本日は第10回の定時株主総会がありました。
議案は全て承認可決され、この1年事業に邁進する体制が整いました。社名もfonfunでFIXしたため、10月1日よりネットビレッジからfonfunへと変わる予定です。また、それに向けてロゴの作成、ホームページ改訂作業に入っていく予定です。現在7月末にメディアを対象とした会社の戦略説明会を予定しており、可能であればそこで新しい会社のロゴが公表したいところですが、かなりタイトなので、可能性は高くないかも知れません。
株主総会を終えて、夕方より北京へ出張に向かったのですが、雷雨と強風を伴う悪天候のため北京空港が閉鎖され、しばらく北京周りを巡回していたものの、燃料の問題もあり、結局日本へ逆戻りをすることになってしまいました。しかも関西国際空港に着陸となったため、ホテルや明日のフライトの手配などで時間がかかり、さきほど(3時)ようやくホテルへ到着しました。北京でのスケジュールのキャンセルを余儀なくされ、明日は直接上海に入ることにしました。手荷物だけにしたのが効を奏しました(荷物を預けた方は、明日まで飛行機に積んだままとのことでした)。
こういった事態は実は2度目の経験です。前回は中華系の航空会社だったのですが、段取りが悪くてホテルもなかなか決まらず、結局夜中にやっとホテルへ着いたものの、粗末なホテルできちんと休めなかった記憶があります。今回はたまたま日系の航空会社だったのですが、対応が大変良くて感心しました。ホテルも高級ホテルのツインルームです。
今回のリターンは、悪天候が要因であり、航空会社の責任ではないのですが、乗客は当然皆イライラして怒りのやり場が航空会社しかないので、係員に食って掛かる姿を多く目にしました。それにもかかわらずあくまでも謝罪を続けながら腰を低く丁寧に対応を行っており、予め事情説明書類や交通手段などを準備していて非常時対応が非常にきちんとしていると思いました。また、宿泊代などの費用を負担するのはサービスがきちんとしていると思いました。(つい、職業病で損失額はいくらぐらいかかるのだろうと余計なことを考えてしまいました)
もっとも、大連や青島などの中国に着陸してくれれば更に良かったのですが、時間が時間だっただけに仕方のないことかと思います。
ちょっと疲れが溜まって頭が回っていないので、そろそろ休もうと思います。
Archive for June of 2006
株主総会とフライトアクシデント
June 30, 2006マラソン
June 29, 2006
今日はちょっと嫌なことがあって、スーツ姿で意味も無くしばらく走っていたのですが、ふと小学校の頃を思い出しました。
私は、小学校と中学校は背が小さくて一番前だったので、なんとか皆を見返したいと思っていたのですが、そんな時に格好の手段を見つけました。それはマラソンです。
あるとき小学校の先生からマラソン旅行のカードを渡されたのですが、それには仙台を起点とする各都市が載っていてゴールが東京であるスゴロクのような絵が描いてありました。そして各都市には○○周と書いてあります。つまり、グラウンドを何週するとその都市への距離分走ったかというのが分かるのです。それを見た瞬間にこれだとピンと来た私は、その日の下校時からグラウンドを走ることにしました。はじめはマラソンなんてやったことも無く、ゴボウのような細い足だった私にとって、筋肉痛の日々が続いたのですが、それでも我慢して続けていたら、まず福島市へ到着しました。勿論他の都市に到着したのは学年で一番のりでした。そしたら今まで味わったことのない達成感からか途中から走るのが楽しくなってきました。そこから那須、茨城、埼玉(だったと思う)ときて、とうとう東京に辿りつきました。仙台から東京までは360キロぐらいだと思いますので、それだけ走ったことになります。先生も東京までのカードは作ってみたものの、行けるわけがないと鷹をくくっていたようです。初めてゴールをしたということで、クラスの皆から拍手を受け、満足感とともにこれでやっとマラソン生活から開放されるかと思ったのも束の間、そのときに先生から渡されたプレゼントが、私だけに特別に作ってくれた復路用のカードでした。つまり東京へ行ったんだから帰って来いというわけです。
マジ?(当時はマジという言葉は無かったですが)と思ったのも束の間、皆から頑張れ〜と声援を受けたので、男として引き下がるわけにはいきません。結局それからも毎日下校後に暗くなるまで走り続けてはるばる仙台まで戻ってきました。
そのお陰(!?)からか運動が得意になり、走り高飛びの選手に選ばれるまでになりました。今考えるとベリーロールで自分の身長よりも高いバーを飛んでいたのが不思議です。
マラソンという競技は持久力と言いますが、私に言わせれば根性だけです。身体は後のことを考えなければ、ムチを打てば動くわけでどこで自分に負けるかだと思います。
ちなみに、中学校になってもマラソンが得意だったのですが、学年で10位以内に入ると駅伝に出場しなくてはならず、それが嫌だったので11位でゴールしていました。
社会人になり、ホノルルマラソンに出たい(もしくは出た)という人にたまにお会いするのですが、あれほどマラソンに夢中だった私も、残念ながら今ではさっぱり出たいと思わなくなってしまいました。マラソンも人生も完走するのは容易ではないようです。
私は、小学校と中学校は背が小さくて一番前だったので、なんとか皆を見返したいと思っていたのですが、そんな時に格好の手段を見つけました。それはマラソンです。
あるとき小学校の先生からマラソン旅行のカードを渡されたのですが、それには仙台を起点とする各都市が載っていてゴールが東京であるスゴロクのような絵が描いてありました。そして各都市には○○周と書いてあります。つまり、グラウンドを何週するとその都市への距離分走ったかというのが分かるのです。それを見た瞬間にこれだとピンと来た私は、その日の下校時からグラウンドを走ることにしました。はじめはマラソンなんてやったことも無く、ゴボウのような細い足だった私にとって、筋肉痛の日々が続いたのですが、それでも我慢して続けていたら、まず福島市へ到着しました。勿論他の都市に到着したのは学年で一番のりでした。そしたら今まで味わったことのない達成感からか途中から走るのが楽しくなってきました。そこから那須、茨城、埼玉(だったと思う)ときて、とうとう東京に辿りつきました。仙台から東京までは360キロぐらいだと思いますので、それだけ走ったことになります。先生も東京までのカードは作ってみたものの、行けるわけがないと鷹をくくっていたようです。初めてゴールをしたということで、クラスの皆から拍手を受け、満足感とともにこれでやっとマラソン生活から開放されるかと思ったのも束の間、そのときに先生から渡されたプレゼントが、私だけに特別に作ってくれた復路用のカードでした。つまり東京へ行ったんだから帰って来いというわけです。
マジ?(当時はマジという言葉は無かったですが)と思ったのも束の間、皆から頑張れ〜と声援を受けたので、男として引き下がるわけにはいきません。結局それからも毎日下校後に暗くなるまで走り続けてはるばる仙台まで戻ってきました。
そのお陰(!?)からか運動が得意になり、走り高飛びの選手に選ばれるまでになりました。今考えるとベリーロールで自分の身長よりも高いバーを飛んでいたのが不思議です。
マラソンという競技は持久力と言いますが、私に言わせれば根性だけです。身体は後のことを考えなければ、ムチを打てば動くわけでどこで自分に負けるかだと思います。
ちなみに、中学校になってもマラソンが得意だったのですが、学年で10位以内に入ると駅伝に出場しなくてはならず、それが嫌だったので11位でゴールしていました。
社会人になり、ホノルルマラソンに出たい(もしくは出た)という人にたまにお会いするのですが、あれほどマラソンに夢中だった私も、残念ながら今ではさっぱり出たいと思わなくなってしまいました。マラソンも人生も完走するのは容易ではないようです。
バス
June 28, 2006
私の高校生のときに通学でバスを使っていたのですが、ひどいときには30分も遅れるということがあったので、バスに対して良いイメージが無く、それ以来大学生からつい数年前までは全くバスとは無縁の生活を送っていたのですが、最近バスを見直し始めています。
基本的に今までバスを使っていなかった理由は、通勤や仕事での移動は特に東京の場合、時間が正確でかつ移動時間も短い電車が一番ですし、プライベートでは
ほとんどが車移動であったためです。また、バスは路線が分かりにくくて調べるのが面倒というのもありました。
上海に赴任していたときに、地元の普通の生活を体験してみたくて、何度かバスに乗ってみたことがあります。向こうは日本以上に路線が複雑になっていて、バスの前に3桁の番号がついているだけなので、外国人にとってはかなりしんどいのですが、一度は経験してみる価値があるかも知れません。というのはいまだに係員がチケットを渡してくれるバスがあったり、エアコンが効いてないバスが走っているのです。タクシーの初乗りが11元なのに対してバスは1元(エアコンなしの場合、エアコン有りはなぜか倍の2元となる)と料金比率も日本より割安感もあります。もっともラッシュ時は超満員になるのに加えて、誰も並ばずにバスが来た途端にドアに殺到するので、乗ること自体がままならないのですが・・・。
数年前に日本で引っ越した場所が、ちょうど京王線と小田急線の中間地点にあり、歩くと30分ぐらいかかってしまうので、雨の日にはバスを利用するのですが、私の乗る停留所は終点なので、いつも座って行くことができます。これに味をしめた私は、現在のオフィスの目の前から渋谷に出るバスがある(スタッフブログ参照)ことを発見して以来、渋谷経由の場所へ移動するときにはバスを利用するようにしています。ラッシュ時を除いては電車よりも早いですし、3/4の確率で座ってPCをいじることができます。最近は、ミニバスなるものも増えていて、運良くそれに乗れると料金も半額だったりします。最近は、道を歩いているときにバス停を見かけると、どこまで行くのかな、とたまにチェックしてみたりしています。
また、バス各社は以前に比較して格段にサービスが良くなっていると思います。必要以上に丁寧なアナウンスがあったり、信号で止まったときにはエンジンを止めたり、少しイライラするほどの安全運転ぶりだったりします。私の家の近くのバス停は何と電光掲示板(!?)でバスが後どれぐらいで来るかを知らせてくれるようになっているところもあります。
それでも結構空いているバスをみかけることが多く、バス会社の経営は決して楽ではないような気もしています。皆さんもたまにはバスを利用してみてはいかがでしょうか?
基本的に今までバスを使っていなかった理由は、通勤や仕事での移動は特に東京の場合、時間が正確でかつ移動時間も短い電車が一番ですし、プライベートでは
ほとんどが車移動であったためです。また、バスは路線が分かりにくくて調べるのが面倒というのもありました。
上海に赴任していたときに、地元の普通の生活を体験してみたくて、何度かバスに乗ってみたことがあります。向こうは日本以上に路線が複雑になっていて、バスの前に3桁の番号がついているだけなので、外国人にとってはかなりしんどいのですが、一度は経験してみる価値があるかも知れません。というのはいまだに係員がチケットを渡してくれるバスがあったり、エアコンが効いてないバスが走っているのです。タクシーの初乗りが11元なのに対してバスは1元(エアコンなしの場合、エアコン有りはなぜか倍の2元となる)と料金比率も日本より割安感もあります。もっともラッシュ時は超満員になるのに加えて、誰も並ばずにバスが来た途端にドアに殺到するので、乗ること自体がままならないのですが・・・。
数年前に日本で引っ越した場所が、ちょうど京王線と小田急線の中間地点にあり、歩くと30分ぐらいかかってしまうので、雨の日にはバスを利用するのですが、私の乗る停留所は終点なので、いつも座って行くことができます。これに味をしめた私は、現在のオフィスの目の前から渋谷に出るバスがある(スタッフブログ参照)ことを発見して以来、渋谷経由の場所へ移動するときにはバスを利用するようにしています。ラッシュ時を除いては電車よりも早いですし、3/4の確率で座ってPCをいじることができます。最近は、ミニバスなるものも増えていて、運良くそれに乗れると料金も半額だったりします。最近は、道を歩いているときにバス停を見かけると、どこまで行くのかな、とたまにチェックしてみたりしています。
また、バス各社は以前に比較して格段にサービスが良くなっていると思います。必要以上に丁寧なアナウンスがあったり、信号で止まったときにはエンジンを止めたり、少しイライラするほどの安全運転ぶりだったりします。私の家の近くのバス停は何と電光掲示板(!?)でバスが後どれぐらいで来るかを知らせてくれるようになっているところもあります。
それでも結構空いているバスをみかけることが多く、バス会社の経営は決して楽ではないような気もしています。皆さんもたまにはバスを利用してみてはいかがでしょうか?
将来戦力
June 27, 2006
うちのようなベンチャー企業は、人、モノ、金という経営資源が限られているため、どうしても即戦力が必要で、おのずと経験のある中途採用がほとんどになります。そんなうちの会社も過去1度だけ計画新卒採用を行ったことがあります。ただその採用の年に業績が悪化してしまい、決断を迫られたときがあります。
現在の就職活動状況を考えると、大学3年のときにはおおよそ就職先が決まってしまうケースが多いと思いますが、このタイムスパンは業界の流れが速いところにおいては会社の規模にもよりますが、結構微妙なところがあります。
今まで私も人の採用をする際に何度か即戦力か将来戦力かで迷ったことがあります。例えば私が管理部長をしていた4年ほど前に管理スタッフを数名増員しなけ
ればならない時期がありました。当時の社長は即戦力を求めたのですが、私はあえて将来戦力を選択しました。具体的には一気に4名の若いスタッフの採用を行いました。新卒もしくは第2新卒者はポテンシャルが大きい反面、育てるまでに時間がかかりますし、管理者は教育やチェックに余計に時間が取られてしまいます。ただ、企業文化をつくりやすい、費用が抑えられるなどのプラス要素もあります。特にポテンシャルの高いスタッフをうまく育てると大きな戦力となるばかりか、以心伝心で余計なコミュニケーションコストがかからないという長所もあります。
私は、以前は自分の責任範囲の仕事については自分が首を突っ込まないと気が済まない性格で、若いスタッフの仕事をこと細かく指示、指導、監督していたのですが、あるとき、それが必要以上に長く続けてしまうと自発性が損なわれて成長が遅くなるということに気づき、そこからは打って変わって相談にはのるけれど、自分で判断してもらうようにしました。若いスタッフは最初は禁断症状を起こすのですが、少し経つと自分で決めざるを得ないために責任感が出てきて、頼もしくなってくるものです。それでも当然発展途上のときには、ミスは出てきてしまうのですが、同じミスを犯さないようにだけ注意をして、あとは上司が責任を取るという裏づけがあれば、自然と意識や精度が高まってきます。
最近も若いスタッフを何名か採用したのですが、さすがに私が手塩にかけて、ということはできないので、中堅社員にお任せしています。ただ、先日も新入社員が私に言えないことで悩んでいたようで、自分ではいつまでも社員に近いつもりでいたのですが、そうでもないことを再認識しました。
即戦力がいいのか、将来戦力がいいのか、というのは、ケースバイケースで、どれが正しいというのは一概に言えないような気がします。変な話、仲間意識が強
くなり過ぎてしまって、緊張感が無くなりつつあるときには、意図的に外の血を入れることもあるかも知れません。
うちの会社は今のところ計画新卒採用を行う予定はありませんが、将来のうちの会社を背負っていけるような吸収力のある若いスタッフは業容の拡大に応じて適
宜採用をしていくつもりです。
ちなみに、管理部長時代に採用をした4名のうち、結婚退職をした1名を除く3名は今や中堅社員となり、かかせない戦力として元気に働いてくれています。
また、冒頭の決断の結果採用をした新卒社員は2年目に入り、一人一人が頼もしくなって、少しずつ実績を出してくれています。
現在の就職活動状況を考えると、大学3年のときにはおおよそ就職先が決まってしまうケースが多いと思いますが、このタイムスパンは業界の流れが速いところにおいては会社の規模にもよりますが、結構微妙なところがあります。
今まで私も人の採用をする際に何度か即戦力か将来戦力かで迷ったことがあります。例えば私が管理部長をしていた4年ほど前に管理スタッフを数名増員しなけ
ればならない時期がありました。当時の社長は即戦力を求めたのですが、私はあえて将来戦力を選択しました。具体的には一気に4名の若いスタッフの採用を行いました。新卒もしくは第2新卒者はポテンシャルが大きい反面、育てるまでに時間がかかりますし、管理者は教育やチェックに余計に時間が取られてしまいます。ただ、企業文化をつくりやすい、費用が抑えられるなどのプラス要素もあります。特にポテンシャルの高いスタッフをうまく育てると大きな戦力となるばかりか、以心伝心で余計なコミュニケーションコストがかからないという長所もあります。
私は、以前は自分の責任範囲の仕事については自分が首を突っ込まないと気が済まない性格で、若いスタッフの仕事をこと細かく指示、指導、監督していたのですが、あるとき、それが必要以上に長く続けてしまうと自発性が損なわれて成長が遅くなるということに気づき、そこからは打って変わって相談にはのるけれど、自分で判断してもらうようにしました。若いスタッフは最初は禁断症状を起こすのですが、少し経つと自分で決めざるを得ないために責任感が出てきて、頼もしくなってくるものです。それでも当然発展途上のときには、ミスは出てきてしまうのですが、同じミスを犯さないようにだけ注意をして、あとは上司が責任を取るという裏づけがあれば、自然と意識や精度が高まってきます。
最近も若いスタッフを何名か採用したのですが、さすがに私が手塩にかけて、ということはできないので、中堅社員にお任せしています。ただ、先日も新入社員が私に言えないことで悩んでいたようで、自分ではいつまでも社員に近いつもりでいたのですが、そうでもないことを再認識しました。
即戦力がいいのか、将来戦力がいいのか、というのは、ケースバイケースで、どれが正しいというのは一概に言えないような気がします。変な話、仲間意識が強
くなり過ぎてしまって、緊張感が無くなりつつあるときには、意図的に外の血を入れることもあるかも知れません。
うちの会社は今のところ計画新卒採用を行う予定はありませんが、将来のうちの会社を背負っていけるような吸収力のある若いスタッフは業容の拡大に応じて適
宜採用をしていくつもりです。
ちなみに、管理部長時代に採用をした4名のうち、結婚退職をした1名を除く3名は今や中堅社員となり、かかせない戦力として元気に働いてくれています。
また、冒頭の決断の結果採用をした新卒社員は2年目に入り、一人一人が頼もしくなって、少しずつ実績を出してくれています。
国産牛と和牛
June 26, 2006
昨夜は家の近くのお店に「しゃぶしゃぶ」を食べに行ったのですが、お腹が空いていたのでメニューもろくに見ずにコースでお願いと頼んだ後に、きちんとメニューを見たら、通常の牛のコース以外に国産牛コースというのがあって、結局それに変更してもらいました。でも国産牛だからといって、ほとんど気休めでしかないことを皆さんご存知でしょうか?一時期狂牛病騒ぎがあったので、あのときにあらためて学習された方も多いかも知れません。
国産牛は直訳すると「日本国内で飼育された牛」なのですが、裏に公正取引委員会が定めた細則があり、外国産の牛でも日本で3ヶ月以上飼育されたものは国産牛と言われるのです。極端なことを言えば牛を殺した場所が日本であれば国産牛ということです。どうしてこんな紛らわしい表記があり得るのか甚だ疑問ですが、それがまかり通っています。なので国産牛には、海外から輸入されたホルスタインなどの乳用も含まれており、これらはそもそも肉用ではないので、おいしくないし、安全とも言えない、ということになります。
これに対して和牛という表記がありますが、これは産地とは全く関係のない「品種」の名前であり、公正競争規約というもので表示の内容が定められていて、黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4品種のみが和牛と言っていいことになっているそうです。ちなみに、神戸牛、松坂牛、米沢牛などは黒毛和種で、正真正銘の和牛になります。
ところが他に「輸入和牛」なるものが存在するのです。これは平成10年から輸入されている牛肉で、肉自体(つまり品種)は和牛なのですが、海外で飼育されて輸入されたものだそうです。そういえば、コンビニで黒毛牛弁当なるものが売っていましたが、あれは和牛と思わせるための工夫で、実際には外国産だそうです。
いずれにしても、和牛であれば、販売する側は当然それをアピールしたいでしょうから、国産牛とは表示せずに、和牛と表示するでしょう。逆に国産牛という表示だけだったら、ホルスタインやそれらとの雑種と考えていいかも知れません。
もっとも私自身は牛肉であれば何でも好きなので、米国産だろうかオーストラリア産だろうかあまり気にしないで食べてしまいます。逆に高級過ぎる和牛は、脂がのりすぎていて苦手なときもあります。
ただ、味はおいておいたとしても、消費者のことを考えて表記や言い方は分かりやすくしてもらいたいものです。
国産牛は直訳すると「日本国内で飼育された牛」なのですが、裏に公正取引委員会が定めた細則があり、外国産の牛でも日本で3ヶ月以上飼育されたものは国産牛と言われるのです。極端なことを言えば牛を殺した場所が日本であれば国産牛ということです。どうしてこんな紛らわしい表記があり得るのか甚だ疑問ですが、それがまかり通っています。なので国産牛には、海外から輸入されたホルスタインなどの乳用も含まれており、これらはそもそも肉用ではないので、おいしくないし、安全とも言えない、ということになります。
これに対して和牛という表記がありますが、これは産地とは全く関係のない「品種」の名前であり、公正競争規約というもので表示の内容が定められていて、黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4品種のみが和牛と言っていいことになっているそうです。ちなみに、神戸牛、松坂牛、米沢牛などは黒毛和種で、正真正銘の和牛になります。
ところが他に「輸入和牛」なるものが存在するのです。これは平成10年から輸入されている牛肉で、肉自体(つまり品種)は和牛なのですが、海外で飼育されて輸入されたものだそうです。そういえば、コンビニで黒毛牛弁当なるものが売っていましたが、あれは和牛と思わせるための工夫で、実際には外国産だそうです。
いずれにしても、和牛であれば、販売する側は当然それをアピールしたいでしょうから、国産牛とは表示せずに、和牛と表示するでしょう。逆に国産牛という表示だけだったら、ホルスタインやそれらとの雑種と考えていいかも知れません。
もっとも私自身は牛肉であれば何でも好きなので、米国産だろうかオーストラリア産だろうかあまり気にしないで食べてしまいます。逆に高級過ぎる和牛は、脂がのりすぎていて苦手なときもあります。
ただ、味はおいておいたとしても、消費者のことを考えて表記や言い方は分かりやすくしてもらいたいものです。
財布
June 25, 2006
本日新しい財布を買いました。しかもなぜか2つ・・・。
私にとって財布を買うというのは、とても珍しい行為で、かつては20年前の学生のときからなんと1回しか買い換えたことがありませんでした。しかも昨日まで使っ
ていた財布は4年ぐらいなので、以前の財布は16年も使っていたということになります。
財布を買い換えるに至らない理由は、第一に財布に愛着が出来てしまうこと、第ニに使い勝手に時間がかかりそうで面倒、第三がなんとなく買いにいく機会が無い、ということなのですが、立場上周りの人には、どうしてあんな財布をいつまで使っているのだろう?と疑問に思われているかも知れません。
財布に関して私らしい(!?)とっておきのトピックスがあります。学生時代から今日に至るまで、財布を9回紛失しているのですが、9回とも手元に戻ってきているのです。しかも、9回とも現金やカードが元のままという大判振る舞い(?)です。一度は2週間ほど出てこなかったことがあるのですが、そのときも必ず出てくると信じ、新しい財布を購入しないでいたところ、警察から連絡がありました。
戻ってくると高をくくって油断をしているわけではないのですが、これはかなり運が強いというか、善意の方が多いというか、すごいことだと思います。そんな幸運な財布なので、なかなか手放せないのかも知れません。
今日は財布を買う目的で出掛けたわけではないのですが、財布売り場に遭遇し、何気に見ていたら急に買いたくなり、つまり衝動買いでした。私は小銭を使うのが下手でカードや領収書などもどんどん溜まってくるので、財布はすぐに膨れ上がってきます。それが嫌なので、今回は周りがチャック式で閉められるものを選んで購入しました。ところが別な売り場で私の比較的好きなブランドの財布を見ていたら、やはりそちらの方が気に入ってしまい、結局2つを購入する羽目になってしまいました。
ところで、私の財布の中には中国で買った金メッキのお守りが入っているのですが、この効能があるようで、持ち歩くようになってからあまりお金に不自由していない気がします。これはしっかりと新しい財布に引継ぎを行おうと思っています。
財布は高価なものの方がお金回りが良くなるとか、赤い財布はお金が出て行くとかいう話を聞きますが、本当にそうなのでしょうか?これまたアンケート統計データとかあったら知りたいものです。
新しい財布とは何年を伴にするのでしょう。
私にとって財布を買うというのは、とても珍しい行為で、かつては20年前の学生のときからなんと1回しか買い換えたことがありませんでした。しかも昨日まで使っ
ていた財布は4年ぐらいなので、以前の財布は16年も使っていたということになります。
財布を買い換えるに至らない理由は、第一に財布に愛着が出来てしまうこと、第ニに使い勝手に時間がかかりそうで面倒、第三がなんとなく買いにいく機会が無い、ということなのですが、立場上周りの人には、どうしてあんな財布をいつまで使っているのだろう?と疑問に思われているかも知れません。
財布に関して私らしい(!?)とっておきのトピックスがあります。学生時代から今日に至るまで、財布を9回紛失しているのですが、9回とも手元に戻ってきているのです。しかも、9回とも現金やカードが元のままという大判振る舞い(?)です。一度は2週間ほど出てこなかったことがあるのですが、そのときも必ず出てくると信じ、新しい財布を購入しないでいたところ、警察から連絡がありました。
戻ってくると高をくくって油断をしているわけではないのですが、これはかなり運が強いというか、善意の方が多いというか、すごいことだと思います。そんな幸運な財布なので、なかなか手放せないのかも知れません。
今日は財布を買う目的で出掛けたわけではないのですが、財布売り場に遭遇し、何気に見ていたら急に買いたくなり、つまり衝動買いでした。私は小銭を使うのが下手でカードや領収書などもどんどん溜まってくるので、財布はすぐに膨れ上がってきます。それが嫌なので、今回は周りがチャック式で閉められるものを選んで購入しました。ところが別な売り場で私の比較的好きなブランドの財布を見ていたら、やはりそちらの方が気に入ってしまい、結局2つを購入する羽目になってしまいました。
ところで、私の財布の中には中国で買った金メッキのお守りが入っているのですが、この効能があるようで、持ち歩くようになってからあまりお金に不自由していない気がします。これはしっかりと新しい財布に引継ぎを行おうと思っています。
財布は高価なものの方がお金回りが良くなるとか、赤い財布はお金が出て行くとかいう話を聞きますが、本当にそうなのでしょうか?これまたアンケート統計データとかあったら知りたいものです。
新しい財布とは何年を伴にするのでしょう。
第三者の意見
June 24, 2006
ワールドカップ決勝トーナメント進出は夢と消えてしまいましたが、私はその記念すべき決戦を見損なってしまいました。
昨日のhirogを書きあげて就寝したまでは良かったのですが、目覚まし時計を試合開始10分前の3時50分に設定したつもりが、なぜか15時50分にセットされていました(悲)。つまり3時違いでした・・・。アナログ時計だったら、起こりえなかった間違いで、忘れかけていたアナログの良さを思い知らされた瞬間でした。ただ、前半リードして大敗という内容は見ていたら相当モヤモヤした気持ちが残っていたでしょうから結果オーライというべきかも知れません。
お陰で睡眠を十分取れたからか、今日は朝からパワー全開だったのですが、午後の機関投資家周りで会社や事業のPRをしているうちに、どんどんヒートアップしてきて、同席していたK取締役やIR会社の人に心配されるほどでした。でも周りの人が分かるぐらいのテンションだったので、実はここだけの話、血圧が割りと高い私は、話している途中に一瞬目の前を陰がよぎる瞬間があり、気を失うかと思いました。
今回の一連の機関投資家訪問で、うちの会社が周りからどう見えているのかが分かりとても参考になりました。特に一通りの質疑応答が終わった後に、必ず「感
想」や「意見」をお聞きするようにしていたので、中にいると気づかないビジネスチャンスや課題が明確になった気がします。
勿論、うちの会社の将来像や事業戦略については、自信をもってやっているわけですが、外にいる第三者の意見を聞くことはとても重要だと改めて実感しました。
かつて私が出向をしていたイマジニアの会議室に「素直」と書いた色紙が飾ってあったのですが、これは松下政経塾出身の同社の神蔵社長が、松下幸之助氏の名言の中で好きな言葉だということでした。つまり、自分がどういう地位や立場になろうとも「素直」な気持ちで人の話を聞く姿勢を忘れないように、という意味が含まれているものと思います。
ふとそんなことを思い出した1日でした。
昨日のhirogを書きあげて就寝したまでは良かったのですが、目覚まし時計を試合開始10分前の3時50分に設定したつもりが、なぜか15時50分にセットされていました(悲)。つまり3時違いでした・・・。アナログ時計だったら、起こりえなかった間違いで、忘れかけていたアナログの良さを思い知らされた瞬間でした。ただ、前半リードして大敗という内容は見ていたら相当モヤモヤした気持ちが残っていたでしょうから結果オーライというべきかも知れません。
お陰で睡眠を十分取れたからか、今日は朝からパワー全開だったのですが、午後の機関投資家周りで会社や事業のPRをしているうちに、どんどんヒートアップしてきて、同席していたK取締役やIR会社の人に心配されるほどでした。でも周りの人が分かるぐらいのテンションだったので、実はここだけの話、血圧が割りと高い私は、話している途中に一瞬目の前を陰がよぎる瞬間があり、気を失うかと思いました。
今回の一連の機関投資家訪問で、うちの会社が周りからどう見えているのかが分かりとても参考になりました。特に一通りの質疑応答が終わった後に、必ず「感
想」や「意見」をお聞きするようにしていたので、中にいると気づかないビジネスチャンスや課題が明確になった気がします。
勿論、うちの会社の将来像や事業戦略については、自信をもってやっているわけですが、外にいる第三者の意見を聞くことはとても重要だと改めて実感しました。
かつて私が出向をしていたイマジニアの会議室に「素直」と書いた色紙が飾ってあったのですが、これは松下政経塾出身の同社の神蔵社長が、松下幸之助氏の名言の中で好きな言葉だということでした。つまり、自分がどういう地位や立場になろうとも「素直」な気持ちで人の話を聞く姿勢を忘れないように、という意味が含まれているものと思います。
ふとそんなことを思い出した1日でした。
2周年記念
June 23, 2006
明日(というか本日23日)は、うちの会社の中国現地法人である上海網村信息技術有限公司の設立2周年になります。
上海網村の秘書兼管理部長より「社員へメッセージを」というメールがあったのですが、私にしては珍しく1週間ほど前から気づいていました。上海網村は私自身がゼロから立ち上げた会社であり、グループで唯一社長を兼務している会社ということもあり、言わば子供のような存在でもあるのです。
当社の中国事業は、モバイルコンテンツ配信事業から始まり、既に135個を超えるコンテンツの提供実績があり、それ以外にも受託事業、メディア事業など事業領域は広がってきています。本年度からこの辺をきちんと区分けをしてやっていく方針を決めており、その第一弾として受託事業専門の会社を合肥市に設立しました。
上海網村はスタッフ数も今や90名を超えており、日系企業として数少ない成功事例となれる可能性を秘めています。一方で一気に人を増やしていることもあって、
コミュニケーションに弊害が出てきたり、管理面での課題も生まれてきています。
特に上海網村は日本本社からの100%出資子会社にもかかわらず、日本人は本社からの派遣1名だけであり、かつその1名は既存事業のオペレーションにはかかわっていないので、ほとんど中国企業と変わりありません。中国の人は比較的自己主張が強いこともあり、人数が増えてくると統率が難しくなるのも事実です。
しかしながら、会社が成長していく過程においては、うちの会社自身もそうであったように、必ずこういう時期があります。そういうときに求心力を保ち、現場が主体性をもって動けるかどうかというのが将来発展できるかどうかの鍵になると思います。上海網村は3年目に突入しますが、この過程を乗り越えてもう1つ大きくなっていって欲しいし、そうしていきたいと思っています。
話は変わりますが、あと数時間で日本の最終決戦ですね。記念すべきこの日に日本へ勝利をもたらしてくれることを祈りたいと思います。
上海網村の秘書兼管理部長より「社員へメッセージを」というメールがあったのですが、私にしては珍しく1週間ほど前から気づいていました。上海網村は私自身がゼロから立ち上げた会社であり、グループで唯一社長を兼務している会社ということもあり、言わば子供のような存在でもあるのです。
当社の中国事業は、モバイルコンテンツ配信事業から始まり、既に135個を超えるコンテンツの提供実績があり、それ以外にも受託事業、メディア事業など事業領域は広がってきています。本年度からこの辺をきちんと区分けをしてやっていく方針を決めており、その第一弾として受託事業専門の会社を合肥市に設立しました。
上海網村はスタッフ数も今や90名を超えており、日系企業として数少ない成功事例となれる可能性を秘めています。一方で一気に人を増やしていることもあって、
コミュニケーションに弊害が出てきたり、管理面での課題も生まれてきています。
特に上海網村は日本本社からの100%出資子会社にもかかわらず、日本人は本社からの派遣1名だけであり、かつその1名は既存事業のオペレーションにはかかわっていないので、ほとんど中国企業と変わりありません。中国の人は比較的自己主張が強いこともあり、人数が増えてくると統率が難しくなるのも事実です。
しかしながら、会社が成長していく過程においては、うちの会社自身もそうであったように、必ずこういう時期があります。そういうときに求心力を保ち、現場が主体性をもって動けるかどうかというのが将来発展できるかどうかの鍵になると思います。上海網村は3年目に突入しますが、この過程を乗り越えてもう1つ大きくなっていって欲しいし、そうしていきたいと思っています。
話は変わりますが、あと数時間で日本の最終決戦ですね。記念すべきこの日に日本へ勝利をもたらしてくれることを祈りたいと思います。
オフィスとステータス
June 22, 2006
オフィスの格って何で決まると思いますか? またオフィスの格って会社の何を反映するのでしょうか?
ちなみにはじめに断っておきますが、今日のブログには答えはなく、ただの独り言です(笑)。
最近機関投資家周りをしていて、最も普段の訪問が多いベンチャー企業と違うと感じるのがオフィスです。
まず、場所が違います。ほとんどが主要な駅から徒歩数分内で、誰もが知っているような著名なビルに入っています。次にそのエントランスの広さに驚かされます。中にはエントランスでフットサルでも出来そうなオフィスもあります。そして会議室ですが、その内装や什器に目を見張ります。私は建築出身なので、内装は材質を見ると大体どれぐらいお金をかけているかが分かるのですが、明らかに数千万かかっていると思われるところが少なくありません。
こういうオフィスを初めて訪問した人はどう感じるのだろうか?というのが純粋に知りたくなりました。「さすが○○、儲かってるな」となるのか、もしくは「こんなにお金かけて無駄だな」となるのでしょうか。もっとも、機関投資家は数千億円規模の資金を運用しているところが多く、そのオフィスを訪れる人は、資産家か、お金を動かす仕事をしている人たちか、企業経営者などでしょうから、それなりにステータスが必要なのだと思います。信用やブランドを商売とする会社の場合には特にオフィスは大事な要素なのかも知れません。「良い場所」で「立派なビル」で「豪華な内装」であれば、会社の信用度という対外的なものだけではなく、求人がやりやすかったり、社員が快適に働けたり、という内部のメリットもあるかと思います。
中国では、オフィスのステータスというのが、ビジネスをやる場合において、日本に比べて重視されている気がします。また、海外ビジネスの長い人の話では、出張した時のMTGは、相手を高級ホテルに呼んで行った方が、こちらに有利に商談が運ぶという経験則があるとのことです。あたかもその高級ホテルがその人や会社のイメージの一部になって相手により大きく見せているのかも知れません。
でも、オフィスというのは、本当に数字に表れない会社の規模や収益性を図る物差しになっているのでしょうか? オフィスによって会社のイメージというのが形成・固定化されるのでしょうか? 一般の人は、名刺を見るときにオフィスの場所、ビルの名前などを確認するのでしょうか? こういった素朴な疑問についてアンケートでも取ってみたいものです。
ところで、最近ではハードだけでなく、ソフトで差をつけようとしている会社も目にするようになりました。例えば同業系のC社は、会議室に入ると飲み物のメニューを渡されて、その中から注文をする喫茶店風システムを採用しています。
ウェイトレス(受付!?)の礼儀正しさもあいまってとても新鮮味を感じました。
ちなみにはじめに断っておきますが、今日のブログには答えはなく、ただの独り言です(笑)。
最近機関投資家周りをしていて、最も普段の訪問が多いベンチャー企業と違うと感じるのがオフィスです。
まず、場所が違います。ほとんどが主要な駅から徒歩数分内で、誰もが知っているような著名なビルに入っています。次にそのエントランスの広さに驚かされます。中にはエントランスでフットサルでも出来そうなオフィスもあります。そして会議室ですが、その内装や什器に目を見張ります。私は建築出身なので、内装は材質を見ると大体どれぐらいお金をかけているかが分かるのですが、明らかに数千万かかっていると思われるところが少なくありません。
こういうオフィスを初めて訪問した人はどう感じるのだろうか?というのが純粋に知りたくなりました。「さすが○○、儲かってるな」となるのか、もしくは「こんなにお金かけて無駄だな」となるのでしょうか。もっとも、機関投資家は数千億円規模の資金を運用しているところが多く、そのオフィスを訪れる人は、資産家か、お金を動かす仕事をしている人たちか、企業経営者などでしょうから、それなりにステータスが必要なのだと思います。信用やブランドを商売とする会社の場合には特にオフィスは大事な要素なのかも知れません。「良い場所」で「立派なビル」で「豪華な内装」であれば、会社の信用度という対外的なものだけではなく、求人がやりやすかったり、社員が快適に働けたり、という内部のメリットもあるかと思います。
中国では、オフィスのステータスというのが、ビジネスをやる場合において、日本に比べて重視されている気がします。また、海外ビジネスの長い人の話では、出張した時のMTGは、相手を高級ホテルに呼んで行った方が、こちらに有利に商談が運ぶという経験則があるとのことです。あたかもその高級ホテルがその人や会社のイメージの一部になって相手により大きく見せているのかも知れません。
でも、オフィスというのは、本当に数字に表れない会社の規模や収益性を図る物差しになっているのでしょうか? オフィスによって会社のイメージというのが形成・固定化されるのでしょうか? 一般の人は、名刺を見るときにオフィスの場所、ビルの名前などを確認するのでしょうか? こういった素朴な疑問についてアンケートでも取ってみたいものです。
ところで、最近ではハードだけでなく、ソフトで差をつけようとしている会社も目にするようになりました。例えば同業系のC社は、会議室に入ると飲み物のメニューを渡されて、その中から注文をする喫茶店風システムを採用しています。
ウェイトレス(受付!?)の礼儀正しさもあいまってとても新鮮味を感じました。
最年少社長
June 21, 2006
本日東証マザーズに上場した「アドウェイズ」という会社の社長は上場時年齢が26歳2ヶ月と最年少記録となりました。ちなみに今まではクレイフィッシュの松島社長で26歳4ヶ月だったので2ヶ月更新だそうです。
この岡村社長は彼のブログの表題にもあるとおり、金なし、コネなし、学歴なしからここまでこぎつけた努力家でもあります。中学を卒業してからとある企業で4年間働き、2001年に会社を設立、それから一気に会社を成長させて5年後に上場を果たしました。急成長の源泉となったのはアフィリエイト広告というインターネットとモバイルの成果報酬型広告を扱うビジネスが時代の流れにマッチしたためであり、この1年でも売上2.5倍、利益は4.5倍になっています。
岡村社長とは何度かお会いしたことがあるのですが、とにかく豪快でアグレッシブな方で、個性が強い分人により好き嫌いがあるかも知れません(笑)。見た目は社会人経験が長いからか失礼ながら26歳とは思えず、その証拠に上海で岡村社長にお会いしたときに、ご一緒していた人達が私の先輩と勘違いしていたぐらいです(笑)。そのときにも「絶対に中国は本気でやります」と宣言されていましたが、彼は有言実行タイプで、難しい異国でのビジネス環境の中にあって、同社は中国でも頑張っている日系企業の1つです。ちなみにアドウェイズとは、同社の中国事業の責任者が偶然私の住んでいたマンション(日本人は見たことがない)と一緒だったという不思議な縁もあります。
同社は珍しく設立1年目から新卒採用をしていて、今後は毎年100名以上の新卒社員を採用していくそうです。急成長のための先行投資とはいえ、この大胆な経営手法は私から見ていても正直大丈夫かなと思う部分があるのですが、もしかしたら今までの既成概念を変える手法が功を奏して一気にトップ企業に上り詰める可能性もあるかも知れません。今後注目してみたいと思います。
ちなみに、本日上場日は、証券会社が他の銘柄と間違えて売り注文を出してしまうというアクシデントがあったものの、初値は公募価格を上回り、ストップ高気配で終了しました。
この岡村社長は彼のブログの表題にもあるとおり、金なし、コネなし、学歴なしからここまでこぎつけた努力家でもあります。中学を卒業してからとある企業で4年間働き、2001年に会社を設立、それから一気に会社を成長させて5年後に上場を果たしました。急成長の源泉となったのはアフィリエイト広告というインターネットとモバイルの成果報酬型広告を扱うビジネスが時代の流れにマッチしたためであり、この1年でも売上2.5倍、利益は4.5倍になっています。
岡村社長とは何度かお会いしたことがあるのですが、とにかく豪快でアグレッシブな方で、個性が強い分人により好き嫌いがあるかも知れません(笑)。見た目は社会人経験が長いからか失礼ながら26歳とは思えず、その証拠に上海で岡村社長にお会いしたときに、ご一緒していた人達が私の先輩と勘違いしていたぐらいです(笑)。そのときにも「絶対に中国は本気でやります」と宣言されていましたが、彼は有言実行タイプで、難しい異国でのビジネス環境の中にあって、同社は中国でも頑張っている日系企業の1つです。ちなみにアドウェイズとは、同社の中国事業の責任者が偶然私の住んでいたマンション(日本人は見たことがない)と一緒だったという不思議な縁もあります。
同社は珍しく設立1年目から新卒採用をしていて、今後は毎年100名以上の新卒社員を採用していくそうです。急成長のための先行投資とはいえ、この大胆な経営手法は私から見ていても正直大丈夫かなと思う部分があるのですが、もしかしたら今までの既成概念を変える手法が功を奏して一気にトップ企業に上り詰める可能性もあるかも知れません。今後注目してみたいと思います。
ちなみに、本日上場日は、証券会社が他の銘柄と間違えて売り注文を出してしまうというアクシデントがあったものの、初値は公募価格を上回り、ストップ高気配で終了しました。
引き分け
June 20, 2006
今日の新聞では一斉に日本VSクロアチア戦のことを報じていました。結局昨日は引き分けに終わったわけですが、私はどうもこの「引き分け(ドロー)」という言葉があまり好きにはなれません。なんとなく「妥協」という二文字を連想してしまうところがあるのかも知れません。
勿論、この世の中には優劣をつけなくてもいいことはあるとは思います。でも試合や競技というのはその性質上、そもそも勝ち負けや優劣を決めるために行うものではないのだろうか、と思ってしまいます。
「引き分け」という概念があると、どうしても選手はそれを意識する部分があるように思います。「勝ち」にいこうと頭では思っていても、どこかに「最悪引き分けでもいいかな」という潜在的な甘えがあるということはないでしょうか?例えば一進一退の攻防が続くとてもエキサイティングな試合であっても、ゲームの終了近くになると両チームとも無理をせずに、時間稼ぎをするシーンをたまに目にしますが、戦術だから仕方無いとはいえ、そういうシーンを目にするととても残念な気持ちになります。
また、たまに試合が始まる前に、監督が「今日は引き分けでいい」とか「引き分けを狙う」とか発言していることがありますが、これを聞いた選手はどう思うのだろうか、と不思議になります。プレッシャーから開放されるなどのプラス効果があるのかも知れませんが、どうしても守り優先になってしまうような気がします。私が選手なら「絶対に勝つ」とか「勝ちに行こう」と言ってくれた方が燃えてきます。
「引き分け」というのを入れることで、順位のバリュエーションや可能性が広がり、ゲームが面白くなるからなのかも知れないと考えたことあるのですが、個人的にはそれなら同点の場合にはPK戦で勝敗を決めて、PK戦で勝った場合は勝ち点2などとする方がいいような気がします。
私がサッカーをしていた頃は、全国高校サッカー選手権においても、決勝は同点だと両校優勝というのがあったのですが、個人的にはいつもしっくり来ていませんでした。
よく「スポーツは勝ち負けの厳しい世界」と言われますが、よほど現実の世界の方が恋愛を含めて引き分けというのは少ないように思うのですが、競技の世界に引き分けがあることに違和感を感じてしまうのは、私だけでしょうか?
私がもう1つスポーツでしっくりこないことがあります。今はルールが変わったかも知れませんが、私がプロ野球を見ていたときは、セ・リーグは指名打者方式では無かったので、ピッチャーがそのまま打席に立つのですが、多くのピッチャーが打つ気が全くなく、意図的に三振をするのです。冷静に考えれば、確かに積極的に打ちにいって身体に異変が生じたり、全力で走ることで体力を消耗したり怪我をしたりすることを避け、最高のピッチングに集中するための1つの戦術と言えるのかも知れません。でもプロスポーツは観客を魅せるためにもあるのではないのだろうかと思います。プロ野球の投手といえば、もともと高校時代には4番打者だった人も多いので、本来は打者でも魅せられるかも知れないのに、それを放棄してしまうというのは残念に思います。
個人的には、何事にも正々堂々と全力で戦って欲しいと思います。
ちなみに、私の経営スタイルには、引き分けという言葉はありません。こういうと「Win-Win」を標榜しているのに、それは引き分けではないのか?と思う人がいるかも知れませんが、「Win-Win」はその名の通り双方が「勝ち」なのです。でももしかしたら、それはスタッフにとってはプレッシャーとなるのかも知れませんね。
人は負けを体験することで、屈辱や挫折を味わうことがあるかも知れません。でもその悔しい気持ちがあるからこそ、次に頑張れるということもあるのではないかと思います。
私はサムライスピリッツ過ぎなのでしょうか・・・。
勿論、この世の中には優劣をつけなくてもいいことはあるとは思います。でも試合や競技というのはその性質上、そもそも勝ち負けや優劣を決めるために行うものではないのだろうか、と思ってしまいます。
「引き分け」という概念があると、どうしても選手はそれを意識する部分があるように思います。「勝ち」にいこうと頭では思っていても、どこかに「最悪引き分けでもいいかな」という潜在的な甘えがあるということはないでしょうか?例えば一進一退の攻防が続くとてもエキサイティングな試合であっても、ゲームの終了近くになると両チームとも無理をせずに、時間稼ぎをするシーンをたまに目にしますが、戦術だから仕方無いとはいえ、そういうシーンを目にするととても残念な気持ちになります。
また、たまに試合が始まる前に、監督が「今日は引き分けでいい」とか「引き分けを狙う」とか発言していることがありますが、これを聞いた選手はどう思うのだろうか、と不思議になります。プレッシャーから開放されるなどのプラス効果があるのかも知れませんが、どうしても守り優先になってしまうような気がします。私が選手なら「絶対に勝つ」とか「勝ちに行こう」と言ってくれた方が燃えてきます。
「引き分け」というのを入れることで、順位のバリュエーションや可能性が広がり、ゲームが面白くなるからなのかも知れないと考えたことあるのですが、個人的にはそれなら同点の場合にはPK戦で勝敗を決めて、PK戦で勝った場合は勝ち点2などとする方がいいような気がします。
私がサッカーをしていた頃は、全国高校サッカー選手権においても、決勝は同点だと両校優勝というのがあったのですが、個人的にはいつもしっくり来ていませんでした。
よく「スポーツは勝ち負けの厳しい世界」と言われますが、よほど現実の世界の方が恋愛を含めて引き分けというのは少ないように思うのですが、競技の世界に引き分けがあることに違和感を感じてしまうのは、私だけでしょうか?
私がもう1つスポーツでしっくりこないことがあります。今はルールが変わったかも知れませんが、私がプロ野球を見ていたときは、セ・リーグは指名打者方式では無かったので、ピッチャーがそのまま打席に立つのですが、多くのピッチャーが打つ気が全くなく、意図的に三振をするのです。冷静に考えれば、確かに積極的に打ちにいって身体に異変が生じたり、全力で走ることで体力を消耗したり怪我をしたりすることを避け、最高のピッチングに集中するための1つの戦術と言えるのかも知れません。でもプロスポーツは観客を魅せるためにもあるのではないのだろうかと思います。プロ野球の投手といえば、もともと高校時代には4番打者だった人も多いので、本来は打者でも魅せられるかも知れないのに、それを放棄してしまうというのは残念に思います。
個人的には、何事にも正々堂々と全力で戦って欲しいと思います。
ちなみに、私の経営スタイルには、引き分けという言葉はありません。こういうと「Win-Win」を標榜しているのに、それは引き分けではないのか?と思う人がいるかも知れませんが、「Win-Win」はその名の通り双方が「勝ち」なのです。でももしかしたら、それはスタッフにとってはプレッシャーとなるのかも知れませんね。
人は負けを体験することで、屈辱や挫折を味わうことがあるかも知れません。でもその悔しい気持ちがあるからこそ、次に頑張れるということもあるのではないかと思います。
私はサムライスピリッツ過ぎなのでしょうか・・・。
父の日
June 19, 2006
今日は父の日でした。6月の第3週の日曜日なんて曖昧な記念日を誰か決めたのかなとふと思い立ちWEBで調べてみたら、1910年にアメリカのとある夫人が、自分を男手一つで育ててくれた父のために、誕生日であった6月に教会にお願いをして礼拝をしてもらったことが切っ掛けと言われているそうです。ちなみに日本では1950年代頃から知られるようになったとのこと。意外と歴史は浅いのですね。
ところで、私の父は昭和11年生まれなので、もう70歳になりました。若い頃はスポーツマンで2枚目だったらしい(母の話なのでかなり怪しいですが)のですが、今となっては真っ白な頭に老眼鏡を付けていて、その頃の面影はほとんど残っていません。
私は小さい頃から母っ子だったので、どこに行くにも母にはついて行っていたのですが、父と遊んだりどこかへ行ったという記憶はあまり残っていません。父は田舎にありがちな厳格な人だったので、なんとなく距離感もあり、照れ臭さもあいまって、私が東京に来るまでは年を取る毎に話す機会は少なくなっていました。今振り返ってみると相談事もしたことが無いように思います。
一方で、父は公務員だったこともあり、平日の夜や休日にはほとんど家にいたので、いつもそばに居たという不思議な感覚もあります。私のベンチャー気質や志向は、その平凡な生活へのアンチテーゼ(反立)なのかも知れません。ただ、祭りと世話好きなところは私に似ていて、定年後はスポーツ指導員とか、町内会の役員とかそういうのばかりをしていました。私から見ていると定年後の方が忙しいようにすら感じます。私が最終的には地元に何かしらの形で貢献したいと考えるているのも、その血筋なのかも知れません。
そんな近くて遠い存在だった父も、最近は怖いぐらいに人が変わってしまって、非常に穏やかでやさしくなりました。健康のことや仕事のことを心配してたまにメールや電話をくれます。それも年のせいかなと思うとちょっと寂しい気持ちになります。
父の事は尊敬していますし、できれば今までまだ何もしてあげれていないので、今後親孝行をしていきたいとも思います。
今日は、柄にもなく故郷にいる父に電話を入れてみたのですが、「もうすぐ株主総会だけれども配当を出さないで文句言われないのか?」と余計な心配をしてい
ました。早く安心させてあげたいものです。
ところで、私の父は昭和11年生まれなので、もう70歳になりました。若い頃はスポーツマンで2枚目だったらしい(母の話なのでかなり怪しいですが)のですが、今となっては真っ白な頭に老眼鏡を付けていて、その頃の面影はほとんど残っていません。
私は小さい頃から母っ子だったので、どこに行くにも母にはついて行っていたのですが、父と遊んだりどこかへ行ったという記憶はあまり残っていません。父は田舎にありがちな厳格な人だったので、なんとなく距離感もあり、照れ臭さもあいまって、私が東京に来るまでは年を取る毎に話す機会は少なくなっていました。今振り返ってみると相談事もしたことが無いように思います。
一方で、父は公務員だったこともあり、平日の夜や休日にはほとんど家にいたので、いつもそばに居たという不思議な感覚もあります。私のベンチャー気質や志向は、その平凡な生活へのアンチテーゼ(反立)なのかも知れません。ただ、祭りと世話好きなところは私に似ていて、定年後はスポーツ指導員とか、町内会の役員とかそういうのばかりをしていました。私から見ていると定年後の方が忙しいようにすら感じます。私が最終的には地元に何かしらの形で貢献したいと考えるているのも、その血筋なのかも知れません。
そんな近くて遠い存在だった父も、最近は怖いぐらいに人が変わってしまって、非常に穏やかでやさしくなりました。健康のことや仕事のことを心配してたまにメールや電話をくれます。それも年のせいかなと思うとちょっと寂しい気持ちになります。
父の事は尊敬していますし、できれば今までまだ何もしてあげれていないので、今後親孝行をしていきたいとも思います。
今日は、柄にもなく故郷にいる父に電話を入れてみたのですが、「もうすぐ株主総会だけれども配当を出さないで文句言われないのか?」と余計な心配をしてい
ました。早く安心させてあげたいものです。
反応の自由
June 18, 2006
またちょっと気難しいタイトルになってしまいましたが、厳しい環境にさらされたときに、よく思い出す言葉です。
簡単に言うなら、自分の力では変えられない状況や環境の中においても、それにどう反応するかは自分の力で決められる、ということです。
例えば会社の中において、派閥のようなものがあって、パワーバランスが変わったために、冷遇されたり、関係会社へ移籍を命じられたりしたとします。そんなときは、全くついてないと思い、挫折感を味わうかも知れません。でもそこでマイナス志向になったり、自分が本来出せる力を出し切らなかったりすると、どんどん環境は悪い方向へいってしまいがちです。
でもちょっと大局的に考えて、もしかしたら逆境を経験するいい機会かも知れない、とか違う能力を身につけるチャンスかも知れない、と気持ちを入れ替えることはできると思います。勿論、逆にそういう状況のときに、思い切って転職や独立というのも考えられるかも知れません。つまり、自分に反応・選択の自由があると考えると、かなり気持ちが楽になるのではないでしょうか?
人は本来弱い生き物ですから、落ち込んだり愚痴を言うことは仕方が無いことです。でも愚痴の根源が自分ではどうしようもないことだとしたら、愚痴を言っていても自分が惨めになっていくだけで状況は好転しないですし、逆に自分でなんとか影響を及ぼすことができることなら、自分が行動をすることで状況を変えれることもあるかと思います。
私の好きな本に、「誰もその人の許可なくして傷つけることはできない」という名言があるのですが、例えば罵声を浴びせられたとしても、自分でそれを受け入れない限りは自分は傷つかない、ということだと思います。ストレス社会と言われて久しいですが、ストレスというのもある意味、自分でそれを受け入れてしまっていることは無いだろうか?被害妄想になっていないだろうか?と問うて見ることは有意義だと思います。
私の身の回りを振り返ってみても、環境が変化しても、今までと全く変わらずに気持ちを強くもって、自分のやるべきことを淡々とこなしている人は、結果環境が好転しているケースを多く見てきています。これは綺麗事ではなく、実際にそういうものだと思います。
とちょっと偉そうなことを書いてきましたが、実はこういうことを書いているときは、自分にもそう言い聞かせていたりします(笑)。
私は、いつも何か環境や物事が悪化したときには、まずその原因を分析して最悪の状況を想定します。つまり現実をありのままに受け入れて冷静に考えます(現実逃避は問題解決にはならないと思います)。
ただ、そのダウンサイドリスクは大抵自分の人生においてそれほど大きなものではなかったりします。極端なことを言えば、生死にかかわることではない、ということです。それが覚悟できると気持ちが楽になって、アップサイドのみを考えて行動するようにしています。そうしているうちに不思議と環境が好転してきて後から思えば大したことではなかったとか、結果良かったと思うことが多いのです。
人生、一度しかないですから、楽しく、自由に生きたいものです。
簡単に言うなら、自分の力では変えられない状況や環境の中においても、それにどう反応するかは自分の力で決められる、ということです。
例えば会社の中において、派閥のようなものがあって、パワーバランスが変わったために、冷遇されたり、関係会社へ移籍を命じられたりしたとします。そんなときは、全くついてないと思い、挫折感を味わうかも知れません。でもそこでマイナス志向になったり、自分が本来出せる力を出し切らなかったりすると、どんどん環境は悪い方向へいってしまいがちです。
でもちょっと大局的に考えて、もしかしたら逆境を経験するいい機会かも知れない、とか違う能力を身につけるチャンスかも知れない、と気持ちを入れ替えることはできると思います。勿論、逆にそういう状況のときに、思い切って転職や独立というのも考えられるかも知れません。つまり、自分に反応・選択の自由があると考えると、かなり気持ちが楽になるのではないでしょうか?
人は本来弱い生き物ですから、落ち込んだり愚痴を言うことは仕方が無いことです。でも愚痴の根源が自分ではどうしようもないことだとしたら、愚痴を言っていても自分が惨めになっていくだけで状況は好転しないですし、逆に自分でなんとか影響を及ぼすことができることなら、自分が行動をすることで状況を変えれることもあるかと思います。
私の好きな本に、「誰もその人の許可なくして傷つけることはできない」という名言があるのですが、例えば罵声を浴びせられたとしても、自分でそれを受け入れない限りは自分は傷つかない、ということだと思います。ストレス社会と言われて久しいですが、ストレスというのもある意味、自分でそれを受け入れてしまっていることは無いだろうか?被害妄想になっていないだろうか?と問うて見ることは有意義だと思います。
私の身の回りを振り返ってみても、環境が変化しても、今までと全く変わらずに気持ちを強くもって、自分のやるべきことを淡々とこなしている人は、結果環境が好転しているケースを多く見てきています。これは綺麗事ではなく、実際にそういうものだと思います。
とちょっと偉そうなことを書いてきましたが、実はこういうことを書いているときは、自分にもそう言い聞かせていたりします(笑)。
私は、いつも何か環境や物事が悪化したときには、まずその原因を分析して最悪の状況を想定します。つまり現実をありのままに受け入れて冷静に考えます(現実逃避は問題解決にはならないと思います)。
ただ、そのダウンサイドリスクは大抵自分の人生においてそれほど大きなものではなかったりします。極端なことを言えば、生死にかかわることではない、ということです。それが覚悟できると気持ちが楽になって、アップサイドのみを考えて行動するようにしています。そうしているうちに不思議と環境が好転してきて後から思えば大したことではなかったとか、結果良かったと思うことが多いのです。
人生、一度しかないですから、楽しく、自由に生きたいものです。
南大沢
June 17, 2006
表題の南大沢とは、八王子市南大沢のことで、路線でいうと京王相模原線の終点橋本の2つ手前、京王多摩センターの2つ先にあります。古くは都市住宅設備公団が開発したベッドタウンとして知られています。
うちの会社は2年前までの約6年間ここに本社をおいていました。うちの会社の社員は役員・アルバイトまで含めると現在60人ほどになるのですが、そのうち南大沢時代を知る人は1/3にも満たないと思います。南大沢から新宿に移転してからまだ2年しか経っていませんので、いかにスタッフが入れ替わったかが分かると思います。
昨日、この南大沢に行く機会がありました。私もこの地に行くのはほぼ2年ぶりのことです。電車に揺られながら山(!?)を抜け、やっと駅に辿りつきました。以前は毎日通っていたルートながら、あらためてすごく遠くに来た感じがしました。
うちの会社のオフィスを設けた1998年当時は、駅前のSOGOの撤退後、イトーヨーカドーが入ってきて、やっとオープンした頃です。当時は日本一の売り場面積を持つ店舗と言われていました。それ以外は東京都立大学(現首都大学東京)がある程度で、オフィスビルと呼べるビルは我々が入っていたビルぐらいで、他はすべて住宅地というとても静かな地域でした。新宿から移転した当初は都心の騒々しさから開放され、そのギャップに戸惑いながらも心地よい感じがしていました。
そのうちに「ラ・フェット多摩」というアウトレットショッピングモールがオープンし、それからまたしばらくして「バージンシネマズ」というシネマコンプレックスが出来て、一気に賑やかになるとともに、若者が増えてきました。イトーヨーカドーしか無かった頃は昼食を食べる場所がほとんど無く、毎日のようにオムレツ屋に通っていたため、オムレツが嫌いになったぐらいです(笑)。今ではありとあらゆるレストランが出来ていて当時の面影は全くありません。
用事が済んでから、ブラブラとその辺りを歩きながら、当時の会社を思い出していました。そしていつもそうしていたように、駅前のミスタードーナッツでドーナツとコーヒーを食し、なんとなく、以前の感覚に触れたくて、当時毎日のように乗っていた、調布まで行ける最終電車であった11時39分発の電車に乗って帰ってきました。
南大沢という独特の環境において、当時の地道な努力があったからこそ、今のネットビレッジがあると思います。
ネットビレッジを育ててくれた南大沢にあらためて感謝したいと思います。
うちの会社は2年前までの約6年間ここに本社をおいていました。うちの会社の社員は役員・アルバイトまで含めると現在60人ほどになるのですが、そのうち南大沢時代を知る人は1/3にも満たないと思います。南大沢から新宿に移転してからまだ2年しか経っていませんので、いかにスタッフが入れ替わったかが分かると思います。
昨日、この南大沢に行く機会がありました。私もこの地に行くのはほぼ2年ぶりのことです。電車に揺られながら山(!?)を抜け、やっと駅に辿りつきました。以前は毎日通っていたルートながら、あらためてすごく遠くに来た感じがしました。
うちの会社のオフィスを設けた1998年当時は、駅前のSOGOの撤退後、イトーヨーカドーが入ってきて、やっとオープンした頃です。当時は日本一の売り場面積を持つ店舗と言われていました。それ以外は東京都立大学(現首都大学東京)がある程度で、オフィスビルと呼べるビルは我々が入っていたビルぐらいで、他はすべて住宅地というとても静かな地域でした。新宿から移転した当初は都心の騒々しさから開放され、そのギャップに戸惑いながらも心地よい感じがしていました。
そのうちに「ラ・フェット多摩」というアウトレットショッピングモールがオープンし、それからまたしばらくして「バージンシネマズ」というシネマコンプレックスが出来て、一気に賑やかになるとともに、若者が増えてきました。イトーヨーカドーしか無かった頃は昼食を食べる場所がほとんど無く、毎日のようにオムレツ屋に通っていたため、オムレツが嫌いになったぐらいです(笑)。今ではありとあらゆるレストランが出来ていて当時の面影は全くありません。
用事が済んでから、ブラブラとその辺りを歩きながら、当時の会社を思い出していました。そしていつもそうしていたように、駅前のミスタードーナッツでドーナツとコーヒーを食し、なんとなく、以前の感覚に触れたくて、当時毎日のように乗っていた、調布まで行ける最終電車であった11時39分発の電車に乗って帰ってきました。
南大沢という独特の環境において、当時の地道な努力があったからこそ、今のネットビレッジがあると思います。
ネットビレッジを育ててくれた南大沢にあらためて感謝したいと思います。
機関投資家
June 16, 2006
本日から機関投資家訪問が始まりました。
こういったOne on One(1対1の個別面談)でのMTGは2002年に上場時に経験して以来久しぶりのことです。
ところで、機関投資家という言い方は、一般の方はあまり耳慣れないかも知れません。というのも私自身機関投資家という名前を初めて聞いたときに「機関車」と「投資家」を組み合わせてしまい、どうもイメージがしにくかった記憶があるからです。機関投資家は直訳すると「投資をすることを目的として設けられた組織」であり、組織的に資産運用を図る企業のことを指します。具体的には銀行、生保、損保、年金基金、投資信託など大口で売買を行う投資家のことです。以前は比較的サイレントホルダーの性質をもっていたのですが、最近は外国の機関投資家などが日本市場に積極的に入ってきており、議決権をきちんと行使したり、いわゆる物言う株主になってきている傾向があります。大量の売買を行うため株価への影響度が大きく、比較的中長期で保有してくれるところも多いところから安定した株価形成に寄与するとも言われています。ただ、機関投資家にはそれぞれ内規のようなものがあって、スモールキャップ(時価総額の小さいところ)には投資できないところが多く、うちの会社はまだ投資対象になりにくいというところもあります。それでも最近は小さなところでも積極的に投資する会社も出てきているそうです。
今日お会いしたのは、バイサイド(株を買う側)のアナリストやファンドマネージャーなのですが、色々貴重な意見(課題含む)をいただきました。会社説明会のような形だと1人で話している時間が長く、反応もダイレクトに見えないところもあるのですが、今回のようにコミュニケーションを取りながらダイレクトな意見をいただけることはとても大事な機会だと思います。
ちなみに本日訪問させていただいた2社の反応は悪くなく、特に2社とも中国事業には期待を持ってくださいました。彼らは数多くの企業を見て、評価してきている方々ですから、少しでもお褒めの言葉をいただくと本当に励みになります。
こういったOne on One(1対1の個別面談)でのMTGは2002年に上場時に経験して以来久しぶりのことです。
ところで、機関投資家という言い方は、一般の方はあまり耳慣れないかも知れません。というのも私自身機関投資家という名前を初めて聞いたときに「機関車」と「投資家」を組み合わせてしまい、どうもイメージがしにくかった記憶があるからです。機関投資家は直訳すると「投資をすることを目的として設けられた組織」であり、組織的に資産運用を図る企業のことを指します。具体的には銀行、生保、損保、年金基金、投資信託など大口で売買を行う投資家のことです。以前は比較的サイレントホルダーの性質をもっていたのですが、最近は外国の機関投資家などが日本市場に積極的に入ってきており、議決権をきちんと行使したり、いわゆる物言う株主になってきている傾向があります。大量の売買を行うため株価への影響度が大きく、比較的中長期で保有してくれるところも多いところから安定した株価形成に寄与するとも言われています。ただ、機関投資家にはそれぞれ内規のようなものがあって、スモールキャップ(時価総額の小さいところ)には投資できないところが多く、うちの会社はまだ投資対象になりにくいというところもあります。それでも最近は小さなところでも積極的に投資する会社も出てきているそうです。
今日お会いしたのは、バイサイド(株を買う側)のアナリストやファンドマネージャーなのですが、色々貴重な意見(課題含む)をいただきました。会社説明会のような形だと1人で話している時間が長く、反応もダイレクトに見えないところもあるのですが、今回のようにコミュニケーションを取りながらダイレクトな意見をいただけることはとても大事な機会だと思います。
ちなみに本日訪問させていただいた2社の反応は悪くなく、特に2社とも中国事業には期待を持ってくださいました。彼らは数多くの企業を見て、評価してきている方々ですから、少しでもお褒めの言葉をいただくと本当に励みになります。
プラネタリウム
June 15, 2006
プラネタリウム、星空・・・、なんともロマンチックな言葉ですね。
本日はビジネスパートナーの招待でプラネタリウムの試写会に行ってきました。
中国でコンテンツを提供させていただいている日本のCGの第一人者であるKAGAYA氏がプロデュースした作品で、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」をCGで、しかもプラネタリウムで再現するというものだったのですが、圧巻でした。
この映像だけでも感動したのですが、何よりもその上映後の制作ストーリーには驚かされました。制作に要した期間は3年、1つ1つの物体を筆タッチで描く方式を取っていてハイビジョンの2倍の解像度のためパソコンを24台も導入(3台だと6年かかるそうです)したそうです。また、スクリーンにいくつもの三角標(昔の地図をつくるための測量装置)があったのですが、それは本当の天の川の星を平面に写影して位置を取り、等星(星の明るさの度合い)に合わせてそれぞれの高さを決めたというのです。気が遠くなるような話とともに、原作者である宮澤賢治への崇敬の念と作品に対するこだわりを感じました。それ以外の部分にも幾つもこだわりがあるのですが、それを描いていると3頁に渡りそうなのでやめておきます。
先日とある雑誌に、自分の好きなことを職業に出来る人の確率は総じて1万分の1、更にそれで豊かな生活を人生を全うするまで維持できる確率はそのうち100分の1とあったのですが、やはりその道を究めることは相当大変だと思いました。
KAGAYA氏は中国でも相当有名で、海賊版が後を絶たないそうです。先日北京で行われた作品展においては、KAGAYA氏のサインをもらうために600人もの人が列を作ったとか。少しでも彼の作品の認知と海賊版の排除の力になれればと思います。
ところで、ロマンチストな私は、プラネタリウムは大好きで、良く観にいっていました。星一杯の空を見ていると、自分が別の世界にいるようで、とてもワクワクします。いつも太陽が昇ってきて明るくなってくると、現実が戻ってくるようでとても残念な気持ちになります。ただこれだけプラネタリウムが好きとか言っておきながら、星座や星の名前はほとんど覚えてないので、女の人を口説くことはできません(笑)。
最近は、部屋で見れる簡易型プラネタリウムがとても売れているようです。以前友達の彼女とのクリスマスのために、部屋の天井に夜行性の星のシールを一生懸命時間をかけて貼ったことがありますが、ずいぶん進歩したものだなと感心します。「癒し」の効果ですかね。
帰りの電車から降り立ち、ふと今日のことを思い出して夜空を仰いでみたのですが、プラネタリウムのようにはいきませんでした。
ちなみに、プラネタリウム「銀河鉄道の夜」は池袋のサンシャインシティにおいて、17日より一般公開が行われるそうです。時間が出来ればプライベートでもう一度観にいきたいと思います。
本日はビジネスパートナーの招待でプラネタリウムの試写会に行ってきました。
中国でコンテンツを提供させていただいている日本のCGの第一人者であるKAGAYA氏がプロデュースした作品で、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」をCGで、しかもプラネタリウムで再現するというものだったのですが、圧巻でした。
この映像だけでも感動したのですが、何よりもその上映後の制作ストーリーには驚かされました。制作に要した期間は3年、1つ1つの物体を筆タッチで描く方式を取っていてハイビジョンの2倍の解像度のためパソコンを24台も導入(3台だと6年かかるそうです)したそうです。また、スクリーンにいくつもの三角標(昔の地図をつくるための測量装置)があったのですが、それは本当の天の川の星を平面に写影して位置を取り、等星(星の明るさの度合い)に合わせてそれぞれの高さを決めたというのです。気が遠くなるような話とともに、原作者である宮澤賢治への崇敬の念と作品に対するこだわりを感じました。それ以外の部分にも幾つもこだわりがあるのですが、それを描いていると3頁に渡りそうなのでやめておきます。
先日とある雑誌に、自分の好きなことを職業に出来る人の確率は総じて1万分の1、更にそれで豊かな生活を人生を全うするまで維持できる確率はそのうち100分の1とあったのですが、やはりその道を究めることは相当大変だと思いました。
KAGAYA氏は中国でも相当有名で、海賊版が後を絶たないそうです。先日北京で行われた作品展においては、KAGAYA氏のサインをもらうために600人もの人が列を作ったとか。少しでも彼の作品の認知と海賊版の排除の力になれればと思います。
ところで、ロマンチストな私は、プラネタリウムは大好きで、良く観にいっていました。星一杯の空を見ていると、自分が別の世界にいるようで、とてもワクワクします。いつも太陽が昇ってきて明るくなってくると、現実が戻ってくるようでとても残念な気持ちになります。ただこれだけプラネタリウムが好きとか言っておきながら、星座や星の名前はほとんど覚えてないので、女の人を口説くことはできません(笑)。
最近は、部屋で見れる簡易型プラネタリウムがとても売れているようです。以前友達の彼女とのクリスマスのために、部屋の天井に夜行性の星のシールを一生懸命時間をかけて貼ったことがありますが、ずいぶん進歩したものだなと感心します。「癒し」の効果ですかね。
帰りの電車から降り立ち、ふと今日のことを思い出して夜空を仰いでみたのですが、プラネタリウムのようにはいきませんでした。
ちなみに、プラネタリウム「銀河鉄道の夜」は池袋のサンシャインシティにおいて、17日より一般公開が行われるそうです。時間が出来ればプライベートでもう一度観にいきたいと思います。
有意義な会食
June 14, 2006
本日はとある投資会社の代表の方と夕食をご一緒させていただく機会がありました。様々な経営者の方々とお会いされたり、投資経験の豊富な方だったので、そのお話は色々学ぶべきところが多く、とても実りあるひとときでした。
中でも印象に残っているのは、「まず自分を知ることが大事だ」というひと言です。リスクを張れるタイプか、自分に向いた経営スタイルが取れているか、などを客観的に見れているかどうかというものです。「自分に嘘をつかない」ということも同様で、こういったことは決して容易なことではないですが、あらためてとても重要なことだと思いました。
また「誠実な経営をせずに成功しようとした人で長続きをしたことを見たことがない」という言葉も説得力がありました。これは「いつ、どんな状況であっても、自分に、そして会社に対して誠実な経営をせよ、そうすれば成功は後についてくる」というものです。これも当たり前のことと言えばそうなのですが、数々の企業の成長・衰退を目の当たりにしてこられた方の言葉の重みを感じました。これは落とし穴がたくさんある中で誠実さを貫くことの難しさを乗り越えてこそ、初めて果実が得られるということだと思います。
「会社は生き物である」という考え方にも全く同感でした。サービス、社員すべてが生命を持っているので、それを生かすも殺すも経営者次第だということです。
お話をしているうちに、次第に胸の中がスッキリしてきて、爽快感のうちに帰途に着くことができました。
社名についても、「yahoo」や「google」は今でこそ名前が定着しているが、最初はほとんどの人が違和感を感じたはず。結局は何をやるかが重要だという言葉も頂戴しました。
これから高い目標に向かって羽ばたこうとしている『fonfun』にとって、何よりの励みになりました。
中でも印象に残っているのは、「まず自分を知ることが大事だ」というひと言です。リスクを張れるタイプか、自分に向いた経営スタイルが取れているか、などを客観的に見れているかどうかというものです。「自分に嘘をつかない」ということも同様で、こういったことは決して容易なことではないですが、あらためてとても重要なことだと思いました。
また「誠実な経営をせずに成功しようとした人で長続きをしたことを見たことがない」という言葉も説得力がありました。これは「いつ、どんな状況であっても、自分に、そして会社に対して誠実な経営をせよ、そうすれば成功は後についてくる」というものです。これも当たり前のことと言えばそうなのですが、数々の企業の成長・衰退を目の当たりにしてこられた方の言葉の重みを感じました。これは落とし穴がたくさんある中で誠実さを貫くことの難しさを乗り越えてこそ、初めて果実が得られるということだと思います。
「会社は生き物である」という考え方にも全く同感でした。サービス、社員すべてが生命を持っているので、それを生かすも殺すも経営者次第だということです。
お話をしているうちに、次第に胸の中がスッキリしてきて、爽快感のうちに帰途に着くことができました。
社名についても、「yahoo」や「google」は今でこそ名前が定着しているが、最初はほとんどの人が違和感を感じたはず。結局は何をやるかが重要だという言葉も頂戴しました。
これから高い目標に向かって羽ばたこうとしている『fonfun』にとって、何よりの励みになりました。
端末ショップのCS度
June 13, 2006
今日はワールドカップの日本戦があったので、早めに帰宅した方も多かったのではないでしょうか?
私がネットカフェでTVをつけたときには日本は1-0で買っていたのですが、そこからロングスローを皮切りに瞬く間に逆転されてしまい、何がなんだか分からないうちに終了していました。気持ちを入れ替えて、次のクロアチアの試合は最初から応援できるようにしたいと思います。
話は変わりますが、以前5/17付『hirog』(電磁波!?)で書いたとおり、私の電気製品は頻繁に故障するのですが、商売道具でもある携帯がついに壊れてしまいました。
電源が全く入らなくなり操作不能になってしまったのです。以前から時折画面がフリーズしたり、電源が入らなかったりして調子は悪かったのですが、店に持って行ったときに限って電源が入ったりして結局修理をしないまま使用していたのが良くなかったようです。
スタッフに頼もうかと思ったのですが、それどころではない雰囲気で、かつ個人情報も入っているので、自分で外出の途中にキャリアショップへ行ってみました。
待ち時間に日経トレンディーをめくりながらConvergence(融合)」という、うちの会社の戦略にもある言葉が今後のキーワードとして書かれていて、この言
葉がメジャーになると希少価値が無くなるのでやめて欲しいな、などと勝手なことを考えながら待っていると程なく呼び出しがありました。
まずその第一声に驚きました。「この度はご迷惑をお掛けしており大変申し訳ありません」から始まったのです。勿論人為的な故障ではないのですが、既に1年以上経っていて保証期間も過ぎているというのに、この低姿勢と顧客の気持ちを考えた対応には感心しました。
その後チェックのために5分ほど待つときにもその内容の説明がきちんとあり、中味のデータ紛失の可能性や修理代金(しかも、修理自体は無料で、今回の件とは関係ない部分が壊れていたのでその修理分のみ)発生の可能性についての説明も、丁寧、明快でとても感じ良く店を出ることができました。この辺のサービス精神、社員教育には驚きました。
あまり比較にすること自体どうかとは思いますが、中国でも何度か携帯が故障したことがあるのですが(本当に嫌になります)、いずれも不躾な対応で、修理に時間はかかるし、人為的ではないにもかかわらず修理料金は取られるで大変不快な思いをしました。そういうところは、やはり差があるなという感じです。
日本では秋口にナンバーポータビリティが控えているので、尚更各キャリアともユーザーの引きとめ、獲得のためのCSの向上に必死なのかも知れません。
いずれにしても、我々ユーザーにとっては有り難いことです。
それにしても気のせいか、帰りの電車の中はサッカー敗退の暗雲のムードが立ち込めていました。
私がネットカフェでTVをつけたときには日本は1-0で買っていたのですが、そこからロングスローを皮切りに瞬く間に逆転されてしまい、何がなんだか分からないうちに終了していました。気持ちを入れ替えて、次のクロアチアの試合は最初から応援できるようにしたいと思います。
話は変わりますが、以前5/17付『hirog』(電磁波!?)で書いたとおり、私の電気製品は頻繁に故障するのですが、商売道具でもある携帯がついに壊れてしまいました。
電源が全く入らなくなり操作不能になってしまったのです。以前から時折画面がフリーズしたり、電源が入らなかったりして調子は悪かったのですが、店に持って行ったときに限って電源が入ったりして結局修理をしないまま使用していたのが良くなかったようです。
スタッフに頼もうかと思ったのですが、それどころではない雰囲気で、かつ個人情報も入っているので、自分で外出の途中にキャリアショップへ行ってみました。
待ち時間に日経トレンディーをめくりながらConvergence(融合)」という、うちの会社の戦略にもある言葉が今後のキーワードとして書かれていて、この言
葉がメジャーになると希少価値が無くなるのでやめて欲しいな、などと勝手なことを考えながら待っていると程なく呼び出しがありました。
まずその第一声に驚きました。「この度はご迷惑をお掛けしており大変申し訳ありません」から始まったのです。勿論人為的な故障ではないのですが、既に1年以上経っていて保証期間も過ぎているというのに、この低姿勢と顧客の気持ちを考えた対応には感心しました。
その後チェックのために5分ほど待つときにもその内容の説明がきちんとあり、中味のデータ紛失の可能性や修理代金(しかも、修理自体は無料で、今回の件とは関係ない部分が壊れていたのでその修理分のみ)発生の可能性についての説明も、丁寧、明快でとても感じ良く店を出ることができました。この辺のサービス精神、社員教育には驚きました。
あまり比較にすること自体どうかとは思いますが、中国でも何度か携帯が故障したことがあるのですが(本当に嫌になります)、いずれも不躾な対応で、修理に時間はかかるし、人為的ではないにもかかわらず修理料金は取られるで大変不快な思いをしました。そういうところは、やはり差があるなという感じです。
日本では秋口にナンバーポータビリティが控えているので、尚更各キャリアともユーザーの引きとめ、獲得のためのCSの向上に必死なのかも知れません。
いずれにしても、我々ユーザーにとっては有り難いことです。
それにしても気のせいか、帰りの電車の中はサッカー敗退の暗雲のムードが立ち込めていました。
点心
June 12, 2006
あまり人前で言うのは恥かしいのですが、私は結構お菓子が好きです。
学生のときに製図で徹夜したり、仕事で夜遅くなったり、休みの日に出勤したりするときには、大抵たくさんお菓子を買い込んで、本腰を入れるのが習慣になっています。
学生から今まで既に時は20年近くも経っているというのに、買うお菓子のメニューがほとんど変わっていません。一途というか、進歩が無いというか、全くもって自分でも不思議だと思います。
お菓子には色々ジャンルがあると思うのですが、私がお菓子を買うときには3点セットなるものがあって、「甘いもの」+「しょっぱいもの」+「袋キャンディー」がスタンダードプランになっています。
「甘いもの」は通常チョコ系かクッキー系の中から選ぶのですが、チョコ系は透明な包装紙に包まれた小さい四角いチョコがたくさん入ったもの(名前思い出せません)が最も多く、気分によってロッテ「チョコパイ」や森永「チョコフレーク」などに変わります。学生の頃一番好きだったのは銀色(稀に金色も混じっている)の包装紙に包まれた小さなチョコスティックみたいなのがたくさん入っているものなのですが、最近は残念ながらほとんど目にしなくなってしまいました。クッキー系は以前はミスターイトウの「チョコチップクッキー」や「バタークッキー」が好きだったのですが、ナビスコの「オレオ」が出現して以来「オレオ」に傾倒しています。ちなみに、甘いものお菓子のメーカー(会社)の中では「ギンビス」や「ブルボン」のファンだった時期があり、その頃はギンビスの「アスパラガス」・「たべっ子どうぶつ」、ブルボンの「ルマンド」・「ホワイトロリータ」・「バームロール」・「ルーベラ」にお世話になっていました。ちなみに皆さんは「アスパラガス」や「たべっ子どうぶつ」が世界食品オリンピックの金賞受賞作品だということを知っていますか?もっともこの賞がどれだけの価値があるのかは不明ですが、「アスパラガス」と初めて巡り逢った小学生の私は、この金メダルのマークに魅了されて初指名したことを覚えています。
「しっぱいもの」は圧倒的な確率で「柿ピー」が選出されます。私はポテトチップス系はあまり好きではないので、それ以外では「せんべい」類や「サッポロポテトバーベキュー味」・「カールカレー味」・「えびみりん焼き」などを買うことが多いです。ときにオプションプランとして、「さきいか」・「酢いか」などのツマミ類をつけることがあります。
私はガムやキャンディーは、一度に2・3個食べないと気がすまない性質なので、「袋キャンディー」はキャンディーの玉の形と大きさ、をもとに品定めをすることにしており、結果大きくて丸い袋キャンディー(コーラとかソーダとかオレンジとか入っているもの)を選んでしまいます。
中国でもマンションで仕事をしていたときには、お菓子をたくさん買い込んでいたのですが、正直中国のお菓子はおいしくありません。
ちなみに中国ではお菓子のことを「点心」といいます。日本人はdim-sum(飲茶)を思い出しますが、中国では食事の間に取る少量の食べ物を指すので、飲茶のような軽食、間食やデザートまで幅広く点心と言います。ちなみに飲茶というのは本来料理名ではなく、お茶を飲みながら点心を食べることを指します。
食べていた柿ピーが無くなったので、そろそろ就寝します。
学生のときに製図で徹夜したり、仕事で夜遅くなったり、休みの日に出勤したりするときには、大抵たくさんお菓子を買い込んで、本腰を入れるのが習慣になっています。
学生から今まで既に時は20年近くも経っているというのに、買うお菓子のメニューがほとんど変わっていません。一途というか、進歩が無いというか、全くもって自分でも不思議だと思います。
お菓子には色々ジャンルがあると思うのですが、私がお菓子を買うときには3点セットなるものがあって、「甘いもの」+「しょっぱいもの」+「袋キャンディー」がスタンダードプランになっています。
「甘いもの」は通常チョコ系かクッキー系の中から選ぶのですが、チョコ系は透明な包装紙に包まれた小さい四角いチョコがたくさん入ったもの(名前思い出せません)が最も多く、気分によってロッテ「チョコパイ」や森永「チョコフレーク」などに変わります。学生の頃一番好きだったのは銀色(稀に金色も混じっている)の包装紙に包まれた小さなチョコスティックみたいなのがたくさん入っているものなのですが、最近は残念ながらほとんど目にしなくなってしまいました。クッキー系は以前はミスターイトウの「チョコチップクッキー」や「バタークッキー」が好きだったのですが、ナビスコの「オレオ」が出現して以来「オレオ」に傾倒しています。ちなみに、甘いものお菓子のメーカー(会社)の中では「ギンビス」や「ブルボン」のファンだった時期があり、その頃はギンビスの「アスパラガス」・「たべっ子どうぶつ」、ブルボンの「ルマンド」・「ホワイトロリータ」・「バームロール」・「ルーベラ」にお世話になっていました。ちなみに皆さんは「アスパラガス」や「たべっ子どうぶつ」が世界食品オリンピックの金賞受賞作品だということを知っていますか?もっともこの賞がどれだけの価値があるのかは不明ですが、「アスパラガス」と初めて巡り逢った小学生の私は、この金メダルのマークに魅了されて初指名したことを覚えています。
「しっぱいもの」は圧倒的な確率で「柿ピー」が選出されます。私はポテトチップス系はあまり好きではないので、それ以外では「せんべい」類や「サッポロポテトバーベキュー味」・「カールカレー味」・「えびみりん焼き」などを買うことが多いです。ときにオプションプランとして、「さきいか」・「酢いか」などのツマミ類をつけることがあります。
私はガムやキャンディーは、一度に2・3個食べないと気がすまない性質なので、「袋キャンディー」はキャンディーの玉の形と大きさ、をもとに品定めをすることにしており、結果大きくて丸い袋キャンディー(コーラとかソーダとかオレンジとか入っているもの)を選んでしまいます。
中国でもマンションで仕事をしていたときには、お菓子をたくさん買い込んでいたのですが、正直中国のお菓子はおいしくありません。
ちなみに中国ではお菓子のことを「点心」といいます。日本人はdim-sum(飲茶)を思い出しますが、中国では食事の間に取る少量の食べ物を指すので、飲茶のような軽食、間食やデザートまで幅広く点心と言います。ちなみに飲茶というのは本来料理名ではなく、お茶を飲みながら点心を食べることを指します。
食べていた柿ピーが無くなったので、そろそろ就寝します。
心理とカウンセリング
June 11, 2006
今日は珍しくユングが好きという方にお会いする機会がありました。
「フロイト」や「ユング」などの精神分析の巨匠は、難しい言葉で紹介されることが多いので、なんとなくとっつきにくい感じがあります。
彼ら二人の違いについては、「カウンセラーが患者を長椅子に寝かせていたらフロイト派、患者と椅子を向き合わせて腰掛けながら話していたらユング派」とか、「性欲に関心をもっているのがフロイト派、オカルトに関心をもっているのがユング派」などと聞いたこともありますが、本来はもっともっと深いところにあるのでしょう。私はその辺のことは良く分からないのですが、心理学という側面で見ると割りと身近に感じる部分も多いのではないかと思います。
例えば私は学生時代にユングの夢分析に関する本を読んだことがありますが、彼は夢は深層心理にある事柄が日常的に現れる唯一の現象と考えていたらしいです。読んでから、夢日記なるものをつけてみようと試みたのですが、夢というのは起きた瞬間までは覚えているものの、数分もすると忘れてしまうから3日しか続きませんでした。
心理学と言えば、以前好奇心で「キャバクラの心理学」という本を読んだことがあります。キャバクラに男が通う理由やキャバクラに勤める女性のテクニックなどが紹介されているだけの浅い内容の本だったのですが、読み終わって「こうやって経済循環ってしていくんだろうな」と思いました。サラリーマンが仕事で稼いだお金をキャバクラで使い、キャバクラに勤める女性がまたホストクラブへと流れ、ホストが高額商品に消費する、とても分かりやすい構図だと思います。
ところで、最近仕事としてカウンセリングに興味があるという話をよく耳にするようになりました。最近では鬱病になる確率は女性は1/4、男性は1/7にものぼるといわれているらしいですし、会社員に限定すると更に確率が上がるとのことなので、鬱病を経験された方が少しでも他の人の力になりたい、という気持ちの表れなのかなと思います。
私はこれだけのストレスがありながら(!?)これまで鬱とは全く無縁ですが、学生の頃にこれからのストレス社会を考えるとカウンセリングのニーズが増えるのでカウンセラーになるのも人のためになるかも知れない、と理系ながら心理学の授業をとっていたことがあるので、逆に精神的に強い人の動機というのもあるのでしょう。
ちなみにキャバクラ通いから抜けられない人のためのカウンセリングというのはありえるかも知れません。
「フロイト」や「ユング」などの精神分析の巨匠は、難しい言葉で紹介されることが多いので、なんとなくとっつきにくい感じがあります。
彼ら二人の違いについては、「カウンセラーが患者を長椅子に寝かせていたらフロイト派、患者と椅子を向き合わせて腰掛けながら話していたらユング派」とか、「性欲に関心をもっているのがフロイト派、オカルトに関心をもっているのがユング派」などと聞いたこともありますが、本来はもっともっと深いところにあるのでしょう。私はその辺のことは良く分からないのですが、心理学という側面で見ると割りと身近に感じる部分も多いのではないかと思います。
例えば私は学生時代にユングの夢分析に関する本を読んだことがありますが、彼は夢は深層心理にある事柄が日常的に現れる唯一の現象と考えていたらしいです。読んでから、夢日記なるものをつけてみようと試みたのですが、夢というのは起きた瞬間までは覚えているものの、数分もすると忘れてしまうから3日しか続きませんでした。
心理学と言えば、以前好奇心で「キャバクラの心理学」という本を読んだことがあります。キャバクラに男が通う理由やキャバクラに勤める女性のテクニックなどが紹介されているだけの浅い内容の本だったのですが、読み終わって「こうやって経済循環ってしていくんだろうな」と思いました。サラリーマンが仕事で稼いだお金をキャバクラで使い、キャバクラに勤める女性がまたホストクラブへと流れ、ホストが高額商品に消費する、とても分かりやすい構図だと思います。
ところで、最近仕事としてカウンセリングに興味があるという話をよく耳にするようになりました。最近では鬱病になる確率は女性は1/4、男性は1/7にものぼるといわれているらしいですし、会社員に限定すると更に確率が上がるとのことなので、鬱病を経験された方が少しでも他の人の力になりたい、という気持ちの表れなのかなと思います。
私はこれだけのストレスがありながら(!?)これまで鬱とは全く無縁ですが、学生の頃にこれからのストレス社会を考えるとカウンセリングのニーズが増えるのでカウンセラーになるのも人のためになるかも知れない、と理系ながら心理学の授業をとっていたことがあるので、逆に精神的に強い人の動機というのもあるのでしょう。
ちなみにキャバクラ通いから抜けられない人のためのカウンセリングというのはありえるかも知れません。
ワールドカップ
June 10, 2006
いよいよワールドカップが開幕しましたね。
私は仕事の関係で開幕式は見れませんでしたが、現在ドイツ対コスタリカの熱戦が行われているようです。
私は小学校の頃よりサッカーをしていたので、サッカーは大好きなのですが、私が小学生の頃はワールドカップと言っても、日本が出場するということは考えられなかったので、どちらかというと他人事のような感じでした。
学生の頃からにわかに日本がもしかしてワールドカップに出れるかも、という期待が出始めて、社会人になってからその可能性の瞬間が訪れました。1994年の「アメリカ大会」です。最終予選の1戦1戦が手に汗を握る試合が続き、ときには大きな歓声をあげ、とくには地団駄を踏んで悔しがっていました。そして迎えた最終戦、イラクとの試合で中山が執念の勝ち越しゴールをあげ、思わず大声で叫んでいました。ところがご存知の通り、延長ロスタイムにまさかの失点でワールドカップは夢と消えたのです。
これは「ドーハの悲劇」として未だに語り継がれていますが、このときばかりは本当にショックでしばらく何も手につかない状況でした。当時は何故だか分からないのですが、リアルタイムで全ての日本戦を見れるのは今回が最後かも知れないと不思議と予感していたので尚更でした。実際それから仕事がどんどん忙しくなり、責任ある仕事になってきたので、フランス大会や日韓共催大会は全ての日本戦をリアルタイムで見れるということはありませんでした。
いずれにせよ、それ以降、ワールドカップにあまり気持ちを入れ込み過ぎないように自制していたので、フランス大会でワールドカップ出場が決まっても、勿論それなりに嬉しかったものの、前のような歓喜に浸るということはありませんでした。
また、私の凝り性な性格からいって、ワールドカップにはまってしまうと1国1国、いや1人1人の戦力分析を始めてしまうので、ワールドカップは日本代表戦だけ見ることにしています。
それにしても、ワールドカップというのは、国が1つになる瞬間をつくれるという意味で、すごいイベントだと思います。例えばドーハの悲劇のときの瞬間最高視聴率は58%だったのですから。
ワールドカップを見ていると、何故か自分がサッカーが上手いと思い込んで敗戦などを見ていると、自分が出ていればという錯覚に陥るから不思議です。でもTVを見終わってからその気分のままサッカーボールを蹴りに行って現実を知るのでした(笑)。
ところで、うちの会社が提供しているiモードサイトの「サッカーキング」は、ワールドカップ効果で今日からアクセスが急増しているようです。会社としても、サッカーで日本が勝つとユーザーさんが増えてくれるので、是非日本代表には頑張って欲しいと思います(笑)。
私は仕事の関係で開幕式は見れませんでしたが、現在ドイツ対コスタリカの熱戦が行われているようです。
私は小学校の頃よりサッカーをしていたので、サッカーは大好きなのですが、私が小学生の頃はワールドカップと言っても、日本が出場するということは考えられなかったので、どちらかというと他人事のような感じでした。
学生の頃からにわかに日本がもしかしてワールドカップに出れるかも、という期待が出始めて、社会人になってからその可能性の瞬間が訪れました。1994年の「アメリカ大会」です。最終予選の1戦1戦が手に汗を握る試合が続き、ときには大きな歓声をあげ、とくには地団駄を踏んで悔しがっていました。そして迎えた最終戦、イラクとの試合で中山が執念の勝ち越しゴールをあげ、思わず大声で叫んでいました。ところがご存知の通り、延長ロスタイムにまさかの失点でワールドカップは夢と消えたのです。
これは「ドーハの悲劇」として未だに語り継がれていますが、このときばかりは本当にショックでしばらく何も手につかない状況でした。当時は何故だか分からないのですが、リアルタイムで全ての日本戦を見れるのは今回が最後かも知れないと不思議と予感していたので尚更でした。実際それから仕事がどんどん忙しくなり、責任ある仕事になってきたので、フランス大会や日韓共催大会は全ての日本戦をリアルタイムで見れるということはありませんでした。
いずれにせよ、それ以降、ワールドカップにあまり気持ちを入れ込み過ぎないように自制していたので、フランス大会でワールドカップ出場が決まっても、勿論それなりに嬉しかったものの、前のような歓喜に浸るということはありませんでした。
また、私の凝り性な性格からいって、ワールドカップにはまってしまうと1国1国、いや1人1人の戦力分析を始めてしまうので、ワールドカップは日本代表戦だけ見ることにしています。
それにしても、ワールドカップというのは、国が1つになる瞬間をつくれるという意味で、すごいイベントだと思います。例えばドーハの悲劇のときの瞬間最高視聴率は58%だったのですから。
ワールドカップを見ていると、何故か自分がサッカーが上手いと思い込んで敗戦などを見ていると、自分が出ていればという錯覚に陥るから不思議です。でもTVを見終わってからその気分のままサッカーボールを蹴りに行って現実を知るのでした(笑)。
ところで、うちの会社が提供しているiモードサイトの「サッカーキング」は、ワールドカップ効果で今日からアクセスが急増しているようです。会社としても、サッカーで日本が勝つとユーザーさんが増えてくれるので、是非日本代表には頑張って欲しいと思います(笑)。
三浦昆虫記
June 09, 2006
夏が近づいてきたのか、今日外で虫の鳴き声が聞こえてきました。京王線に乗っていると、この季節になるといつも決まって高尾山にある、とある料亭の「ほたる狩り」の中吊り広告を目にします。
帰りの電車でその広告を見つめながら、ふと昆虫が大好きだった昔の自分を思い出しました。
私は小さいときには何でも虫を拾ってきて親を呆れさせる少年でした。小学校のときにファーブル昆虫記を読破し、親戚の間からは昆虫博士と呼ばれていました。(なぜか今はさっぱり覚えていませんが)
今思うに、私にとっての昆虫はペットのようなものであり、女性にとってのぬいぐるみみたいな存在だったのだと思います。小学校のときには近所の草むらで小さなカナヘビ(昆虫じゃないですが)を捕まえてきてカンペンケースの中で飼っていました(よく開けたときに逃げ出そうとするので蓋を閉めると何度もしっぽが切れてました)。また、トンボを捕まえてはしっぽに糸を巻きつけて飛ばしたり、カマキリを格闘させたりしていました。カマキリと言えば交尾のあとメスがオスを食べることを最初に知ったときには衝撃的でした。オスは何を思いながら恋したメスに食されていくのでしょうか?
昆虫の中ではカブトムシが一番好きでした。カブトムシには色々種類があるのですが、私が一番好きだったのは赤茶色をしたカブトムシで、夏になると必ずダダをこねて買ってもらっていたのを覚えています。また、カブトムシを幼虫から育てるのも醍醐味で、オガクズと栄養度の高い土を買ってきて、その中に幼虫を入れ毎日覗いては早く成虫にならないかと願うのでした。サナギからかえったばかりのカブトムシの羽はやわらかくて真っ白なのですが、そのときに待ちかねてよく触ってしまい、硬くなった後に私の手の後がついたその羽を見ていつも罪悪感にかられるのでした。
男の子の間ではカブトムシ派とクワガタムシ派に分かれるのですが、たしかにクワガタムシは俊敏で強そうなのですが、私はかわいらしいカブトムシを贔屓にしていました。ムシキングがあれだけ流行っているのを見ていると、カブト虫やクワガタ虫は男の子達にとっての永遠のヒーローなのかも知れません。
ところで私の特技の一つに、カブトムシ捜索がありました。カブトムシは家の中でよく脱走してしまうのですが、独特のニオイがあり、鼻を利かせてニオイを辿っていくとその行き着く先にカブトムシを発見するのです。これにはさすがの母親も感心していました。このカブトムシのニオイは実は身体のニオイというよりも餌にしていたスイカのニオイだったのだと思います。うちではスイカを買うと一番先に食することができるのは飼っているカブトムシだったので。
カブトムシの他には、綺麗なもの好きの私としてはエメラルドグリーンを彷彿させる「アオカナブン」、秋にしっぽが真っ赤に染まった「赤とんぼ」が好きでした。「オニヤンマ(巨大なとんぼ)」も好きだったのですが、動きが早くていつも数十分に渡る格闘の末に敗れ去るのでした。
ただ、そんな昆虫好きな私も、「臭いもの(カメムシとか)」・「手につくもの(蛾とか)」・「短命のもの(セミとか)」は嫌いでした。特にゴキブリは高校のときに友達と一緒に食べた焼きソバの中にこんがりと焼きあがったゴキブリがいたときから一種の恐怖症になり、また私が大好物だった母が焼いてくれたグラタンに同色の大きな蛾が落ちてきて、グラタンのど真ん中に綺麗に着地したことがトラウマになり、しばらくの間グラタンが食べれませんでした。食べ物と言えば、イナゴの佃煮(!?)を食べている人を初めて見たときにも失神しそうになりました。
あれだけ昆虫が好きだったにもかかわらず、大人になってからは、なぜか昆虫はあまり好きではなくなってしまいました。ただ今になってもカブトムシだけは欲しくなります。というかつい2年ほど前も買ってしまいました(笑)。昔はカブトムシの餌はスイカと相場が決まっていたのですが、今は人工ゼリーなんですね。かなり驚きました。
ついつい、好きなものの話のときは、筆が進んでしまい長文になってしまいました・・・。この調子で書いていると朝になりそうなのでこの辺にしておきます。
帰りの電車でその広告を見つめながら、ふと昆虫が大好きだった昔の自分を思い出しました。
私は小さいときには何でも虫を拾ってきて親を呆れさせる少年でした。小学校のときにファーブル昆虫記を読破し、親戚の間からは昆虫博士と呼ばれていました。(なぜか今はさっぱり覚えていませんが)
今思うに、私にとっての昆虫はペットのようなものであり、女性にとってのぬいぐるみみたいな存在だったのだと思います。小学校のときには近所の草むらで小さなカナヘビ(昆虫じゃないですが)を捕まえてきてカンペンケースの中で飼っていました(よく開けたときに逃げ出そうとするので蓋を閉めると何度もしっぽが切れてました)。また、トンボを捕まえてはしっぽに糸を巻きつけて飛ばしたり、カマキリを格闘させたりしていました。カマキリと言えば交尾のあとメスがオスを食べることを最初に知ったときには衝撃的でした。オスは何を思いながら恋したメスに食されていくのでしょうか?
昆虫の中ではカブトムシが一番好きでした。カブトムシには色々種類があるのですが、私が一番好きだったのは赤茶色をしたカブトムシで、夏になると必ずダダをこねて買ってもらっていたのを覚えています。また、カブトムシを幼虫から育てるのも醍醐味で、オガクズと栄養度の高い土を買ってきて、その中に幼虫を入れ毎日覗いては早く成虫にならないかと願うのでした。サナギからかえったばかりのカブトムシの羽はやわらかくて真っ白なのですが、そのときに待ちかねてよく触ってしまい、硬くなった後に私の手の後がついたその羽を見ていつも罪悪感にかられるのでした。
男の子の間ではカブトムシ派とクワガタムシ派に分かれるのですが、たしかにクワガタムシは俊敏で強そうなのですが、私はかわいらしいカブトムシを贔屓にしていました。ムシキングがあれだけ流行っているのを見ていると、カブト虫やクワガタ虫は男の子達にとっての永遠のヒーローなのかも知れません。
ところで私の特技の一つに、カブトムシ捜索がありました。カブトムシは家の中でよく脱走してしまうのですが、独特のニオイがあり、鼻を利かせてニオイを辿っていくとその行き着く先にカブトムシを発見するのです。これにはさすがの母親も感心していました。このカブトムシのニオイは実は身体のニオイというよりも餌にしていたスイカのニオイだったのだと思います。うちではスイカを買うと一番先に食することができるのは飼っているカブトムシだったので。
カブトムシの他には、綺麗なもの好きの私としてはエメラルドグリーンを彷彿させる「アオカナブン」、秋にしっぽが真っ赤に染まった「赤とんぼ」が好きでした。「オニヤンマ(巨大なとんぼ)」も好きだったのですが、動きが早くていつも数十分に渡る格闘の末に敗れ去るのでした。
ただ、そんな昆虫好きな私も、「臭いもの(カメムシとか)」・「手につくもの(蛾とか)」・「短命のもの(セミとか)」は嫌いでした。特にゴキブリは高校のときに友達と一緒に食べた焼きソバの中にこんがりと焼きあがったゴキブリがいたときから一種の恐怖症になり、また私が大好物だった母が焼いてくれたグラタンに同色の大きな蛾が落ちてきて、グラタンのど真ん中に綺麗に着地したことがトラウマになり、しばらくの間グラタンが食べれませんでした。食べ物と言えば、イナゴの佃煮(!?)を食べている人を初めて見たときにも失神しそうになりました。
あれだけ昆虫が好きだったにもかかわらず、大人になってからは、なぜか昆虫はあまり好きではなくなってしまいました。ただ今になってもカブトムシだけは欲しくなります。というかつい2年ほど前も買ってしまいました(笑)。昔はカブトムシの餌はスイカと相場が決まっていたのですが、今は人工ゼリーなんですね。かなり驚きました。
ついつい、好きなものの話のときは、筆が進んでしまい長文になってしまいました・・・。この調子で書いていると朝になりそうなのでこの辺にしておきます。
当たり日
June 08, 2006
皆さんは妙に何かがその日に集中して起こる当たり日って経験ありませんか?
今日の私は友人からの連絡が集中した1日でした。
こういうときは本当に不思議なもので、何度か連絡したのに返事が来てなかった人、もう何年も会っていない人、連絡を取りたくない人(笑)を含めて、6人もの人から電話やメールがありました。
私は、大学になると高校時代の友人と、社会人になると学生時代の友人と、会社が変わると以前の会社の友人と、という感じでかつて同じ環境にいた人との連絡がどうしても疎遠になってしまいます。つまり身近に居る人がいつも優先されてしまうという、ある意味薄情な傾向があります。その時々の友人とはなんとか年賀状でつながっているものの、逆に言うとそれしか接点が無くなっている人がとても多くなってしまっています。なので、そんな私にとって1日に6人というのは奇跡に近い数字です。もっとも日中はスケジュールが詰まっていてバタバタしているので電話に出れなかったりするので、今やっと折り返しをしたりメールの返事を終えたところです。すっかり相手に家庭があることも忘れて夜中に電話している非常識な自分に気づきました。
今日は別に何か特別な出来事があったわけではないので、そういうバイオリズムなのでしょうか?こういう「当たり日」とかがあると「運」とか「めぐり合わせ」ってやはりあるのかも知れないと思ってしまいます。
当たり日はある意味効率的なのかも知れませんが、本人にしてみると分散してくれた方がいいのに・・・と思います。特にハッピーな出来事の場合には、そのハッピーを複数日に・・・と思ってしまいます。
当たり日と言えば、今週月曜日は通常ではあり得ない悪いことが3つも重なってその日は天誅殺かと思いました。今思ったのですが、悪い出来事の場合に限っては複数日よりも一度にまとめて起こってさっさと終わってくれた方がいいかも知れませんね。ただ、今回の場合にはそのうち2つが未だに尾を引いていたりします・・・。
そのためちょっと睡眠不足気味の三浦でした。そろそろ寝なくては。
今日の私は友人からの連絡が集中した1日でした。
こういうときは本当に不思議なもので、何度か連絡したのに返事が来てなかった人、もう何年も会っていない人、連絡を取りたくない人(笑)を含めて、6人もの人から電話やメールがありました。
私は、大学になると高校時代の友人と、社会人になると学生時代の友人と、会社が変わると以前の会社の友人と、という感じでかつて同じ環境にいた人との連絡がどうしても疎遠になってしまいます。つまり身近に居る人がいつも優先されてしまうという、ある意味薄情な傾向があります。その時々の友人とはなんとか年賀状でつながっているものの、逆に言うとそれしか接点が無くなっている人がとても多くなってしまっています。なので、そんな私にとって1日に6人というのは奇跡に近い数字です。もっとも日中はスケジュールが詰まっていてバタバタしているので電話に出れなかったりするので、今やっと折り返しをしたりメールの返事を終えたところです。すっかり相手に家庭があることも忘れて夜中に電話している非常識な自分に気づきました。
今日は別に何か特別な出来事があったわけではないので、そういうバイオリズムなのでしょうか?こういう「当たり日」とかがあると「運」とか「めぐり合わせ」ってやはりあるのかも知れないと思ってしまいます。
当たり日はある意味効率的なのかも知れませんが、本人にしてみると分散してくれた方がいいのに・・・と思います。特にハッピーな出来事の場合には、そのハッピーを複数日に・・・と思ってしまいます。
当たり日と言えば、今週月曜日は通常ではあり得ない悪いことが3つも重なってその日は天誅殺かと思いました。今思ったのですが、悪い出来事の場合に限っては複数日よりも一度にまとめて起こってさっさと終わってくれた方がいいかも知れませんね。ただ、今回の場合にはそのうち2つが未だに尾を引いていたりします・・・。
そのためちょっと睡眠不足気味の三浦でした。そろそろ寝なくては。
イケメン
June 07, 2006
今日はとある雑誌の取材がありました。
いつも取材と言えばうちの会社のオフィスで受けるのが常なのですが、本日は先方が予約してくれたホテルでの取材、かつ所要時間3時間ということで、気持ち緊張しながら広報担当者と一緒に待ち合わせのホテルに行きました。
取材の場所はホテルと言っても別館のガーデンパーティを開けるようなところでした。最初に写真撮影があったのですが、口と腕の上手いカメラマンに笑顔や慣れないポーズを迫られること約1時間、やっと撮影が終了しました。その後インタビューと食事をしながらの座談会があったのですが、私にとっては結構難しいテーマでした。
ちなみに、本取材のテーマは「(仮)イケメン社長が教える情報活用術」という内容で、7月7日に発売されるそうです。もう1人の取材者はG社のK社長とか。
ところで、「イケメン」という言葉が使われるようになって久しいですが、女性から聞く話によると、これに対比する言葉というのもあるそうで、イケメンというほどでもない顔立のことは「ビミョメン(微妙)」、普通の場合は「フツメン」、イケてない男性のことは「ジミメン(地味)」「ブサメン(ブサイク)」「キモメン(キモイ、気持ち悪い)」「オタメン(オタク)」「シケメン(シケてる)」「クソメン」などと言うそうです。ほとんど耳にしない言葉ですが、女性ってこういうの考えるのに長けていると感心します。その証拠にこれらの女性バージョンは聞いたことがありません。
30代からのニューリッチ向け男性誌「Leon」に端を発する「ちょいワル」という言葉も使われていますが、「イケメン」とか「ちょいワル」と言われた男性は嬉しいものなのでしょうか?
ただ、ここ数年中高年男性向けの雑誌が増えていることは間違いないので、お洒落や高級品に関する関心が高まっているのは間違いないのでしょう。ちなみに私は好奇心旺盛かつ凝り性なので、ファッションにこだわりだすと止まらなくなる恐れがあるので、意図的にこれらの雑誌は見ないようにしています(笑)。
いつも取材と言えばうちの会社のオフィスで受けるのが常なのですが、本日は先方が予約してくれたホテルでの取材、かつ所要時間3時間ということで、気持ち緊張しながら広報担当者と一緒に待ち合わせのホテルに行きました。
取材の場所はホテルと言っても別館のガーデンパーティを開けるようなところでした。最初に写真撮影があったのですが、口と腕の上手いカメラマンに笑顔や慣れないポーズを迫られること約1時間、やっと撮影が終了しました。その後インタビューと食事をしながらの座談会があったのですが、私にとっては結構難しいテーマでした。
ちなみに、本取材のテーマは「(仮)イケメン社長が教える情報活用術」という内容で、7月7日に発売されるそうです。もう1人の取材者はG社のK社長とか。
ところで、「イケメン」という言葉が使われるようになって久しいですが、女性から聞く話によると、これに対比する言葉というのもあるそうで、イケメンというほどでもない顔立のことは「ビミョメン(微妙)」、普通の場合は「フツメン」、イケてない男性のことは「ジミメン(地味)」「ブサメン(ブサイク)」「キモメン(キモイ、気持ち悪い)」「オタメン(オタク)」「シケメン(シケてる)」「クソメン」などと言うそうです。ほとんど耳にしない言葉ですが、女性ってこういうの考えるのに長けていると感心します。その証拠にこれらの女性バージョンは聞いたことがありません。
30代からのニューリッチ向け男性誌「Leon」に端を発する「ちょいワル」という言葉も使われていますが、「イケメン」とか「ちょいワル」と言われた男性は嬉しいものなのでしょうか?
ただ、ここ数年中高年男性向けの雑誌が増えていることは間違いないので、お洒落や高級品に関する関心が高まっているのは間違いないのでしょう。ちなみに私は好奇心旺盛かつ凝り性なので、ファッションにこだわりだすと止まらなくなる恐れがあるので、意図的にこれらの雑誌は見ないようにしています(笑)。
村上ファンド
June 06, 2006
皆さんご存知だと思うのですが「村上ファンド」の異名を取るM&Aコンサルティングの代表村上世彰氏がインサイダー取引疑惑で逮捕されました。
私自身はチャンスは何度かあったのですが実際にはお会いしたことが無いので、その人となりをコメントすることはできませんが、人づてに話を聞く限りにおいては極めて合理主義というイメージが強い方です。私が初めて村上さんのことを知ったのは東京スタイルの大株主になった頃ですが、その後より積極的な活動により、日本放送、大阪証券取引所、阪神タイガースなどで名をとどろかせてきました。
強気の勝負ばかりを挑んできた村上氏だったので、最近話題になっていた阪急による阪神のTOBには応じないのではないかと個人的には思いながらみていたのですが、まるで図ったかのようにこのTOB期間に容疑がかかり、TOBに応じなければならないような状況になったことは何とも皮肉なものだと思います。記者会見では「投資からの引退宣言」まで出ていましたが、急に態度を変えた裏にはどんな意図があるのかは知る由もありません。
ただ一方で、先に逮捕されている堀江氏にせよ、村上氏にせよ、彼らの世の中への問いかけが、資本市場や企業経営に与えた影響(功績といっても良いかもしれません)は少なくないと思います。個人投資家を中心とした一般市民に市場や証券用語に関心を持たせたという貢献度は大きく、堀江さんは時価総額経営、村上さんは株主利益というものをあらためて認識させてくれました。これにより例えば経営者の株価や買収への意識は間違いなく以前とは比べ物にならないほど高くなっていると思います。
ともあれ堀江さんについで村上さんのような時代の寵児と言われてきた人達が「不正」の疑いで逮捕されるというのは何とも残念なことです。
近い業界にいることもあり、「他人の袖見て我が振り直せ」という言葉がありますが、他人事にならないように気を引き締めたいと思います。
私自身はチャンスは何度かあったのですが実際にはお会いしたことが無いので、その人となりをコメントすることはできませんが、人づてに話を聞く限りにおいては極めて合理主義というイメージが強い方です。私が初めて村上さんのことを知ったのは東京スタイルの大株主になった頃ですが、その後より積極的な活動により、日本放送、大阪証券取引所、阪神タイガースなどで名をとどろかせてきました。
強気の勝負ばかりを挑んできた村上氏だったので、最近話題になっていた阪急による阪神のTOBには応じないのではないかと個人的には思いながらみていたのですが、まるで図ったかのようにこのTOB期間に容疑がかかり、TOBに応じなければならないような状況になったことは何とも皮肉なものだと思います。記者会見では「投資からの引退宣言」まで出ていましたが、急に態度を変えた裏にはどんな意図があるのかは知る由もありません。
ただ一方で、先に逮捕されている堀江氏にせよ、村上氏にせよ、彼らの世の中への問いかけが、資本市場や企業経営に与えた影響(功績といっても良いかもしれません)は少なくないと思います。個人投資家を中心とした一般市民に市場や証券用語に関心を持たせたという貢献度は大きく、堀江さんは時価総額経営、村上さんは株主利益というものをあらためて認識させてくれました。これにより例えば経営者の株価や買収への意識は間違いなく以前とは比べ物にならないほど高くなっていると思います。
ともあれ堀江さんについで村上さんのような時代の寵児と言われてきた人達が「不正」の疑いで逮捕されるというのは何とも残念なことです。
近い業界にいることもあり、「他人の袖見て我が振り直せ」という言葉がありますが、他人事にならないように気を引き締めたいと思います。
帰国の途
June 05, 2006
今日日本に帰国しました。規程では役員はビジネスクラスの利用も可能なのですが、まだ利益がそれほど出ているわけでもないのでエコノミー利用していることもあり、10時間のフライトは正直結構疲れます。うちの役員は本当に生真面目な人間が多く、別に口合わせをしているわけではないのですが、K取締役はプライベートの用事をくっつけて自費で出張したり、他の取締役も新幹線のグリーン車は使わないようにしていたりしています。
ただ、最近は少し考え方を変えてもいいかな・・・と思ったりしています。ビジネスだと結構時間が節約できますし、ビジネスのシートでは、ノートPCの電源は勿論のこと、ネットに接続できるので、普段と変わらない環境で仕事が出来たりします。私は先のhirogにも書いたとおり、飛行機にのっているときには色々考え事をしていることも多いので、ゆったりとしたシートの方が豊かな発想ができるかも知れないと思ったりもします。また、ファーストほどではないでしょうが、ソフトバンクの孫さんが言っているように新しい人間関係が出来たり、という副産物もあるかも知れません。結局はコストに見合う効果があればOKということなのでしょう。
ちなみに、今回の米国出張チケット、日系航空会社だと通常40万円ぐらいするらしいのですが、なんと10万円程度で取れていました。うちの総務のコスト意識とそれに対する努力は大したものだと思います。
米国だと時差が結構大きいので、今はなんとなく違和感がある感じです。最近出張の帰りが日曜の夜になることが多く、そのまま日常に突入するので、頭と身体の切り替えをするのが大変だったりします。時差と言えば今回のように時差が大きいところへ出張中にブログを規則的に更新するのは正直大変でした(笑)。いつもhirogは日本時間午前0時から1時の間に書いていることが多いのですが、米国時間だと朝の7時とか8時になるので、早起きして頑張って書いてました(笑)。なのでここ数日ちょっと文章が変なところがあったかも知れません、ご了承ください。
そういえば、行きの飛行機の出会いが強烈過ぎて、5/31の『hirog』(世界三大○○)で最後に質問だけ出しておいて回答を書くのを忘れていました。Q1の世界三大美女は「クレオパトラ」・「楊貴妃」そして「ヘレネ」でした。続いてQ2の世界三大珍味は「キャビア」・「フォアグラ」、残りの1つは「トリュフ」です。そういえばすべてフランス料理に出てくる素材かも。世界三大経営者と言われるような経営者になれたら素敵ですね(ちょっと飛び過ぎ!?)。
ただ、最近は少し考え方を変えてもいいかな・・・と思ったりしています。ビジネスだと結構時間が節約できますし、ビジネスのシートでは、ノートPCの電源は勿論のこと、ネットに接続できるので、普段と変わらない環境で仕事が出来たりします。私は先のhirogにも書いたとおり、飛行機にのっているときには色々考え事をしていることも多いので、ゆったりとしたシートの方が豊かな発想ができるかも知れないと思ったりもします。また、ファーストほどではないでしょうが、ソフトバンクの孫さんが言っているように新しい人間関係が出来たり、という副産物もあるかも知れません。結局はコストに見合う効果があればOKということなのでしょう。
ちなみに、今回の米国出張チケット、日系航空会社だと通常40万円ぐらいするらしいのですが、なんと10万円程度で取れていました。うちの総務のコスト意識とそれに対する努力は大したものだと思います。
米国だと時差が結構大きいので、今はなんとなく違和感がある感じです。最近出張の帰りが日曜の夜になることが多く、そのまま日常に突入するので、頭と身体の切り替えをするのが大変だったりします。時差と言えば今回のように時差が大きいところへ出張中にブログを規則的に更新するのは正直大変でした(笑)。いつもhirogは日本時間午前0時から1時の間に書いていることが多いのですが、米国時間だと朝の7時とか8時になるので、早起きして頑張って書いてました(笑)。なのでここ数日ちょっと文章が変なところがあったかも知れません、ご了承ください。
そういえば、行きの飛行機の出会いが強烈過ぎて、5/31の『hirog』(世界三大○○)で最後に質問だけ出しておいて回答を書くのを忘れていました。Q1の世界三大美女は「クレオパトラ」・「楊貴妃」そして「ヘレネ」でした。続いてQ2の世界三大珍味は「キャビア」・「フォアグラ」、残りの1つは「トリュフ」です。そういえばすべてフランス料理に出てくる素材かも。世界三大経営者と言われるような経営者になれたら素敵ですね(ちょっと飛び過ぎ!?)。
プレゼン
June 04, 2006
今回のクアルコムカンファレンスでの一番の収穫は内容ではなくプレゼンテーションの効果性についてでした。
欧米のビジネスマンは日本に比較して圧倒的にプレゼンテーションが上手だと思います。内容も勿論あるとは思うのですが、何と言っても身体で表現するのが上手いと思います。話にストーリーを設けて高揚をつけながらジェスチャーで相手に訴えていくあの手法はかなり効果的ではないでしょうか。
更に関心するのは、ステータスのある人であればあるほどユーモアも兼ね備えていることです。例えばクアルコムのCEOは今年こそそうではありませんでしたが、昨年は天井から忍者の格好をして登場したそうです。こういう方々は場慣れしているのでそういうシーンがあっても浮かないことが日本人と違う部分かも知れません。
日本では派手なパフォーマンスをする経営者はほとんどいない気がします。強いて言えばソフトバンクの孫さんとかでしょうか?経営者ではないですが、ドコモのN氏なんかはパフォーマンスが上手だと思います。また、仮にそういったことをやると周りやアナリストから批判されること必至でしょう。でも私なんかはユーモアと仕事は両立できると思うのでそういうのに憧れる部分もあったりします。
前回のアナリスト説明会のビデオ(動画)を自分でも見てみましたが、実際見ていると色々反省点が出てきます。また、このビデオを見た人から色々アドバイスもいただきました。やはり自分はまだまだだなーと思います。
話す人の表現力のほかにプレゼンテーションファイルの見やすさとか綺麗さというのもまた重要なポイントの1つです。中味がすごい良いものであっても、見た目が悪くてチープな感じがすると見る人の観衆の注目を集めることは難しい気がします。我々の世界では主にパワーポイントというソフトウェアを使いますが、背景、フォント、色使いなどちょっとしたところで大分印象が変わるから不思議です。でもこればかりはセンスもあり、無い場合には努力して技を磨いていく必要があります。うちの会社では常務のSがとても上手で前回の女性向け説明会資料は彼にデザインをお願いしました。
CEOは業績を上げることも去ることながら自社をアピールすることも重要な仕事ですから、説得力のあるプレゼンテーションをすることはとても大事だと思いますし、こういった資質は今後ますます重要になってくると思います。
私も今後より観衆に対してインパクトをもって印象づけられるようなプレゼンテーションができるようにスキルアップを図っていきたいと思います。
欧米のビジネスマンは日本に比較して圧倒的にプレゼンテーションが上手だと思います。内容も勿論あるとは思うのですが、何と言っても身体で表現するのが上手いと思います。話にストーリーを設けて高揚をつけながらジェスチャーで相手に訴えていくあの手法はかなり効果的ではないでしょうか。
更に関心するのは、ステータスのある人であればあるほどユーモアも兼ね備えていることです。例えばクアルコムのCEOは今年こそそうではありませんでしたが、昨年は天井から忍者の格好をして登場したそうです。こういう方々は場慣れしているのでそういうシーンがあっても浮かないことが日本人と違う部分かも知れません。
日本では派手なパフォーマンスをする経営者はほとんどいない気がします。強いて言えばソフトバンクの孫さんとかでしょうか?経営者ではないですが、ドコモのN氏なんかはパフォーマンスが上手だと思います。また、仮にそういったことをやると周りやアナリストから批判されること必至でしょう。でも私なんかはユーモアと仕事は両立できると思うのでそういうのに憧れる部分もあったりします。
前回のアナリスト説明会のビデオ(動画)を自分でも見てみましたが、実際見ていると色々反省点が出てきます。また、このビデオを見た人から色々アドバイスもいただきました。やはり自分はまだまだだなーと思います。
話す人の表現力のほかにプレゼンテーションファイルの見やすさとか綺麗さというのもまた重要なポイントの1つです。中味がすごい良いものであっても、見た目が悪くてチープな感じがすると見る人の観衆の注目を集めることは難しい気がします。我々の世界では主にパワーポイントというソフトウェアを使いますが、背景、フォント、色使いなどちょっとしたところで大分印象が変わるから不思議です。でもこればかりはセンスもあり、無い場合には努力して技を磨いていく必要があります。うちの会社では常務のSがとても上手で前回の女性向け説明会資料は彼にデザインをお願いしました。
CEOは業績を上げることも去ることながら自社をアピールすることも重要な仕事ですから、説得力のあるプレゼンテーションをすることはとても大事だと思いますし、こういった資質は今後ますます重要になってくると思います。
私も今後より観衆に対してインパクトをもって印象づけられるようなプレゼンテーションができるようにスキルアップを図っていきたいと思います。
未踏の地の魅力
June 03, 2006
今日はカンファレンスの中日で夜にパーティがあり参加していたのですが、アテンドしてくださるはずの方の奥様がサソリに刺された(というかサソリに刺されたということがあり得ること自体日本では考えられないですが)ということで急遽来られなくなり、その会社の方のナビゲートで参加したので初めてお会いする方がほとんどでした。そんな中とある日本人の方とご一緒させていただきました。
その方はずっと日系大手メーカーで働いておられた方でメキシコに駐在されていた経験を持たれている方でした。行ったことのない「メキシコ」という国の響きにとても関心を持った私は、彼の話を夢中で聞いていました。「メキシコ」は大統領が3期の任期を全うする6年ごとに経済が乱高下するそうなのですが、その理由は最後の1年で大統領を始めとする官僚たちが自分達の将来生活の保障のために様々な形での蓄財を始めるからというのです。幹部が総入れ替えになるとはいえ、こういったことがまかり通る世界、そしてまたそれにより経済が大きく動くというのはすごいことだと思いました。治安も当時はかなり悪かったらしく、信号で止まってはいけないと言われていたそうで、止まった時に拳銃をもった強盗らしき人が寄ってきたらひき殺しても正当防衛が成立する、というぐらいの感じだったそうです。また賄賂も日常茶飯事で、交通違反罰金は警官に5ドル手渡しで取引成立だったとか・・・。中国よりも手ごわい国かも知れないと思いました。
一方でおいしい食事や美しいカリブ海の話など、ゾクゾクする話も多く、一度行ってみたくなりました。以前とあるルートでメキシコでのモバイルコンテンツ展開について打診を受けていたことがあるのですが、人口は1億もいるのに携帯普及率はかなり低いらしく、キャリアへのネットワークさえあればこれからチャンスはあるのかも知れません。
そんな未踏の地のことに思いを馳せていると、同伴したスタッフが外でコンサートが始まると呼びに来たので、皆でコンサートを見ることに。
アース・ウィンド・アンド・ファイアーの懐かしい音色に学生時代を思い出し、思わず身体を動かしている自分が居たのですが、コンサートが盛り上がっている真っ最中にもグローバルボーダーフォン携帯で自社の株価をチェックしている私にふと我に帰り、性(さが)を感じました。
もっとも、今日はアースのヴォーカル「フィリップ・ベイリー」の声と同じように株価も昇り詰めたようですが・・・。
その方はずっと日系大手メーカーで働いておられた方でメキシコに駐在されていた経験を持たれている方でした。行ったことのない「メキシコ」という国の響きにとても関心を持った私は、彼の話を夢中で聞いていました。「メキシコ」は大統領が3期の任期を全うする6年ごとに経済が乱高下するそうなのですが、その理由は最後の1年で大統領を始めとする官僚たちが自分達の将来生活の保障のために様々な形での蓄財を始めるからというのです。幹部が総入れ替えになるとはいえ、こういったことがまかり通る世界、そしてまたそれにより経済が大きく動くというのはすごいことだと思いました。治安も当時はかなり悪かったらしく、信号で止まってはいけないと言われていたそうで、止まった時に拳銃をもった強盗らしき人が寄ってきたらひき殺しても正当防衛が成立する、というぐらいの感じだったそうです。また賄賂も日常茶飯事で、交通違反罰金は警官に5ドル手渡しで取引成立だったとか・・・。中国よりも手ごわい国かも知れないと思いました。
一方でおいしい食事や美しいカリブ海の話など、ゾクゾクする話も多く、一度行ってみたくなりました。以前とあるルートでメキシコでのモバイルコンテンツ展開について打診を受けていたことがあるのですが、人口は1億もいるのに携帯普及率はかなり低いらしく、キャリアへのネットワークさえあればこれからチャンスはあるのかも知れません。
そんな未踏の地のことに思いを馳せていると、同伴したスタッフが外でコンサートが始まると呼びに来たので、皆でコンサートを見ることに。
アース・ウィンド・アンド・ファイアーの懐かしい音色に学生時代を思い出し、思わず身体を動かしている自分が居たのですが、コンサートが盛り上がっている真っ最中にもグローバルボーダーフォン携帯で自社の株価をチェックしている私にふと我に帰り、性(さが)を感じました。
もっとも、今日はアースのヴォーカル「フィリップ・ベイリー」の声と同じように株価も昇り詰めたようですが・・・。
サンディエゴ
June 02, 2006
昨日記載の淑女との出会いの飛行機で辿り着いた先はサンディエゴです。
うちの会社の株主でもある米国クアルコム(携帯チップのグローバル企業でマイクロソフトに物言える数少ない会社とも言われる)のカンファレンスに参加することが目的です。今回はうちの会社が出資をしているUI-Magicがカンファレンスに米国版リモートメールを出展していることも私が来ることになった大きな理由です。
私は米国は恥ずかしながら西海岸しか行ったことがなく、学生の卒業旅行でサンフランシスコとロス、5年ぐらい前に出張でシアトルに行ったきりで、久しぶりです。
噂には聞いていましたが、サンディエゴはとても綺麗なところで、リゾート地さながらです。飛行機が着陸する寸前に街を覗き込むと、何よりも車の通りが少ないことに驚きました(中国ではあり得ない光景)。空港に降り立ち誰も並んでいない乗り場からタクシーに乗り込みます。最近は中国を中心にずっとアジアばかりで英語圏では無かったこともあり、久しぶりの英語に少し緊張しながら、タクシーに行き先をつげると、何やら話しかけてくるのですが、メキシコが近いからかラテン系の訛り?(自分で訛りを判断できるほど英語力は無いのですが(笑))があってよく聞き取れませんでした。仕方がないので窓から外を眺めていると、海に面して西海岸らしい樹木が並び、整然と近代的な建物が建っていて、時折お洒落なレストランがあり、そのまま映画にでも出てきそうな光景です。そして何よりも気候が良いのが気に入りました。温度は結構あるのですが、今日は天気も良くて乾燥しているので、とても過ごしやすく感じました。
ロスの空港で入国と税関で2時間も待たされた挙句にサンディエゴ行きのフライトが遅れたため、ホテルについたときにはその日のカンファレンスも終わっていてかなり疲れが出ていました。夜はクアルコムの日本法人が企画した日系企業の食事会があったためそれに参加し、その後ホテルに帰ってきて今メールのチェックが終わったところです。食事会ではamp'd mobileという米国で若者をターゲットにしたMVNOをやっている会社の人の話が興味深いものがありました。
出張に来ると環境が変わるので、視点や考える角度が柔軟になるのが一番のメリットだと思います。気持ち新たに新規事業に取り組めそうです。
うちの会社の株主でもある米国クアルコム(携帯チップのグローバル企業でマイクロソフトに物言える数少ない会社とも言われる)のカンファレンスに参加することが目的です。今回はうちの会社が出資をしているUI-Magicがカンファレンスに米国版リモートメールを出展していることも私が来ることになった大きな理由です。
私は米国は恥ずかしながら西海岸しか行ったことがなく、学生の卒業旅行でサンフランシスコとロス、5年ぐらい前に出張でシアトルに行ったきりで、久しぶりです。
噂には聞いていましたが、サンディエゴはとても綺麗なところで、リゾート地さながらです。飛行機が着陸する寸前に街を覗き込むと、何よりも車の通りが少ないことに驚きました(中国ではあり得ない光景)。空港に降り立ち誰も並んでいない乗り場からタクシーに乗り込みます。最近は中国を中心にずっとアジアばかりで英語圏では無かったこともあり、久しぶりの英語に少し緊張しながら、タクシーに行き先をつげると、何やら話しかけてくるのですが、メキシコが近いからかラテン系の訛り?(自分で訛りを判断できるほど英語力は無いのですが(笑))があってよく聞き取れませんでした。仕方がないので窓から外を眺めていると、海に面して西海岸らしい樹木が並び、整然と近代的な建物が建っていて、時折お洒落なレストランがあり、そのまま映画にでも出てきそうな光景です。そして何よりも気候が良いのが気に入りました。温度は結構あるのですが、今日は天気も良くて乾燥しているので、とても過ごしやすく感じました。
ロスの空港で入国と税関で2時間も待たされた挙句にサンディエゴ行きのフライトが遅れたため、ホテルについたときにはその日のカンファレンスも終わっていてかなり疲れが出ていました。夜はクアルコムの日本法人が企画した日系企業の食事会があったためそれに参加し、その後ホテルに帰ってきて今メールのチェックが終わったところです。食事会ではamp'd mobileという米国で若者をターゲットにしたMVNOをやっている会社の人の話が興味深いものがありました。
出張に来ると環境が変わるので、視点や考える角度が柔軟になるのが一番のメリットだと思います。気持ち新たに新規事業に取り組めそうです。
機内の出会い
June 01, 2006
私は出張時の飛行機の中では普段慌しい中でゆっくり考えれないことについて、色々考えを廻らすことが多いのですが、今日はそうはいきませんでした。
席に座った途端、隣りに座っていた女性に棚に上げた荷物を取って欲しいと言われ、それを取ってあげたのが始まりでした。その荷物はスーツケースでかなり重かったのですが、最初に取った本が自分の意図するものではなかったらしく、結局2回上げ下げをする羽目になりました。その女性は話し相手が居なくて寂しかったのか、その直後から怒涛のごとく話し始め、結局私が寝たフリをするまでの数時間ずっとしゃべりっぱなしでした。
その女性の自分自身のことや家族のことから始まり、途中からなぜか私の話になったのですが、これがあまりに慣れない歯が浮くような言葉が連発だったので、さすがに返す言葉が無くなってしまいました。
まず「学生さんだよね?」というどうみてもあり得ない話から始まり、「誰かに似てるよね。あーっ真田広之だ!」から、背が高いだの、スタイルがいいだの、顔がいいだの、性格がいいだの、ファッションセンスがいいだの、姿勢がいいだの、どう考えても私に当てはまらないものが続いたうえに、しまいには「彼女はいるの?」とまで聞いてきました。途中で答えるのが面倒になったので仕事をするふりをしていたら、「何の仕事をしているの?」「へー、そういうこともあるんだ?」などどう見ても人のEメールを読んでいる風だったので、それもやめて寝たフリに入りました。少ししてその女性も寝てくれたかなと思って目を開けてみたら、ずっと人の顔を覗き込んでいたらしく、「いいのよ、寝てても。ご飯になったら起こしてあげるから」と言われ、更に「トイレはいかなくても大丈夫?」と聞かれ、飛行機が着いておりるときには、「忘れ物はな〜い? 私が見てあげる」と言って散々私が座っている席と前のポケットの中を探して回られました。
約10時間にも及んだ本来充実したひとときをおくれるはずのフライトは、お蔭様で何を考えることも仕事もできませんでした。
ちなみに、この女性見掛けは50歳ぐらいなのですが、何と今年で75歳になるとか。若い頃は相当男性にモテたそうで、私にそっくりな彼氏がいたそうです。加えて息子も私に似ているとか(汗)。ロスに住んで20年にもなるというのに、英語はさっぱりのようで、なぜか食事のときは私が彼女の代わりに英語で答えるという有り様で、なんとも奇妙な出会いでした。
席に座った途端、隣りに座っていた女性に棚に上げた荷物を取って欲しいと言われ、それを取ってあげたのが始まりでした。その荷物はスーツケースでかなり重かったのですが、最初に取った本が自分の意図するものではなかったらしく、結局2回上げ下げをする羽目になりました。その女性は話し相手が居なくて寂しかったのか、その直後から怒涛のごとく話し始め、結局私が寝たフリをするまでの数時間ずっとしゃべりっぱなしでした。
その女性の自分自身のことや家族のことから始まり、途中からなぜか私の話になったのですが、これがあまりに慣れない歯が浮くような言葉が連発だったので、さすがに返す言葉が無くなってしまいました。
まず「学生さんだよね?」というどうみてもあり得ない話から始まり、「誰かに似てるよね。あーっ真田広之だ!」から、背が高いだの、スタイルがいいだの、顔がいいだの、性格がいいだの、ファッションセンスがいいだの、姿勢がいいだの、どう考えても私に当てはまらないものが続いたうえに、しまいには「彼女はいるの?」とまで聞いてきました。途中で答えるのが面倒になったので仕事をするふりをしていたら、「何の仕事をしているの?」「へー、そういうこともあるんだ?」などどう見ても人のEメールを読んでいる風だったので、それもやめて寝たフリに入りました。少ししてその女性も寝てくれたかなと思って目を開けてみたら、ずっと人の顔を覗き込んでいたらしく、「いいのよ、寝てても。ご飯になったら起こしてあげるから」と言われ、更に「トイレはいかなくても大丈夫?」と聞かれ、飛行機が着いておりるときには、「忘れ物はな〜い? 私が見てあげる」と言って散々私が座っている席と前のポケットの中を探して回られました。
約10時間にも及んだ本来充実したひとときをおくれるはずのフライトは、お蔭様で何を考えることも仕事もできませんでした。
ちなみに、この女性見掛けは50歳ぐらいなのですが、何と今年で75歳になるとか。若い頃は相当男性にモテたそうで、私にそっくりな彼氏がいたそうです。加えて息子も私に似ているとか(汗)。ロスに住んで20年にもなるというのに、英語はさっぱりのようで、なぜか食事のときは私が彼女の代わりに英語で答えるという有り様で、なんとも奇妙な出会いでした。