も乗った機会はありません。上海に住んでいたときも、クルーザー(というかどちらかというとタンカー(笑))上のカクテルパーティに招待されたことがあるのですが、女性同伴ルールだったため止む無く諦めました。自分ではフェリー旅行を何度か企画したことがあるのですが、結局企画倒れのままです。フェリーで夜通し麻雀をして皆で朝日を見る、というのに憧れているのですが、容易には実現しないようです。
私は観光地へ行くと、必ずといって良いほど観光船やボートに乗ってしまいます。
なぜかというと、普通の乗り物と違って、観光船ではカモメ等に餌を上げれるケースが多く、ボートは漕ぐという行為があるので、これらには自分が参加している、という感覚が持てるからです。またボートは、プライベートな世界と時間がつくれるのが気に入っています。学生の頃は私の頭の中でデート=湖畔公園=ボートという方程式があったぐらいです(笑)。
ところで、クルーザーとヨットというのは傍目には同じように見えてしまいますが、乗る人の層が全く異なるそうです。とある方の話では、クルーザーは成金系、ヨットはセレブ系とか。もっともその方はヨットを持っているのでヨット贔屓なわけですが、ヨットに乗ると人生観が変わるとまでおっしゃっていました。
機会があれば、一度乗ってみたいものです。

戦略説明会

July 28, 2006
本日都内の会場において、メディア向けにネットビレッジの事業戦略説明会を開催させていただきました。
うちの会社がこのような形で、事業戦略について対外的に説明する機会を設けさせていただいたのは初めてです。この背景には、基盤固めの時期が終わって、社
名変更を機にこれからまさに攻めの体制になり、将来ビジョンを打ち出すとともにそれに向かって邁進していくことをPRしたかったということがあります。
うちの会社は中国に力を入れていることもあり、中国法人の責任者(5/15付けhirog『張振棟』参照)にもこれに合わせて来日してもらいました。
説明会は広報担当の初デビュー司会のもと、ネットビレッジグループの将来戦略について私から、中国での戦略について張の方から、という二部構成で行いました。私は話したいことは山ほどあったのですが、話せる内容と時間に制限があったので、消化不良の感もありましたが、目指す姿やそこに至るまでの戦略について一通り説明することができたという意味で良い機会だったと思います。張の方は最近業界では有名人になりつつあるので、しばらく見ないうちに講演慣れしたようで、不慣れな日本語というハンディがあったにもかかわらず、自信と野心に溢れたプレゼンで、聞いている身内の私自身もとても納得の行く内容でした。早速著名新聞社から個別の取材申込があったようです。
今週の月・火は大阪で個人投資家向けのIRフェアに出展したのですが、私は参加できなかったのですが、ご年配の方々に多数ご来場いただいたようです。
こういった形で、少しでも多くの方にネットビレッジという会社を知ってもらう機会を設けることは大事なことだと思いました。
中長期戦略を発表した以上は、これから実際に事業、数値で示していく必要があると思っています。
なお、今日の説明会の内容は、ケータイウォッチでは既に記事になっているようですが、後日ホームページでもアップ予定をしていますので、興味のある方は是非ご覧ください。

白い服

July 27, 2006
今年の流行色は白のようで、街中には白いスカートをまとった女性を多く見かけます。今日は私も今年初めて白のパンツをはいて会社に行ってみました。
「白」という色は清潔感があって、涼しげでいいですよね。同じ白でも素材が異なると色々バリュエーションが出てくるから不思議です。
ファッションにおいて白というのはとても重要な要素だと思いますが、同じ着る物でも、「白いスカート」「白いパンツ」だとお洒落な感じがしますが、「白いストッキング」とか「白いエプロン」というと「メイド」を思い浮かべてしまいます。また、「白いYシャツ」「白いブラウス」というと何か堅苦しい感じがするし、「白衣」というと病院とかをイメージすることが多いのではないでしょうか。白衣と言えば、給食当番や理科の実験のときに、なぜわざわざ汚れやすい白なんだろう・・・といつも疑問を持ちながら着替えていました。
ただ、何といっても代表的な白の服としては、「ウェディングドレス」でしょうか。ただウェディングドレスこそ、同じ白でもクリーム系の白から純白まで微妙な色がたくさんありますし、形や装飾も様々なので、ドレスによって全くイメージが異なるから不思議です。そういえば、白の水着というのは昔はタブーでしたが、グラビアアイドルなどが積極的に着るようになってから、今ではかなり一般的になったのではないかと思います。以前は「白=下着」
というイメージが強かったのでしょうね。
白い服と言えば、私が高校生の頃、TUBEという夏を象徴する音楽グループ(今でもありますけど(笑))が、ジーンズに白いTシャツを着ていたことから、当時男性の間でジーンズに白いTシャツというのが大流行したときがありました。このときはHane'sのTシャツが売れに売れたときです。皆競って肌を焼いて、日焼けした肌に白いTシャツという人がそこらじゅうに居たことを覚えています(笑)。
白という色は対比があって初めて際立つものだと思いますので、確かに肌が白い人が白い洋服を着ると、顔が負けてしまったり、病弱に見えたり、ということはあるかも知れません。
白い服の難点は、着ているときにとても気を遣うこと。汚れやすいので、外を歩くときや食事をするときなど、どうしても気になってしまいます。また、白は素材によっては透けてしまうので、下着までセットで考えなくてはなりません。私は白系の服は1度着たらすぐにクリーニングに出すのですが、それでも汚れが100%落ちなかったり、1年しまっておくと少し変色してしまったりと、長持ちしないのも欠点です。
ところで「白のスーツ」というと裏社会とか業界人をイメージする人が多いと思いますが、実は私は一度白のスーツを着てみたいと思っています。fonfunが将来一部上場を果たしたら、その記念パーティでは是非白のスーツで参上したいと思います(笑)。

大志を持った社長

July 26, 2006
本日は新宿高層ホテルはとてもムーディーなラウンジで、とあるゲーム開発会社の社長さんと会っていました。
火曜日の平日だと言うのに、周りはお客さんがいっぱいで、特にカップルだらけで、中年男性のカップルはちょっと寂しい感じでした(笑)。
その社長さんは、白いジャケットに胸の開いたシャツという出で立ちで、パッと見ヤンキーみたいなのですが、実際にはとてもユニークでアグレッシブな方です。ただ人と会うのが好きではないらしくて、滅多に社長同士でも会わないそうです。
彼と会っているといつも元気をもらえる気がします。もっとも彼と話しているときの90%は彼なりの持論や夢の話になり、一方的に聞き役になっていることが多いのですが、彼の物の見方や考えのベースになっている要素は興味深いものがあり、普段私がお会いしている経営者の方々とは全く違うタイプ7なので刺激を受けることが多いのです。自分は自分という部分が明確であり、そして自分がどういう人間かを十分に理解したうえで話をされるので、嫌味が無いというか、長話も思わず最後まで聞いてしまいます。
そんな彼は、読書が大好きで社会人になってから暇さえあれば本を読んでいるそうです。彼は高校には行っていないのですが、今は高校の数学の教科書にはまっ
ているそうで、毎夜数式と格闘しているとのこと。本は自分の視野を広げるヒントをくれる、とか数学は言語と同じで物事の基本的な考え方の勉強になる、とおっしゃっていますが、それだけ一般の人に比してよりピュアで吸収力が大きいから出来ることだと思います。このあくなき自己向上心には頭が下がります。
今日も「「人間は考える葦である」という言葉がありますが、その前にとても大事な文章があったことをご存知ですか?」と聞かれ、私は分からなかったのですが、「考えることは道徳の基になる」というようなことが書かれているそうです。表面的な一次的な情報だけではなく、大元に返ることで初めてこのような深い意味を知ることができる、というのを示している良い例かと思います。
私の前ではいたって温和な(ただ相当エネルギッシュですが)彼ではありますが、既に会社を興して12年と、うちの会社よりも長い社歴を持っており、既にスタッフも100人近くいるらしいので、これまで相当な苦労があったのだと思います。また、彼は明確なビジョンをもって信念をもって経営にあたっているので、会社ではまた違ったカリスマ性を発揮されているのだと思います。
彼は、ソフトウェアというもの、そしてゲームというものについて、壮大な理想と目標を持っており、これからそれを追求していかれるそうですが、是非その気持ちを忘れずに夢を実現していただきたいと願っています。

雨の日

July 25, 2006
今年は梅雨明けが遅いようで、最近ずっとぐずついた天気が続いていますね。
私は基本的には雨の日が嫌いです。もちろん気分が乗らない、ということもあるのですが、「天気に気分が左右されるようでは甘い。自分の天気を持て」と何かの本に書いてあるのを読んでから、気分は落ち込まないように意識するようにしています。とはいえ雨の日は、まず湿度が高くなってじめじめ感があること、傘を持つのが面倒であること、意図せずして洋服が汚くなりやすいこと、などが好きではありません。特に混んでいる電車や路上を歩いていると人の傘がくっついたり、車が水溜りを弾いたりと、その気を遣うのに疲れてしまうことがあります。雨の日だけは運転手付きの専用車だったら不快感無いし車内で仕事もできるのに、と一瞬思ったりします。
今日もクリーニングに出したばかりのスーツを着て家を出たら10秒もしないうちに床のタイルが壊れているところがあって、そこに足を踏み込んでしまい、膝下がずぶ濡れになってしまいました。そんな普段はうっとうしいまである雨なのですが、不思議と仕事と関係ないとき、もしくは時間があるときには時として情緒をもたらしてくれることがあります。しとしと振っている雨をボーっと眺めたり、雨音に聞き耳を立てていると、仕事の慌しさや都会の騒々しさから解き放たれたような、一瞬とても平静な気持ちになることがあります。
雨と言えば、小さい頃にふと「雨の中を2倍の速度で歩いたら濡れるのは半分で済むのだろうか?」と思ったことがあるのですが、これってどうなんでしょうね。
なんとなく早く歩けば上からの雨の当たりが少なくなる気がするのですが、その分身体の横に当たる雨は増えるような気もします。多分、これって雨の速度とか密度とか、身体の傾斜角とか、歩く速度とか、色んな要素に関係してくるのかも知れません。うーん、久しぶりにちょっと考えてみたのですが頭が働いていないようなので、
知っている人が居たら教えてください!

花火大会

July 24, 2006
今日は、調布市で花火大会がありました。私は東京では調布市に住んでいた期間が8年ぐらいと一番長く、現在もすぐ隣が調布市ということもあり、調布市の花火大会はかれこれ10年近くお世話になっています。
ただ、私の記憶では、調布市の花火大会はいつも雨に悩まされ、8月に開催されることが多かった気がします。昨年も途中から雨だった気がしますし、今年もず
っと小雨の中での開催でした。
初めてこの花火大会へ行ったときには、京王多摩川駅という各駅停車駅を降りて、とても場所が分かりにくかった覚えがあります。実はこの調布の花火は花火を打ち上げる場所が多摩川会場と布田会場の二つに分かれているので、人の波が分散するという特徴があります。具体的に言うと京王稲田堤から柴崎駅ぐらいまでの調布駅を中心とする6駅ぐらいが対象になるのです。
有料席なのか、無料席なのか、近くで見たいのか、遠くて眺めの良い位置で見たいのか、など目的を明確に持って歩かないと、思ってもいないところへ行ってしまったりします。それでも主催者側も毎年その辺を検討しているらしく、年々ところどころ改善され(通行路、観覧席、出店の位置など)、今年は誘導などだいぶ良くなったような気がしました。
私が住んでいた調布の家は、まさに布田会場の目と鼻の先にある、道路に面して立っていて、家の2階から花火が鑑賞できたので、花火大会になるとよく友達を呼んで皆でワイワイ観ていました。ただ難点はあまりに音が大き過ぎて振動があること、そして火薬や花火の欠片が飛んでくることでした。
今日は、体調が芳しくなかったこともあり、自宅から車を運転して行ったのですが、駅の近くの駐車場で待つこと2時間、やっと車を止めることが出来ました。
花火を観ると夏を感じます。特に今日はグルグル車で会場付近を廻っていたため、たくさんの観客を見ましたが、かなりの割合の女性が浴衣に身をまとっていて、日本独特の風情を感じ、日本も捨てたものじゃないなと思いました。
これから全国的に花火大会が全盛になる時期ですね。今日は雨の中、しかも車の中からの花火だったので、できればあと1回はきちんとした花火を見てみたいで
す。
花火と言えばビール、最近ほとんどプライベートで飲んでいない自分に気づきました。気の合う仲間と気楽にビールでも飲みたいものです。

土用の丑の日

July 23, 2006
明日(というか今日)は土用の丑の日なんですね。スーパーなどでもウナギが盛んに売られていました。
ところで、この「土用の丑」ってかなり難易度が高い日だと思うのですが、皆さんは真剣に考えたことってありますか?
私は冗談ではなく社会人になるまで「土用の丑」は「土曜の牛」だと思っていました。なのでなぜ「土曜以外の日」に、しかも「ウナギ」を食べるのかが理解できませんでした。加えて私は実はウナギが食べれないので、その理由を突っ込んで調べたこともありませんでした。というわけで今日は私なりに調べた知識を皆さんと共有したいと思います。
まず「土用の丑」は「土用」と「丑」に分けて考える必要がありそうです。「土用」とは五行思想(中国に端を発する自然哲学で万物は火、木、土、金、水の5種類の元素から成るという説)に基づく季節の分類の1つで、季節の変わり目の約18日間のことを言うそうです。「丑」とは十二支の丑であり、もともとは紐を差していたが覚えやすくするために動物の「牛」を割り当てたそう。よって、「土用の丑」とは土用の間で日の十二支が丑である日となります。土用は春、夏、秋、冬とあるのですが、夏の土用の丑の日は、暑い時期を乗り切る栄養をつけるためにウナギを食べる習慣ができたそうです。何故ウナギかというと説は色々あり、一番有力なのは江戸時代にウナギ屋が平賀源内に商売の相談に行ったところ、「丑の日に「う」の付くものを食べると夏負けしない」という伝承からヒントを得て、店先に「本日丑の日」と書いたところウナギが大繁盛したというものです。
夏の土用の丑の日は、年によっては2回あって、今年は7月23日と8月4日だそうです。最もウナギの食えない私には関係の無い話ですけど・・・。
ちなみに金沢ではウナギの代わりにドジョウを食べる習慣があるそうです。確かに似てるとは言え、ちょっと苦味がありそうですね。私が小さい頃実家の近くの魚屋でドジョウが売っていたのですが、私はいつも長い時間覗き込みながら、時には店のおばさんに1匹分けてもらってペットして飼っていました。私にはとてもドジョウを食べる気にはなれません。
ウナギ、ドジョウ、アナゴの中で食べれるものは・・・、「うなぎパイ」ぐらいでしょうか(笑)。

めまい物語

July 22, 2006
私はこれまで「めまい」という代物とは全くといって良いほど縁の無い生活を送っていたのですが、昨日その「めまい」なるものを体験してしまいました。今日はお恥ずかしながら自己管理が出来ていなかった私の「めまい物語」です。
原因は色々考えられるものの、基本的には「睡眠不足」と「栄養不足」が重なった結果なのだと思います。月曜日から木曜日に至るまでを思い起こしてみると・・・。(ちなみに下記記録中、私は以前hirogで触れた通り朝食を食べる習慣がないので、朝食は必然的に食べていません)
月曜日:祝日だったものの、夜に都内でMTGがあったため昼ぐらいから都内のネットカフェで仕事を始め、夜にMTGしながらフライドポテトやピクルスなどをつまむ。深夜1時ぐらいに帰宅後、翌日の取締役会資料づくりのため朝まで作業。
火曜日:1時間ぐらい仮眠した後出勤。昼過ぎに15分ぐらい空いたので昼食を買いに出たものの電話があり結局買えずに午後のMTGに突入。夜に中国からの出
張者とのMTGの際、食べ物を注文したものの、内容がシビアな話だったためほとんど喉を通らず。その後もMTGがあり深夜2時ぐらいに帰宅。色々考え事をしていたら頭が冴えて来てメモなど取っているうちにそのまま朝を迎える。
水曜日:朝からスケジュールが詰まっていて昼食は取れず。外出中に栄養が足りないかもと思いコンビニでリポビタンDスーパーを買い歩きながら喉に流し込む。夜は会食だったのだが、私の苦手な豆腐ずくしで全品豆腐料理だったため(最後のデザートまで豆腐でした(悲))、ほとんど口にできず。その後更にMTGがあり、話をするのに支障の無いスープを注文。この日は深夜2時ぐらいに帰宅、寝床についたのだが数時間後に身体の関節が何となく痛くて目が覚める。
木曜日:朝からMTGがあったため、家を出るも途中で「めまい」があり、歩くのもしんどくなったため安静状態に・・・。(ちなみにこの日も水以外何も食せず)
と、月曜から、おつまみ2食、豆腐味見、スープ、リポビタンDスーパー1本、(正確に言うと+缶ジュース数本とオフィスの机の上にあった社員のお土産せんべい)しか食べていなかったのです。めまいが来たときには一瞬自分が年を取ったのだろうか、とショックだったのですが、振り返ってみて当然かも知れないと自分を納得させました。
気力があっても、身体がついてこないこともあるのだと実感しました。それと同時に健康管理をきちんとしなくては、とあらためて反省しました。というわけで、さきほどは「肉野菜炒め」をご飯大盛りで食べてきました。
私のスケジュール表は共有になっており、スタッフなら誰でも予定を入れることが出来るのですが、スケジュールが詰まってくると必然的に昼食時間が無くなってしまいます。このhirogを読んでくれているスタッフは、今後はきっと昼食の時間として30分ぐらいは開けてくれるのではないかと思います(笑)。

いい加減

July 21, 2006
私の大学時代の友人のモットーは「いい加減に生きる」でした。
もっとも、この場合は「なにごともほどほどが良いのだ」という主旨のようなので、「良い加減に生きる」といった方が分かりやすいかも知れません。
初めて聞いたときには「それって屁理屈じゃないの?」と思いましたし、その友人の態度や行動が私の目には中途半端に見えていたので、正直共感できる部分は全くありませんでした。
社会人になってから、彼が言っていたことが納得できるシーンに何度か遭遇しました。
例えば、私が開発営業(開発といっても不動産開発)をしていた頃、とても広大な土地を持っている地主さんに上司と一緒に何度も何度も足を運んだことがありました。新入社員の私から見ても、どう考えてもうちの会社が検討対象から外れていることは明白だったのですが、上司は会社の方針だからと言って、可能性がほとんどないことを分かっていながらも結局1年以上も無駄にしました。このことから学んだことは可能性を追い求めることは大事なことだけど、どこかで見切りをつける英断も必要だということです。
また、私のとある知り合いの会社はここ数年黒字の会社だったのですが、上場準備のために上場経験のあるマネジメントを採用し、管理系スタッフを一気に増強し、内部管理制度、コンプライアンスの強化、会計士監査などを始めた結果一気に赤字に転落して、結局未だに上場できていないというケースがあります。このことからは、収益とコストのバランスがとても重要だと認識しました。
ビジネスを行う場合には、完璧を求めることが良いことではないこともあります。必要以上な投資はコストばかりが増加して採算が合わなくなることがあります。何事も程度問題というのがある、というのが最近になり、特に感じることです。
「いい加減=(中途半端)」は良くないと思いますが、「良い加減=(適度なバランス)」は大事なことだと思います。

ストーカー発見

July 20, 2006
本日、初めてストーカー(らしき、というか異常者に近い)を目にしました。
ストーカーとか話には聞くものの、実際にそのような光景を見にして、あらためて怖いものだと思いました。
今朝バスに座っているときに、停まったバス停で、1組の男女を目にしました。男性は23歳ぐらいでボサボサの髪に不潔そうな服装に身をまとっており、女性は22歳ぐらいのOLで割りと現代風な格好をしていました。男の人が傘を差しているように見えたので、カップルなんだろうとばっかり思っていました。ただ、女性は常時うつむき加減です。
バスにのってくると女性が最初にバスに乗って入り口のところで立ち止まったところ、男性もその手前で立ち止まりました。女性が次にバスの真ん中ぐらいまで歩いて来て再び止まると、男性もそこで停止します。最後には女性は私が座っている最後部の近くまで来て手すりに掴まりました。今日は雨で比較的混んでいたので、まず女性がバスの入口から後ろまで来るのがいかに大変かは分かると思いますが、その後を強引にかきわけて男性が女性の横にピタッと張り付いたかと思うと、なんと女の子が両手で掴まっている後ろから抱きかかえるように両手を回して同じ手すりを持ったのです。
私はここで何か変だなと感じました。その後男性と女性の距離は数センチぐらい、しかも時折男性が女性の髪や首の匂いをクンクン嗅いでいます。?と思った私は手をかそうかと思ったのですが、女性もさすがに変だと気づいて男の人が回している両手そのままに、潜り抜けてそこから脱出しました。ただそのときに持っていた傘を床に落としてしまい、男性が拾うではありませんか?女性はとても困った顔をしながらも、御礼を言って傘を受け取り、その御礼する女性の顔を見てニヤリとした男性の顔は間違いなく普通ではないと気づきました。
その後も女性は男性から少しでも離れようと忍び足で、距離感をおこうとするのですが、すぐに男性に追いつかれます。
その状況のままバスは駅に到着し、皆が降り始めたのですが、女性は当然男性においかけられることを想定し、先に男性を下ろそうとしたのですが、男性はいつになっても降りません。結局その男性と女性、そして私の3名になったときに、さすがに女性も急いでいたのか、先に改札口まで走り始めました。そのときです。
急に男性もバッと道路に飛び降りたかと思うと、そのまま女性をおいかけ走り続けます。
私も、これはさすがに犯罪かもと思ったので、男性を警察に連動せねばと思い、男性の後を追いかけます。ただそんなときに限って(というわけでもないのですが)パスネット残額が足りずに改札口を通れません。
その間に小叫びをあげながら、ホームまで階段を駆け上がる女性のすぐ後を男性が追いかけていきました。
ホームが逆方向だったこともあり、結局見失ってしまったのですが、あの女性がその後どうなったのかがとても気になっています。特に同じバス停から乗ってきたことを考えると、家が近いかず知れず、家を突き止められる可能性があるやも知れません。
今朝のこの事件は私にとって2つの意味でショックでした。1つはあれほど最後に捕まえようと思っていたにもかかわらず、見失うという失態をしてしまったこと、そしてもう1つは、周りの状況把握が出来ていれば、バスの中の二人の動きいは誰でも怪しいし、両手を潜り抜けたときには絶対おかしいと思うはずです。
それなのに、何もしない一般人について疑問を覚えました。(私は最後尾に座っていて身動きが取れず)。

経営者の仕事

July 19, 2006
以前、とある年配の経営者の方とお話していたときに「社長の仕事は3つしかない。それは「ビジョンを示すこと」・「ジャッジをすること」・「責任を取ること」だ」と言う話をされていました。
この言葉は一理あると思ったので、以後度々このことを思い起こすことがあります。
ビジョンを示すためには、先見性、戦略性が無ければなりません。また、ビジョンは出来るだけ具体的かつ分かりやすく、自信と信念を持ったものでなくてはならないと思います。ビジョンが無ければ会社が向かうべき方向性のコンセンサスが取れないですし、スタッフがやっている仕事がどういう意味を持つのかが分からなくなる可能性があります。
ジャッジをするためには、状況判断力や決断力が必要です。経営者がジャッジできないことは誰にもジャッジができないですし、経営者のジャッジは基本的に会社としての最終決定事項になります。
責任の取り方は色々あると思いますが、経営者が最後は責任を取ってくれるという後ろ盾があって、初めてスタッフは思う存分仕事に集中できるのだと思います。
さて、この3つの中で、自分で一番悩ましいのは責任の部分です。「責任を取る」というと一般的にはどういうイメージがあるのでしょうか?よくニュースなどで「業績悪化の責任を取って辞任」とか「不祥事の責任を取って減俸」というのを見かけますが、経済的、社会的制裁が責任を取るというのと同義になるのでしょうか?個人的にはこういった責任を取る前に、まずは「対策を講じる」とか「問題を解決する」という「責任を果たす」ということが重要なような気がします。
「責任を取る」というのを辞書で調べると「自分のした事の結果について責めを負うこと。特に、失敗や損失による責めを負うこと」とあります。責任の取り方って本当に難しいと思います。
上記3つ以外にも大事な仕事はたくさんあると思いますが、、個人的に経営者の仕事として大事だと思うのは「リーダーシップを発揮すること」そして「社員が十二分に能力を発揮する環境をつくること」だと思います。
さて、うちの会社は昨年度黒字転換を果たし、今期も増収を見込んでいますが、業績以外の部分において、私は経営者としての仕事をきちんと果たせているのか?
と自問自答する今日この頃です。

華流の来る日

July 18, 2006
韓流と言われて久しいですが、一時ほどではないにせよ、相変わらず韓国スターの人気は高いようです。私は全く韓流とは縁の無い生活を送っているのですが、私は韓流が始まる前からいつか中国ブームが来るだろうと予測しています。最近一部のメディアで「次は中国ブーム」のように言われていますが、中国ブームは「中流」ではなく「華流」と言うのが一般的なようです。
私が中国ブームが来るだろうと思っているのには幾つか理由があります。
第一に世界イベントが目白押しであることです。2008年には北京でオリンピックが、2010年には上海で万博が開催されます。これらにより、必然的に中国は国際的に注目を集めることになると思います。
第ニに中国の流行が急速に世界にキャッチアップしてきることです。一人っ子政策の結果、子供は比較的お金を持っており、ファッション、音楽、美容等に惜しみなく投資をしています。ここ数年においても特に女性のお洒落度は格段に上がってきています。メディアの影響、海外旅行の規制緩和、留まることを知らない海外企業の中国進出も、これらを後押しする結果となっている気がします。
第三に中国の技術進歩です。以前は中国製品は品質が良くないと言われていましたが、最近はそうとも言えなくなってきています。ソフトウェアやインターネットの業界においても、他の国に勝るとも劣らない製品、サービスが生まれてきています。
中国の人は思ったよりも手先が器用ですし、絶対数的に頭の良い人が多いので、教育や生産管理がきちんとしていれば、人口比で言っても他の国に劣る理由は見つかりません。日本がプロダクトや技術の逆輸入をする日も遠くないかも知れません。
現在の中国のタレントは香港、台湾出身者がほとんどを占めています。日本において知られている中国系タレントは「ジャッキー・チェーン」や「ケリー・チャン」などですが、彼らも香港人です。また、中国にあるお洒落なバーや建物は香港、台湾資本であることがほとんどです。こういったことから本土の人達は政治的な問題は抜きにして、香港、台湾に対して「ハイカラ」・「お洒落」というイメージがあるものと思われます。それこそ「セレブ」なのかも知れません。実際、香港や台湾のタレントは皆お洒落でトレンドリーダーになっています。
ただ、これも今まで本土にそういう素地が無かっただけで、中国本土の人口13億人に対して、台湾は2000万人、香港は700万人と言われていますから、統計学的
にもダイヤの原石は中国本土の方が多いはずだと思います。
昨日深夜にTVをつけていたら、以前hirogでも触れた「五月の恋」の主演女優のリゥ・イーフェイ(日本での芸名はイーフェイ)のプロモーションCMが流れていました。明日(18日)に日本で歌手デビューをするそうです。ソニーが担いでいるので、それなりに売れるかも知れません。これが華流ブームのキッカケになったりして・・・。

硬貨と小銭

July 17, 2006
硬貨と小銭は同じものだと思われるかも知れませんが、私の意識の中では明確な区別があります。簡単に言うと「硬貨」はコレクション、「小銭」は余りモノです。
私は小さい頃に切手や硬貨を集めるのが趣味で、当時使用していた硬貨の中でも珍しいもの(古いもの、希少なもの、綺麗なもの)はコレクションしていました。
例えば硬貨の成分を調べたときに、100円硬貨よりも10円硬貨の方の方が銅の使用率が高いと知ってからは貨幣価値を除いた物的価値は10円の方があると思い、
10円ばかりを何千枚も集めていました。今思ったのですが、10円硬貨の絵は平等院鳳凰堂で鳳凰まで細かく描かれているからfonfunとも縁がありますね(笑)。
また、10円の中には円周の部分がギザギザになっているものがあります。昭和26年から昭和33年まで製造されたこの硬貨は今ではオークションで売り買いまでされているそうです(私もお金に困ったら実家から出品しようかな(笑))。ギザギザ10円は割りとポピュラーですが、結構知られていないもので、5円で字体が違うものもあるのです。楷書体の5円硬貨は結構貴重です。ちなみに、私はこういった硬貨を集めると、一生懸命消しゴムで1つ1つ綺麗に磨いていたのですが、あるときコーラで洗浄するといっぺんにピカピカになると言われやってみたところ、確かにかなり綺麗になりました。500円硬貨が出たときには、なんかとても綺麗で嬉しくて、手に入ると使わないようにしていたので、かなり枚数があるのですが「新しい硬貨は取っておいても価値が上がらないから意味ない」と言われ、それもそうだと思ってからは使うようにしました。
このようにコインを「硬貨」と思うと、私にとって価値のあるものになります。
次に小銭ですが、小銭を使うのが得意な人と苦手な人っていますよね?
私は完全に後者で、いわゆる小銭持ちです。おつりをもらうと、その場で財布に入れるのが面倒で、そのままポケットやカバンなどに入れてしまうことが多いので、あちこちに分散してしまい、ついつい溜まってしまいがちです。家に帰るとその辺に置いておくのですが、それを使う機会が無いので最近やっと貯金箱を設置しました。まだ1ヶ月経っていないのですが、既に満タン近くなっています。
不思議と「小銭」と認識してしまうと、邪魔者扱いまであるから困ったものです。
海外に行くと貨幣が混同してしまうため、出張前には小銭を溜めないように小銭を使うものを想定・計算して配慮しているのですが、1つ計算間違いや想定外の買い物があると、一気に大量のお釣りをもらったまま出国する羽目になるので要注意です。
逆に出張先では、異なる硬貨はコレクションのために使い切らないようにしています。帰国後、それをセットにして知り合いにお土産とか言って渡していてることもあるのですが、よく考えるとあまり嬉しくないかも知れませんね。

July 16, 2006
今日は日中都内では雷がありました。
よく自然災害の怖いものを「地震」・「雷」・「火事」・「親父」に例えて言いますが、私はこの中では一番「雷」が好きではありません。特にパッと光った後にいつくるか分からない雷鳴の根性が気に入りません(笑)。
今でも鮮明に覚えていますが、小学校のときに、すごい大雨と雷があったときに、自転車で長い道のりを帰らなくてはならず、稲妻と雷鳴に囲まれ続け、半分ベソをかきながらも大声で「雷」を怒鳴りつけながら家に帰ったことがあります。
もちろん、雷の1回の放電量は数万〜数十万アンペア、電圧は1〜10億ボルト、つまり電力量に換算してしまうと100万メガワットとかになってしまうので、人間がかなうわけはありません。私は雷が鳴るとよく窓際に行って外を見ているのですが、夜に稲妻を見るとその瞬間はとても綺麗です。あの音が無ければロマンチックかも知れないのですが・・・。
ところで雷鳴は何故起こるかというと、稲妻の通り道となった部分の空気は温度が数万℃に達し、急激に膨張して周囲に対して真空状態となり、この時の衝撃波と周囲から再び冷たい空気が流れ込む際の振動とによって轟音が発生するのだそうです。それにしてもあの雷鳴を傍で聞いたら鼓膜は破れるでしょうね。
ところで、小さい頃は「雷が鳴ると雷様がやってきて、そを取られるから、へそを隠しておけ」と言われていましたが、今もそう言い伝えられているのでしょうか。
雷をモチーフ(?)とした有名なお菓子に「エクレア」があります。エクレアとはフランス語で雷とか稲妻の意味で、表面の割れ目(チョコの間に入ったクリーム)が稲妻を彷彿させるからそう名付けられたという説が濃厚なようです。日本では浅草名物で「雷おこし」というのもありますが、これは私は「雷を発生させる」意味かと思っていたら、浅草の「雷門」と「事業を興す」「名を起こす」などを掛けた名前だそうです。
もっとも我々の世代の場合には、これらの食べ物よりもアリスという谷村新司が所属していたグループの大ヒット曲「冬の稲妻」の方が知られているかと思います(笑)。もっとも曲中のフレーズである「あなたは稲妻のように、私の心を引き裂いた」とは、今思えば穏やかではない歌詞ですが・・・。

「成り上がり」と「セレブ」

July 15, 2006
最近微妙なテーマが続いていますが(笑)、こういうテーマでこそ、私がどんな人間でどういう考えを持っているかが分かってもらえるかと思います。
「成り上がり」というと、マイナスなイメージを持たれる人もいるかも知れませんが、適切な言い方が見つからなかっただけで、ここでは「自分の努力や実力で成功した人」というポジティブな意味で使っています。「セレブ」は「御坊ちゃん」とか「お嬢様」のように、もともと家系が事業家、政治家、医者とか一般的に名士と言われる方を指しています。人のイメージで言うなら、「成り上がり系」が豊臣秀吉で、「セレブ系」は鳩山邦夫さんといったところでしょうか。以下の話は、あくまで私の主観による相対的な話で皆がそうということではありません。
さて、皆さんはどちらが好きでしょうか?
「成り上がり系」の人は貪欲で、アグレッシブな方が多く、それれを表に出さない方でも大概は秘めたる闘志を持っています。一方で何らかの出来事や環境が動機になっているケースが多く、コンプレックスがあったり、姑息な考え方があることもあります。
「セレブ系」の人は、あまり冒険をしない場合が多く、逆境に弱い部分がある一方で、色々な意味でスマートな方が多く、屈折していない感じがします。
勿論、「成り上がり系」で「セレブ系」の仲間入りをする場合もあると思います。
以前、セレブの知り合いが多い方とお話しているときに、「名士との付き合いは刺激が足りない部分もあるけど、逆に余裕があるので根っから悪い人は少ない」と伺ったことがあります。確かにそう言われてみれば、私が知っている名士の方々を思い浮かべても、多少わがままであったり、現実の厳しさを知らないような発言はあっても、根は純粋でピュアな方が多いかも知れません。また、教育やマナーがしっかりしているからか、周りの人に気配りができる方も結構多いように感じます。
「成り上がり系」の方とお付き合いしていると、驚くような経験をしていたり、数々の成功体験を聞けたりするので、話していてもワクワクしていて楽しいのですが、長期的な関係で考えると「セレブ系」の方々は警戒感なく安心してお付き合いできます。ただし「セレブ」の場合は、こちらの立場が変わると、お互いの関係を周りや環境が許さない、ということもあるかも知れません(笑)。
私は公務員の普通の家庭に育ち、社員から社長になったという意味においては、一般的には「成り上がり系」に見えているのかも知れません(財産は無いですけど(笑))。そんな私の将来目標は「ダンディー」な男性になることです。ただこれは「セレブ」ということよりも心に余裕を持ち、スマートな振る舞いをしていきたいという意味です。そのためにも自分に磨きをかけていかねば・・・。

資格

July 14, 2006
昨日は、学歴についての話をしましたが、今日は資格についてです。
資格が学歴と違う部分は、業務に直結する資格の場合には、その業務分野の知識の程度を客観的に証明できるというところです。つまり、例えば入社試験や面接を受ける場合に有利になることがあるかも知れません。会社によっては資格を採用の前提条件にしているところもあったりします。特に経理とか外国語を使う仕事の場合には、簿記1級とかTOEIC900点とかは間違いなくPR材料になるでしょう。
特定の知識が必要な専門職の場合に、採用前に試しに働いてみてもらうということは難しいので、知識を図る物差しが資格もしくは職務経歴から想定するぐらいしかできないからです。
ただ、業務に直結しない資格については、採用にとって有利になることは無いように思います。色々な方の面接をしていると、時にどうしてこの資格を取ったのだろうと思うときがあります。その場合には必ず動機を聞くようにしています。
逆に「とりあえず簡単そうなので取ってみた」とか「何に役立つか分からないから」と正直に答えてくれる方もいるのですが、場合によっては「目的意識がハッキリしていない」とマイナス印象にもなり得ると思います。もっとも興味が無い資格の勉強が出来る方は、私にはとても真似出来ないので、それはそれである意味大したものだと思いますが・・・。また、中には資格マニアなる人もいて、船舶技師とか無線技師とか危険物取扱者とか、履歴書に色々書いてこられる方がいます。こういったケースには資格を取ることに生き甲斐を感じている人が多いようです。
資格というのは、ある知識のレベルを証明できるという意味において、目標の1つの手段としては良いことだと思うのですが、それが目的になってしまっては意味が無いと思います。
私個人のケースで言うと、以前住宅業界に居たこともあって、宅地建物取引主任者と一級建築士という資格を持っていますが、これは不動産や建築に関連する仕事で無い限りは、ほとんど意味を成しません。勿論今の仕事とも全く無関係です(笑)。現在のプラス要素としてはこれが話や取材のネタになるぐらいでしょうか。
資格が必須もしくは前提条件でない限り、資格が無いからと言って、マイナスがあることはほとんど無いように思います。例えばうちの会社の創業社長は資格は何一つ持っていませんでしたが、幅広い分野で豊富な知識を持っており、優秀な方でした。
資格社会と言われるようになって久しいですが、近年になっても、資格はどんどん増加傾向にあると思います。最近は聞いたことが無い資格もたくさんあります。資格検定を生業としている企業は、今度は何を資格化すれば良いかを日々考えているのかも知れません。ただ、資格は客観性があるから意味があるのであって、世の中に認知されていないとあまり意味がないようにも思うのですが・・・。
なんか、資格についてネガティブな書き方になってしまったかも知れませんが、決してそういうことではなく、資格がないからといって、後ろめたさを感じることは全く無い、ということです。
仕事とは関係なく、自分の趣味に関連する資格を取ることは楽しいことかもしれませんね。

学歴

July 13, 2006
先日お会いしたとある社長は「学歴」のことを色々話されていました。また最近発売されたとあるビジネス雑誌では「学校」が特集されていました。
「学歴」という言葉を聞いた人は大きく二つの反応に分かれるのではないでしょうか?一般的に高学歴と言われる方々は「なになに」と興味深く読み入るでしょうし、学歴が無いと思う方々は「肩身の狭い」感じになるかも知れません。ここでは学歴の意義や仕事との相関関係についてあくまで私個人の意見を述べさせていただきます。
うちの会社では(というか少なくとも私は)「学歴」というのはほとんど気にしていません。社員の採用時には必ず履歴書を見ていますし、履歴書には学歴が書いてありますから、当然目は通しているわけですが、正直ほとんど覚えていません。面接のときにも、よほど何かのトピックスにつながらない限りは学校についての話はしていない気がします。むしろ、特異な体験についての記述や、本人考え方が表れる文章などは印象に残っています(変わったメールアドレスも(笑))。
中国の子会社においてもかつては同様の考え方をしていたのですが、中国では日本以上に学歴がビジネスの信用という意味において重視されているのと、中国は日本に比して学力の偏差が大きく、最低限の常識、文章能力、計算能力が無いケースもあるので、最近は多少考慮しなければと思うようになりました。
そんな私ですが、今思い起こすと社会人になりたての頃や採用という仕事にかかわり始めた頃は、学歴を気にしていたり、応募者に学校についての話題を聞いていた気がします。この変化は、多分、これまでの15年の社会人経験の中において、学歴というものとビジネスとの相関関係がほとんど無いという感覚が自然と身に付いたためではないかと思います。
日本では「頭がいい」という表現を「学校の成績が良い」・「賢い」の両方に使うと思いますが、「学校の成績が良い」ことと「賢い」ことは基本的に異なると思います。ましてや「学校の成績が良い」ことと「仕事ができる」こととは別問題です。「賢い」人は「仕事ができる」人であるケースは多いかも知れませんが、「賢い」だけではダメで「行動力」が伴って初めて「仕事ができる」人になれる気がします。勿論、確率として考えたときに、高学歴と言われる方々の方が仕事ができる場合が多い、ということはあるかも知れません。
学歴があればビジネスの世界で成功するわけではないということは、ある意味一般にも理解されつつあるとは思います。これを示す例になるかどうかは分かりませんが、上場企業が必ず開示している有価証券報告書という書類に「役員の状況」という項目があるのですが、ここには以前最終学歴を記載しなければならなかったのですが、数年前から撤廃され、現在は職歴のみを記載するようになっています(個人的には、初回商談のコネクションやトピックスのためには、あってもいいような気もしますが)。一方で未だに採用の際に書類審査で出身校で選定したり、お受験の過熱が収まらないのが個人的には不思議に思います。
私自分自身のケースで考えたときには、学歴で社会人になってから得したということはいくつかあります(最初の会社への入社のときや取引先の方が同じ大学の先輩だったりしたとき)。また、自分はそれなりに学業は努力したという自負はあるので、その頑張った証としての学歴、そして私を育ててもらった器としての出身校を誇りと思う部分はあります。でも逆に言えば、それだけであって、学歴は今の私を表すものでも、それが直接ビジネスに生かせたわけではないと思っています。
ビジネスは人が動かすものであり、逆に言えば人とのコミュニケーションが出来ない人は、ビジネスの世界で継続的に成功することはできないというのが私の持論です(オーナーの場合には例外規定があるかも知れません(笑))。
ビジネスに重要なのは、問題解決能力、コミュニケーション能力、行動力などだと思いますし、仕事や相手に対する姿勢が大事だと思います。

わらしべ長者

July 12, 2006
昨日、米国在住の男性が、ネットで赤いクリップを物々交換にかけ、そこからより価値の高いものに交換を続け、ついにマイホームを手に入れたというニュースが流れていました。1つのクリップから、ドアノブ、キャンプストーブ、発電機、パーティーセット、スノーモービル、ヤークという町への旅行、車、レコーディング契約、米フェニックスの家に1年間住む権利、アリス・クーパーと半日一緒にいられる権利、KISSのスノーグローブ、ハリウッド映画に出演できる権利を経て、カナダのサスカチュワン州キプリングという町の家にたどり着いたそうです。
これは二つの意味で、とても衝撃的でした。1つは手段がネットであることです。実際には色々交換のためにリアルの世界も歩いたようですが、極端なことを言えば、家のパソコンの前に座っているだけで取引が成立していくのです。労力も経費もかかりません。二つ目はわずか1年間で達成したということです。赤いクリップなんてゴミ箱に入っていてもおかしくない代物が、たった1年で住宅そのものが手に入ってしまったのです。普通のサラリーマンであれば、働いたお金をすべて住宅購入につぎ込んだとしても、1年では頭金か手付金ぐらいにしかならないのではないでしょうか?
これはネット社会の普及と、ネットの力のすごさを象徴した事実だと思います。
出会いサイトで生涯の伴侶を見つけたり、ネットオークションでお小遣い稼ぎをしたりという話は良く聞きますが、ネットもここまで来ると大したものです。
ちなみに、この人はその住宅のあるタウンから生涯名誉町民の称号を得たようで、更にこの住宅との交換が成立した日を記念日として、この記念日には住民に赤いペーパークリップを身に着けるよう奨励するとか。
皆さんもネットをフルに活用することで、1円が1億円に化けるかもしれません。
よほど宝くじを買うより確率が高いのでは?

ビジネスマナー違反(!?)

July 11, 2006
私は、初対面の方とお会いするときには、応接室に通された後、立ったままで相手の方をお待ちすることが多いのですが、ときになかなか入ってこられず、数十分間立ち尽くすこともあります。こんなとき、数十分も待たせるならば、他のスタッフの方でもその旨ひと言、言いに来ていただければ良いのに、と思います。
また、そうやって立っていると座ってお待ち下さい、と言われることが多いのですが、このときには座るのが正解なのでしょうか? ちなみに私は言われても座らないことが多いのでビジネスマナー違反なのかも知れません。というのは「座ってください」という言葉はあくまでそのスタッフの意思であり、お会いする相手の意思とは限らないと思うからです。逆のケースで考えてみても、私に「立ったままでお待ちだったので座っていただくようにお話しました」とスタッフが伝言してくれたことは一度もありません。
ところで、相手の方をお待ちしているとき、納得のいかないことが1つあります。
それは、電話で遅れることです。
勿論、その電話が緊急性があったり、どうしても重要な電話で切れなかったのかも知れません。それはそれで仕方無い部分もあるのですが、基本的にアポイントメントは事前に約束したものであり、突発的にかかってきた電話より優先されるべきだと思うからです。ただ私の経験では、結構な割合の方が、電話しているときにお客様がいらっしゃっても電話を話し続けたり、お客様がいらっしゃった直後に電話があったときにでも、電話に出ているように思います。
何日も前に約束したアポより、その時の電話が優先されるのであれば、アポの意味は無いと思いますし、その電話されてる間の時間は全く無駄になってしまいます。MTGに電話があったときに、電話に出るというのも同様なことです。私も緊急性の高い電話の場合には、MTGの最中に出てしまうことがあるのですが、MTGに電話に出るということは、そのMTGよりもその電話の方が重要だと思われても仕方の無いことだと思います。相手の方に、どう考えてもプライベートと思われる電話に出られると、気持ちは一気にトーンダウンしてしまいます(親しい間柄の場合は別ですが・・・)。
こんなブログを書く所以は、今日はアポの相手の方の電話のため応接室で40分も待っていたことにあります。勿論、相手の方は悪い方ではなく、MTG自体は有意義に終了したものの、この失われた40分は誰が補填してくれるのでしょうか?

匂い

July 10, 2006
皆さんは、好きな匂いってありますか?
私は以前、大好きな匂いが三つありました。1つは車の匂い、2つ目は靴屋の匂い、3つ目はお客さんの匂いです。これだと何のことか分からないかも知れないですね。
1つめの車の匂いというのは実際にはガソリンの匂いです。この話を小さい頃にすると周りの人がとても怪訝そうな顔をして、中には「将来が不安だ」という人がいました。当時は何のことか分からなかったのですが、ガソリンの匂いが好き=将来シンナー中毒になる、という方程式が頭にあったのだと思います。自分でも何故ガソリンの匂いが好きだったのか分からないのですが、匂いそのものだけではなく車への憧れのようなものも重なっていたのだと思います。ちなみに今ではあまり好きではありません。
2つ目の靴屋の匂いというのは実際には皮の匂いです。別に人が履いている靴の匂いが好きというマニアックなものではありません(笑)。これは相当好きだったらしく靴屋の近くを通ると知らないうちに一人で中に入っていたぐらいです。またうちの母が以前皮細工をやっていて、その匂いが好きだったこともあるのかも知れません。
3つ目のお客さんの匂いというのは、うちは家族が誰もタバコを吸わなかったので、お客さんのタバコの匂いが好きでした。これもタバコの匂いだけではなく、お客さんが来ると家の中が何となく賑やかになるのが好きだったのと、ケーキにありつけるかも知れないという期待感も重なっていたのだと思います。家に帰ったときにタバコの匂いがすると、何故か胸が躍っていたのを覚えています。ただ、このせいで私は小さい頃からタバコに憧れていて、大人になったら必ずタバコを吸おうと心に決めていました。
他にも、消しゴムの匂いとか、フェリックスガムの匂いとか、色々好きな匂いはあるのですが、長くなりそうなので匂いについての話はこの辺で辞めておきます。

呼び名

July 09, 2006
こういう話をすると親不孝だと言われることがあるのですが、私は正直に言うと自分の姓の三浦というのがあまり好きではありません。個性派の私としては、比較的ありふれた名前であることが、そもそも好きになれないのですが、以前日本を騒がせたロス疑惑の人が同性だったこともあって、当時はますますそんな気持ちが強くなりました。
逆に浩之という名前はとても気に入っています。ヒロユキという発音自体は、広之、博之、寛之、宏行、裕行、弘幸などたくさんあるのですが、それらの中で一番好きです。浩之のローマ字であるhiroがheroと発音が似ていること、そして浩という漢字がおおらかなイメージがあって好きです。
以前は三浦友和の三浦と沖田浩之の浩之と言って自分の漢字を紹介していましたが、今では両方とも(特に後者は)知らない人もいるので通用しなくなりました。
小学校の頃は、なぜか天才というのを名前の後につけるのが流行っていて、私は「みーてん」と呼ばれていました。皆の名前に「テン」をつけて呼ぶのですが、「みーてん」というのは語呂が良かったこともあり、未だに同級生で私を「みーてん」という人がいます。私の親しい友人は、外人を含めて「ひろ」と呼んでくれます。女性に「ひろくん」とか呼ばれるとドキッとすることがあります。また、ごく内輪の人間には「みゅうみゅう」と呼ばれることがあります。
私は社内のスタッフを「さん」づけで呼ばなくてはと思いつつも、つい愛称で呼んでしまうことがあります。ここに記載すると固有名詞のため問題があるかも知れないので控えますが、私としては親しみを込めて呼んでいるつもりでも、たまにスタッフは自分が呼ばれたのか分からず、呆気に取られていることがあります。
話は変わりますが、日本人は子供を中心とした呼び方をする不思議な民族かも知れません。外国では夫婦になってもお互いを名前で呼び合うことが多いと思いますが、日本では子供ができると、子供だけでなく夫婦がお互いを「パパ」「ママ」もしくは「おとうさん」「おかあさん」と呼ぶのが一般的です。そしていつの間にか自分のこともそう呼ぶようになります。海外に言ってお互いをファーストネームで呼び合う夫婦を見かけると、なんかとても新鮮な感じがします。
これはどういう民族的、もしくは心理学的現象なのでしょうか。

七夕

July 08, 2006
昨日は、7月7日の七夕でした。ネットビレッジが当社の社名でもあるネットビレッジサービス(インターネット上に街をつくる構想)を開始したのも、9年前の7月7日でした。
7月7日は、皆さんご存知の通り、七夕です。ロマンチスト(!?)な私は七夕の物語が大好きです。7月7日七夕の夜、天の川を隔てて輝く、 わし座 の1等星アルタイルこと「彦星」と、こと座 の1等星べガこと「織姫」が 一年に1度だけ逢うことを許された夜・・・。
実はこの七夕伝説は中国で生まれ日本に語り伝えられたものです。この伝説は以下の通りです。
「むかし、中国の漢水のほとりに、織女(しょくじょ)という機織(はたおり)の上手な美女が住んでいました。この娘は王の自慢の娘でした。あるとき娘が年頃にもなったので、父王はこの娘に農耕に熱心な牽牛(けんぎゅう)という青年が似合いと考え、婿に迎えてやりました。ところが、それからというもの、織女はあれほど好き好んでいた技芸をおろそかにし、肝心の機織も怠けるようになりました。父王が注意をしてみても一向に効き目がなく改めようとせず、ついに見るに見かねた父王が牽牛を織女から引き離し、漢水の対岸に追放してしまいました。織女は毎日泣き続けるばかりで、それではあまりにも可愛そうなので、年に一度、旧暦7月7日の夕だけ、逢いに来ることを許しました。その日が来ると、牽牛は漢水を渡って織女に逢いにいきました。その時には、鵲(かささぎ)が群がり集まってきて、橋渡しをしたということです。」
日本では、短冊に願い事を書いて、竹に飾るのが一般的です。私の地元の仙台では七夕祭りが大々的に行われます。仙台の七夕は伊達政宗の時代から行われているようで、民俗学上中暦と呼ばれる8月6日、7日、8日の3日間に開催されます。
仙台七夕まつりの特徴は、本物の和紙と竹を用いて飾りつけを行うことで、各商店街では長さ10メートル以上の巨大な竹に飾りつけを行います。飾りは数ヶ月も前から準備を始めると言われていて、1本の価格は数十万〜数百万円もするといわれています。あまり知られていないのですが、一応七夕祭りは競技となっていて、8月6日の朝に一斉にお披露目されます。そして同日の午後には金、銀、銅の各賞が発表されます(金、銀、銅のプレートがつけられます)。
仙台と言えば七夕祭りを思い浮かべるほど有名なお祭りで全国から3日間で200万人もの人が訪れるので、人ごみと飾りで周りが見えないこともあいまって歩くのがしんどいぐらいです。逆に言うと観光名物なので、地元の人はデートや子供連れ以外はあまり観に行きません。
ちなみに、地元の若いカップルにとって、七夕の前夜祭である5日に行われる花火大会を誰と観にいくかはとても重要で、逆に言うとそのときに本命かどうかが分かります(笑)。七夕のロマンチックなストーリーとは別に七夕祭りが近づくと皆ドキドキしてくるのです。

ベンチャーとは

July 07, 2006
先日、テイク&ギヴ・ニーズの社長が女優の釈由美子と交際しているというニュースが流れていました。テイク&ギヴ・ニーズは、一部上場のウェディングコンサルティングの会社ですが、そのニュースには「ベンチャー企業社長と・・・」という表現で書かれていました。
また、先日私が面談をしているときに「ベンチャー精神を大事にしていきたい」という話をしていたところ、面接の相手の方から「三浦社長にとってのベンチャーの定義は何ですか?」という質問がありました。
さて、ベンチャーというのは、何を指すのでしょうか?
ベンチャーは、ベンチャー企業やベンチャービジネスのことを指して言うケースが多いと思いますが、人によってイメージは若干違うように思います。例えばベンチャー企業というと、会社規模が小さくて、リスクが高いというイメージを持たれる人もいるかも知れませんが、そうとは限らないと思います。
私がベンチャーという言葉で、すぐに思い起こすのは、企業で言えば、HISやソフトバンク、でしょうか。HISは既得権であった航空業界に数々の障害を乗り越えて参入を果たしました。ソフトバンクは、ADSLで既成概念をひっくり返す販売手法を用い、そして通信キャリアというこれまた保守的な装置産業に殴り込みを果たしました。彼らの会社規模は決して小さくは無いし、無謀なことをしているわけではありません。また、松下や本田、ソニーなどのグローバル企業も元々はベンチャーであったと思います。
ベンチャーとチャレンジは同じ方向を向いた言葉です。アドベンチャーという言葉もありますが、辞書を引くとventureが「リスクの高い賭けや冒険」、adventureが「わくわくする冒険」とあるのですが、私の感覚ではベンチャーの方がアドベンチャーよりも勝算がある、もしくは勝算をつける、という意味合いがあるように思っていて、単なる一か八かの冒険とは異なると思います。
私にとっての「ベンチャー」の定義は、「現状に満足することなく、常に革新を追及し、世の中に無い独創性のある製品、サービスを、誰よりも早く開発、提供すること」です。また製品、サービスだけではなく、今までに無い分野のビジネスや全く新しい独自手法のもとに経営を展開するのも、ベンチャーと呼べると思います。
そのためには、時として既得権を覆すような並ならぬ努力も必要でしょうし、保守的な抵抗勢力に打ち勝つための、自信と信念が無いと達成できないと思います。
ベンチャービジネスは、ハイリスクハイリターンであることは間違いないのですが、そのハイリスクをどこまで下げて、リターンをどこまで上げれるかが、ベンチャー経営者の手腕になるのだと思います。
ネットビレッジは、10月1日付けでfonfunと名前が変わりますが、fonfunはベンチャーであり続けていきます。

トマト

July 06, 2006
一番好きな食べ物は?と聞かれたときに答えている食べ物です。
トマトが好きな理由を今あらためて考えてみると、まず味が甘くも無く辛くもないちょうど良い味であること、そして何よりもあの皮を食べたときの食感(歯ざわり)と中のやわらかさのギャップを一度に味わえるところだと思います。もちろん、見た目や手触りも好きです。逆に言うと、どこかにぶつけて形が変形していたり、少し時間が経って皮がしなびたりしているトマトは嫌いで、我慢して食べるということはしません。
そのままの素材の味の好きな私は、トマトに塩をかけることがあり得ず、トマトは丸ごとガブっと食べる食べ方が一番好きです。最近は値段も割高でフルーティなトマトが良く売っていますが、私はフルーティ過ぎるのが苦手で、農家で素直に育てた野生のトマトが好きです。
私は大学生のときに、原因不明で40度を超す熱が一週間続いたことがあるのですが、その意識朦朧として食欲もない中でも、「トマト」とつぶやいて、買ってきてもらったトマトを丸ごと食べていました。その事を覚えている母は私が実家に帰るときには、とにかくトマトだけは欠かさないよう、大量に仕入れてきてくれています。ただ最近は以前のように一度に5個とかは食べなくなりました。
トマトが好きだと言うと、トマトジュースやトマトケチャップ(トマトソース)も好きなのかと聞かれるのですが、これは調味料などで加工されたものであるため、特にトマトソースはかつてはあまり好きではありませんでした。トマトジュースは大人になってから飲むようになりましたが、味はともなくとしてあの喉越しの悪さ(!?)はちょっと気になります。
中国ではトマトは何故か野菜ではなく、フルーツと認識されているようで、食後のフルーツで出てくることがあります。勿論安価なのですが、ボサッとした食感で淡白な味がするので、あまり好き好んで食べることはしません。それを中国の人達も知っているのか、丸ごと食べるのはあまり見たことがなく、現在はプチトマトが全盛である気がします。
私はもともと建築が専攻だったので、将来女性だけの営業スタッフの不動産屋をやってみたいと思っていてその名前も「とまと不動産」と勝手に決めていたのですが、「とまと銀行」に先を越されてしまいました。

スイカ

July 05, 2006
季節はもう夏ですが、夏と言えばスイカですね。
私はスイカが大好きで、小さい頃には「スイカ坊主」と言われていたほどです。私の家族は皆スイカ好きなので、私の実家では、毎年夏になると山形よりスイカを売るトラックが巡回してくるのですが、毎回30cm以上はあるであろう大玉を5つぐらい購入していました。近所の人達は割りと上品な人が多く、買う家庭でも2つがMAXだったようで5つも買うのは相当めずらしかったようで、売りに来るおじさんとはいつも仲良しでした。先方にしてみれば大のお得意ということもあり、家に誰もいない場合でも玄関に「ツケ」で置いていってくれてたぐらい
です。スイカが来ると我が家はもう大変です。私は3人姉妹なのですが、まず到着したときに運良く家にいた人がそれぞれ大玉の半分を食します。その後それらを冷蔵庫とお風呂場の水に入れておくのですが、3日もあればすべて平らげてしまうという有様でした。私も1回に半分を食べるのは日常茶飯事で、それだけでお腹がいっぱいになっていました。ちなみに昨日も書いたようにストレートな味の好きな私はスイカを食べるときには、塩はかけません。
そんな家庭にいた私が、小学校の頃に友達の家に遊びに行ったときに、妻楊枝のついた、スイカを1cmぐらいの立方体に小さく切ったものをお菓子として出していただいたときには、かなり面食らいました。
私は「みっともないからやめなさい」と言われながらも、皮が見えるぐらいまで食べていたのですが、スイカの皮って食べれるって知っていますか?もっとも私は皮は好きでは無かったのですが、おばあちゃんとかは漬け物とかにして食べていました。
スイカは、日本では割りと高いですし、基本的に夏しか食べることができませんが、中国では年中食べることができるばかりか、ほとんどのレストランの食後のデザートはスイカになっています。私が中国が好きな理由の1つかも知れません(笑)。勿論日本ほどおいしいとは言えないのですが、毎回食後にスイカを食べれることに幸せを感じます。ちなみに中国ではスイカ1個は上海でも10元(約150円)ぐらいで購入できるので、いかに庶民のデザートになっているかが分かると思います。
最近食品シリーズと化していますが、明日は、私の食べ物の中で最も大好物である「トマト」について記してみたいと思います。

コーヒー

July 04, 2006
私は、5年ぐらい前までは完璧な紅茶派で、喫茶店では紅茶ばかり頼んでいました。それまでは、仕事の関係で初対面の方とラウンジなどで会うときに、相手の方がコーヒーを注文されたのに合わせて頼むぐらいしか、コーヒーを飲む機会が無かったほです。
私の母がコーヒーが大好きで、小さい頃無理に飲んでいたのですが、砂糖とクリームを入れたインスタントばかり飲んでいたのでそれが良くなかったのかも知れません。
私はホテルや喫茶店に入ってコーヒーを飲むときには、まずそのまま一口味見をしてみて、おいしければそのままブラックで、おいしいと感じなければ砂糖を入れて飲むようにしています。中には見るからに油が浮いていたり、匂いが焦げ臭かったり、煮詰まっていたりすることがありますが、そういうときは砂糖を入れても見た目がまずそうなので、クリームを入れるようにしています。
ちなみにまだ中国でコーヒーをブラックで飲んだことは数回しかありません(笑)。
私は基本的に元々の味、かつストレートが好きなので、お酒は甘いものは基本的に飲まないし、酢豚はパイナップルが入るのが許せないし、メロンとハムが一緒なのは許せません(笑)。
ところで、コーヒーショップのチェーンの中では皆さんどこが好きですか?
私は以前はお気に入りが無かったのですが、最近はエクセシオールカフェが気に入っています。看板や内装の色合いがシックで、中にはソファーなどがあってゆったりできるからです。勿論味もチェーンの中ではスターバックスのモカを除いては一番好きです。コーヒーを飲むときには、なんとなくムードというか雰囲気も大事だと思います。中国では以前hirog「中国進出日系企業」のところでも触れたように、上島珈琲や真鍋珈琲が幅を利かせているのですが、若い人達の間ではスターバックスが最も人気があります。中国では珈琲は高級品に入ると思うのですが、中国の一物二価を象徴するように、これらの有名コーヒーチェーンでは一杯400円〜500円ぐらいするものが、下町の喫茶店では100円以下で飲めたりします。
ちなみに私にとっては、コーヒーと眠気の相関関係は全く無く、よく寝る前にコーヒーを飲むことがあります。タバコを辞めてから知らずとコーヒーを飲む機会が増えたような気がします。レストランのコース料理のデザートと一緒に頼む飲み物だけはついこの間まで紅茶でしたが、最近はコーヒーに征服されつつあります。ストレスのせいかも知れません(笑)。

ネットの恩恵

July 03, 2006
ネットが接続できずに、週末hirogが更新できませんでした。
誰か社員にアップロードをお願いしようとしたのですが、当然ながらメールもインスタントメッセンジャーもつながらない状況なので、どうしようもないことを思い知らされました。
金曜日に上海の部屋に到着してインターネットに接続したときから、極めて遅くて1時間で20通のメールしか受信できなかったのですが、土曜日は朝からつながらなくなり、週末は外でのMTGばかりだったこともあり、ネットにつながらないまま本日(月曜日)を迎えました。
これまでも、たまに出張に行ったときに、ホテルでインターネットに接続できないという事態には遭遇したことは何度かあるのですが、通常1日で解決することが多いので、丸2日間ネットに接続できない環境というのは、最近ではほとんど無かったので、あらためてインターネットの重要性を再認識しました。
勿論、hirogだけではなく、週末に予定していた仕事がほとんど出来ていません。
仕事編においては、メールの送受信ができないばかりか、今週の予定の確認と予定の入力をしようとしても私のスケジュールにログインできず、費用の精算をしようとしても乗換案内を見れず、英語の契約書のチェックをしようとしてもWEB辞書が開けず、といった具合でしたし、プライベート編においても、夕食のレストランを探そうとしても無理、ワールドカップサッカーの放送時間を探そうとして諦め、という感じで、まさに八方塞がりです。
完全に私の生活はインターネットに依存していて、無くてはならない存在になっていることを実感しました。
今日は、キャッチアップをしなくてはと思い、かなり早めにオフィスに行ったのですが、オフィスの鍵が開いておらず、やっと入れたと思いインターネットにつなげようとしたら、無線LANがつながらないという始末で、今やっと有線で接続ができてひと安心したところです。インターネットつながらないとこんなに不便、しかも不安だとは思いませんでした。
ちなみに、今メールをチェックしたら週末だというのに600通近くも未読メールが溜まっていました。今日も朝から1日中MTGが詰っているのですが、その合間に少しずつキャッチアップしていこうと思います。
これを読んでいる社員がいたら返信はしばらくお待ち下さい。それとそういうわけでhirogはサボったわけではありませんので、あしからず(笑)。

上手いマッサージ(7月2日分)

July 03, 2006
マッサージを長く受けていると、どこが凝っていて、どこがツボかが自然と分かってきます。つまり自分がマッサージをするのが上手くなってくるのです。今ではちょっと触っただけで肩凝り症かどうかが分かります。
さすがに社長になってからは無くなりましたが、南大沢に居た頃は、たまにスタッフの肩揉みをしていました。特に私の担当部門は女性ばかりで、女性は肩こりが激しい人が多いので尚更でした。当時は本人の要望でしていたので、あまり気にしていませんでしたが、最近は環境セクハラというものもあるそうなので怖いものです。ただマッサージが上手くなっても自分への恩恵はなく、自分で自分をマッサージしても気持ちよくないから不思議です。
ところでマッサージが上手と言えば、マッサージはその店、その人により当たり外れが多いのが難点です。下手な人だとどんなに長時間やってもらっても気持ちよくないですし肩凝りは治りません。それだけならいいのですが、終わった後に不快感すら覚えることがあります。特に私はもう15年以上のマッサージ歴があり、多分消費に占めるマッサージ係数が極めて高いので、もう何人に施術してもらったかは数える由もありません。よって、マッサージを始めて1分も経てばその人が上手か下手かが分かってしまいます。下手な施術士についたら不運であり、1分後以降は悶々としながら施術を受けることになります。中国の場合は中国語の勉強(会話メイン)に切り替えるなどの応用もあるのですが、日本では寝るぐらいしか手はありません。
中国といえば、私が知る限りマッサージ大国であり、日本に比較して圧倒的に長時間かつ安価(上海でも1時間1000円しない)です。マッサージを受けていると良く受ける質問に、給料はいくらだ?というのがあるのですが、まともに日本の給料を言ったら卒倒するのではないかと思います。反対に彼らに給料を聞いていると1ヶ月に2万円〜3万円程度が多いようです。
また、大変不思議なことに、日本では男性客には男性施術士が、女性客には女性施術士があたることが多いと思うのですが、中国は全く逆で、男性には女性が、女性には男性が施術します。中国に行き始めた頃、私は強めのマッサージが好きなので、男性がいいと一緒に行った中国語が話せる友人に伝えたら、ホモだと思われるからやめておいた方がいいと脅されて以来、女性にしてもらうようにしています。ただ、中国の場合には、マッサージ士は、地方から出稼ぎに来ている若い女性が多いので、どう考えても1ヶ月の簡単な研修しか受けていないと思われる下手な人も比較的多く、上手い人に当たる確率的には日本より低いようです。

私とマッサージ

July 01, 2006
私にとってのマッサージは、趣味であり、ストレス発散法であり、人間の3欲より好きなものの1つです。
私のマッサージとの出会いは、社会人3年目でした。
それまで肩が凝るということとは無縁だった私が、興味本位でマッサージをするとどんな気分になるのか知りたくて新宿のとあるマッサージ店でクリックマッサージを受けたのでした。感想は可も無く不可も無くといった感じで特に際立った印象はありませんでした。
それから数ヶ月して空いた時間を潰すために別のマッサージ店に行ってみたのですが、これが私とマッサージを切っても切れないキッカケになろうとは想像もしていませんでした。それまでに味わったことのない快感を覚えてしまったのです。身体全体が軽くなった感じで、その爽快感は今まで体験したことのないものでした。今考えると、1回目のマッサージをしてくれた方はうまくなかっただけなのだと思います。
仕事が好きな私は、なかなか自由になる時間が取れなかったのですが、そのせいで何とか空いた少しの時間に、何かで気分転換とストレス解消を、と思っていたのですが、マッサージがまさにそれに答えてくれるものだと確信しました。
それからというもの、時間が空いたり、仕事で嫌なことがあるとマッサージ屋に足を運ぶようになりました。その頃には、本来肩が凝らなかった私も、マッサージに慣れてしまったせいで、逆に肩が凝ってしまうようになり、しばらく行かないと肩はパンパンになり、吐き気までもよおすようになりました。
好奇心旺盛な私は、同じ店には行かずに、ありとあらゆるマッサージ屋を体験してみることにしました。稀に入ってみたら怪しいマッサージをしている店で、退散を余儀なくされたこともあるのですが、その経験のお陰で、店構えや看板や料金体系を見て、どんなマッサージ店かはすぐに分かるようになりました。
また、通常の全身マッサージだけではなく、足裏マッサージ、ハンドマッサージ、頭部マッサージ、垢すりなど、色んなマッサージを受けてみることで、マッサージの奥の深さを理解することができました。
肩が凝るという話をすると、周りの人からは運動をしてみたらとか、お風呂にゆっくり入ってみたらとか、磁気ネックレスをつけてみたらとか、針・灸をしたみたらとか色々アドバイスをいただくのですが、私は他人にマッサージをしてもらうことに気持ち良さを感じ、それをストレス発散法としているので、肩が凝らなくなってしまってはあまり意味がないのです。なので変な話、意図的に肩が凝らなくなるような施策はしないようにしていて、もうダメというときに、マッサージ店に転がり込んで鋭気を養う習慣がついてしまいました(笑)。
私がマッサージを語りだすと、ブログの5回分でも足りないぐらいなのですが、今日はこの辺で辞めておこうと思います。