世界三大料理は、「中華」と「フレンチ」あともう1つは?
たまたま今日友人に質問され、迷わず「イタリアン」と答えたのですが、皆さん何か知ってますか?
正解は「トルコ」料理だそうです。そういわれてもどんな料理なのか想像できなかったので、さきほどホームページで調べてみました。それによると「ヒツジやニワトリの肉を使った焼肉料理(ケバブ)や串焼き(シシケバブ)、ヨーグルトを添えて食べるイスケンデルケバブなどが有名。鶏がらの出汁を取ったスープやライスをバターで炒めたピラフなどは街中の料理ではかかせない。海が近い地域ではイワシの仲間(ハムスィ)もよく食べられる」とあります。トルコはイスラム教国なので、豚肉や牛肉はほとんど無いようです。料理の名前は初めて耳にするものばかりで、おいしいかどうかも分からないので、今度機会があったら食べてみてまたhirogにて紹介したいと思います。
「イタリアン」・「ロシア」・「スペイン」・「ベトナム」・「日本」など数ある料理を抑えて三大に選ばれたのにはどんな理由(背景)があったのかとても気になるところです(三大料理の1つの「フレンチ」は一説では「イタリアン」「日本料理」というのもあるようですが、トルコは不動の地位を築いているようです)が、この謎解きの鍵はどうやらシルクロードにあるようです。つまり、シルクロードは中国からシリア、トルコを経て地中海につながっており、そのルート上の料理というわけです。
ところで「世界三大」というと料理の他にも幾つか思い起こすのですが、ここで向学のためにも幾つか復習しておこうと思います。世界三大河川は「ナイル川」・「アマゾン川」・「ミシシッピ川」、世界三大宗教は「キリスト教」・「仏教」・「イスラム教」ですね。私が興味がある分野の中では世界三大古墳は「ピラミッド」・「秦の始皇帝陵」・「仁徳天皇陵」ですが、この仁徳天皇陵は私が小学校のとき初めて見て感動し、歴史が好きになるきっかけになった古墳です。
さて、最後は問題です。
Q1 世界三大美女は「クレオパトラ」「楊貴妃」、もう1人は誰でしょう?
Q2 世界三大珍味は「キャビア」「フォアグラ」、もう1つは何でしょう?
正解は明日のhirog冒頭にて・・・。
Archive for May of 2006
世界三大○○
May 31, 2006良い社名とは?
May 30, 2006
新会社名が決まってから、1週間が経ちました。
相変わらず身内からの反応はパッとしないのですが、不思議と身内以外の反応は概ね良好と言った感じです。私としては既成概念を打ち破ることも目的の1つであったので結果良かったと思っています。奇しくもうちの会社を応援してくださっている方のホームページにも書いてある通り「これから何をやるのか」が重要なのであって、この会社名に戦略を1つ1つ重ねてPRしていくことで、会社名のイメージを自ら作り上げていきたいと考えています。
さて、百社あれば百通りのある社名ですが、その歴史に吸収・合併が起こるとどうしても旧社名を引きずって長めの名前になってしまうところがあるように思います。特に昨今の銀行・証券関係のM&Aではそれは顕著で、うちの会社が取引のあった中では「三菱東京UFJ」・「SMBCフレンド証券」・「ドレスナー・クラインオート・ワッサースタイン」などがありますが、あまり一般顧客を意識した名称では無い気がします。ぶっちゃけ、吸収される側の抵抗感を少なくするためのひとつの手段として、旧社名を残しているように思えてしまうのですが、それならそれを機会に全く別な名称にしてしまった方がいいように思います。逆に旧社名が2・3個残ることで、派閥意識などが解消されにくいということはないのだろうか?と余計な心配をしてしまいます。
銀行の幹部の方に話を聞くと「ブランド価値があるから」・「安心感があるから」・「混乱をなくすため」などもっともらしい回答が返ってくるものの、実際には「プライド」・「世間体」・「エゴ」などが少なからず影響しているように思います。
さくら銀行(元はこれまた太陽神戸三井銀行というとても長い名前でしたが)と住友銀行の合併に際しては、どちらを冠にするかで相当もめたらしく、結果日本名は「三井住友」、英語名は「SUMITOMO MITSUI」と逆の順番になっています。また、東京三菱銀行とUFJ銀行は、東京三菱UFJになるのかと思いきや、三菱東京UFJと何故か東京と三菱が逆に変わっていますが、こういったことはその表れではないかと思います。
そういう意味では、名前が良いかどうかは別として「みずほ」のように一気に名称変更できたのは英断だと思います。お客様への分かりやすさを考えるのであれば、短くて単純明快なのが理想的なわけですし、銀行ぐらいのPR・広告予算をもってすれば、新しい名前を浸透させることなど容易いことのように思います。ただ、ブランド統一のやり方は結構難しいかも知れません。例えばこれまた難解な社名の「セブンアンドアイホールディングス」はグループ企業の看板を全てこれに統一しているようですが、「ヨーカドー」「セブンイレブン」「デニーズ」の方がよほど個性があって良かったと思うのは私だけでしょうか?個人的にはトイレットペーパーを売っているお店とご飯を食べるお店の看板が一緒というのはどうなの?と思ってしまいます。
色々と話が脱線してしまいましたが、社名と理念・戦略・事業のイメージが一致するというのは大変難しい課題だとは思います。これから、着実に近づけていきたいと思います。
相変わらず身内からの反応はパッとしないのですが、不思議と身内以外の反応は概ね良好と言った感じです。私としては既成概念を打ち破ることも目的の1つであったので結果良かったと思っています。奇しくもうちの会社を応援してくださっている方のホームページにも書いてある通り「これから何をやるのか」が重要なのであって、この会社名に戦略を1つ1つ重ねてPRしていくことで、会社名のイメージを自ら作り上げていきたいと考えています。
さて、百社あれば百通りのある社名ですが、その歴史に吸収・合併が起こるとどうしても旧社名を引きずって長めの名前になってしまうところがあるように思います。特に昨今の銀行・証券関係のM&Aではそれは顕著で、うちの会社が取引のあった中では「三菱東京UFJ」・「SMBCフレンド証券」・「ドレスナー・クラインオート・ワッサースタイン」などがありますが、あまり一般顧客を意識した名称では無い気がします。ぶっちゃけ、吸収される側の抵抗感を少なくするためのひとつの手段として、旧社名を残しているように思えてしまうのですが、それならそれを機会に全く別な名称にしてしまった方がいいように思います。逆に旧社名が2・3個残ることで、派閥意識などが解消されにくいということはないのだろうか?と余計な心配をしてしまいます。
銀行の幹部の方に話を聞くと「ブランド価値があるから」・「安心感があるから」・「混乱をなくすため」などもっともらしい回答が返ってくるものの、実際には「プライド」・「世間体」・「エゴ」などが少なからず影響しているように思います。
さくら銀行(元はこれまた太陽神戸三井銀行というとても長い名前でしたが)と住友銀行の合併に際しては、どちらを冠にするかで相当もめたらしく、結果日本名は「三井住友」、英語名は「SUMITOMO MITSUI」と逆の順番になっています。また、東京三菱銀行とUFJ銀行は、東京三菱UFJになるのかと思いきや、三菱東京UFJと何故か東京と三菱が逆に変わっていますが、こういったことはその表れではないかと思います。
そういう意味では、名前が良いかどうかは別として「みずほ」のように一気に名称変更できたのは英断だと思います。お客様への分かりやすさを考えるのであれば、短くて単純明快なのが理想的なわけですし、銀行ぐらいのPR・広告予算をもってすれば、新しい名前を浸透させることなど容易いことのように思います。ただ、ブランド統一のやり方は結構難しいかも知れません。例えばこれまた難解な社名の「セブンアンドアイホールディングス」はグループ企業の看板を全てこれに統一しているようですが、「ヨーカドー」「セブンイレブン」「デニーズ」の方がよほど個性があって良かったと思うのは私だけでしょうか?個人的にはトイレットペーパーを売っているお店とご飯を食べるお店の看板が一緒というのはどうなの?と思ってしまいます。
色々と話が脱線してしまいましたが、社名と理念・戦略・事業のイメージが一致するというのは大変難しい課題だとは思います。これから、着実に近づけていきたいと思います。
コーポレートガバナンス
May 29, 2006
「とても難解な言葉だな・・・」初めて表題の言葉を聞いたときの素直な感想です。最近あちこちで言われている「コーポレートガバナンス」は直訳すると「企業統治」、すなわち企業を誰がどのように統治するのかということであり、株主のために企業経営が行われているかを監視する仕組み、と言えるかと思います。最近では不祥事などが目につくために、特に社長が独走したり、会社やスタッフが法律に違反しないようにするシステムが存在・機能しているか?というのが注目されているポイントではないでしょうか?
ちなみに、うちの会社は取締役1名、監査役2名を社外から選任していて、決議を採る前には必ず意見を聞くようにしています。社外取締役は欧米スタイルでストレートに意見を言います。また、取締役会には常時顧問弁護士も同席していて、法令遵守が維持されるように努めています。更に、毎週行われる経営会議には常勤監査役や管理部長も出席しており、牽制・チェック機能の役割を果たしています。そういう意味では客観的に見て、うちはガバナンス機能が十分に働いている会社だと思います。
一方で、これはあくまで個人的見解ですが、いくらシステムを整備しても、一人一人の気持ちの中に道徳に反する部分があったり、悪意があったりすれば、逃げ道はいくらでもあるわけで、最終的には社長を中心とするモラルの問題だと思います。変な話ですが、会社の経営をしたり、色んな社長と会っていると必ず誘惑があります。その誘惑に負けるかどうかが分かれ目なんだと思います。こういうことを書きながら自分に再度言い聞かせているという部分もあります。
最近のhirog、難しい話題が多くてすいません。市場ではコーポレートガバナンス強化が言われており、うちの会社でもK取締役を中心にコーポレートガバナンス報告書なるものを作成中で、この週末関係者の間で盛んにメールで意見交換が行われていたものでつい・・・。
ちなみに、うちの会社は取締役1名、監査役2名を社外から選任していて、決議を採る前には必ず意見を聞くようにしています。社外取締役は欧米スタイルでストレートに意見を言います。また、取締役会には常時顧問弁護士も同席していて、法令遵守が維持されるように努めています。更に、毎週行われる経営会議には常勤監査役や管理部長も出席しており、牽制・チェック機能の役割を果たしています。そういう意味では客観的に見て、うちはガバナンス機能が十分に働いている会社だと思います。
一方で、これはあくまで個人的見解ですが、いくらシステムを整備しても、一人一人の気持ちの中に道徳に反する部分があったり、悪意があったりすれば、逃げ道はいくらでもあるわけで、最終的には社長を中心とするモラルの問題だと思います。変な話ですが、会社の経営をしたり、色んな社長と会っていると必ず誘惑があります。その誘惑に負けるかどうかが分かれ目なんだと思います。こういうことを書きながら自分に再度言い聞かせているという部分もあります。
最近のhirog、難しい話題が多くてすいません。市場ではコーポレートガバナンス強化が言われており、うちの会社でもK取締役を中心にコーポレートガバナンス報告書なるものを作成中で、この週末関係者の間で盛んにメールで意見交換が行われていたものでつい・・・。
クラシック
May 28, 2006
私は音楽なら何でも好きなのですが、今日は久しぶりにクラシックCDを購入してきました。私の場合クラシックを聴きたいと思うときは、決まって日頃の生活に流されかけていてちょっと立ち止まってゆっくり考えたいという状態にあるようです(笑)。クラシックの中ではピアノが好きで、今日購入したのもピアノクラシックのオムニバスCDです。
早速聴いているのですが、ちょっと想像していたよりもスピードが速くて、個人的には考え事をするためにも、ゆっくり目の方が良かったなとは思ったのですが、さすがオムニバスとあって聴いたことのある曲がたくさん入っていて、つい懐かしく聞き入ってしまいました。
今ではこうして抵抗感なく聴いているクラシックですが、私は以前『hirog』(歌はともだち)でも触れたとおり音楽が大好きで指揮などもしていたにかかわらず、中学校の頃まではクラシックが嫌いで、音楽の時間にクラシックを聴かされるのがとても退屈でした。ドビュッシー、ドヴォルザーク、ヴィヴァルディなど、覚えにくい名前が多かったことも興味を持てなかった理由の1つかも知れません。
ただ、とある日に当時異性として気になっていたピアノを弾く女の子と話していたときに、私が「クラシックが苦手」という話をしたときに、その子がとても悲しそうにしていたのがしばらく頭に残っていて、いつか自分もクラシックを分かる男にならなくてはとは思っていました。
大学に入った頃は、ディスコソングのような煩い曲ばかりを聴いていたので、そのギャップもありある日急にクラシックを聴いてみたくなって、柄にもなく名曲集なるCDを買ってきて夜中に一人で聴いてみたら、どこかで聴いたことがある曲ばかりで、懐かしさもあいまって自然に涙が流れてきていました。
それ以来、たまにではありますが、ふと思い立ってはクラシックを聴いています。私はクラシックの専門家では無いですし、作曲家の名前もまともに覚えていないので、ただただ感性で聴いているタイプなので、恥かしくてとてもクラシックが好きという話はできません。作曲家と曲名を100%自信を持って言えるのは、私の母が大好きなシューマンの「トロイメライ」やドラマの主題歌だったショパンの「別れの曲」ぐらいかも知れません(笑)。最近も私が好きな曲の1つがサティという作曲家の「ジムノペディ」という曲だということを初めて知りました。
こんな話をした後で言いにくいのですが、うちの会社ではクラシックポータルサイト「ボーダレスミュージック」というのをピアニスト松本姉妹と共同運営しています。この詳細は機会があったらまたご紹介したいと思いますが、とっつきにくいクラシックというものをより気軽に一般の人々に知って欲しい、というコンセプトで運営しています。クラシックというと、なんとなく文化人じゃないとと思ったり、敷居が高いように思われがちなので、こういう活動には大賛成です。
こうして書いているうちに、聴いていたクラシックCDが終わりになったので、今日はこの辺にしようと思います。
「好きな女性がピアノを弾く傍らで、自分はゆったりしたソファーに座りワインを飲みながら目をつぶってその音色を聴く・・・」そんな光景を小さい頃から夢見ている三浦でした。
早速聴いているのですが、ちょっと想像していたよりもスピードが速くて、個人的には考え事をするためにも、ゆっくり目の方が良かったなとは思ったのですが、さすがオムニバスとあって聴いたことのある曲がたくさん入っていて、つい懐かしく聞き入ってしまいました。
今ではこうして抵抗感なく聴いているクラシックですが、私は以前『hirog』(歌はともだち)でも触れたとおり音楽が大好きで指揮などもしていたにかかわらず、中学校の頃まではクラシックが嫌いで、音楽の時間にクラシックを聴かされるのがとても退屈でした。ドビュッシー、ドヴォルザーク、ヴィヴァルディなど、覚えにくい名前が多かったことも興味を持てなかった理由の1つかも知れません。
ただ、とある日に当時異性として気になっていたピアノを弾く女の子と話していたときに、私が「クラシックが苦手」という話をしたときに、その子がとても悲しそうにしていたのがしばらく頭に残っていて、いつか自分もクラシックを分かる男にならなくてはとは思っていました。
大学に入った頃は、ディスコソングのような煩い曲ばかりを聴いていたので、そのギャップもありある日急にクラシックを聴いてみたくなって、柄にもなく名曲集なるCDを買ってきて夜中に一人で聴いてみたら、どこかで聴いたことがある曲ばかりで、懐かしさもあいまって自然に涙が流れてきていました。
それ以来、たまにではありますが、ふと思い立ってはクラシックを聴いています。私はクラシックの専門家では無いですし、作曲家の名前もまともに覚えていないので、ただただ感性で聴いているタイプなので、恥かしくてとてもクラシックが好きという話はできません。作曲家と曲名を100%自信を持って言えるのは、私の母が大好きなシューマンの「トロイメライ」やドラマの主題歌だったショパンの「別れの曲」ぐらいかも知れません(笑)。最近も私が好きな曲の1つがサティという作曲家の「ジムノペディ」という曲だということを初めて知りました。
こんな話をした後で言いにくいのですが、うちの会社ではクラシックポータルサイト「ボーダレスミュージック」というのをピアニスト松本姉妹と共同運営しています。この詳細は機会があったらまたご紹介したいと思いますが、とっつきにくいクラシックというものをより気軽に一般の人々に知って欲しい、というコンセプトで運営しています。クラシックというと、なんとなく文化人じゃないとと思ったり、敷居が高いように思われがちなので、こういう活動には大賛成です。
こうして書いているうちに、聴いていたクラシックCDが終わりになったので、今日はこの辺にしようと思います。
「好きな女性がピアノを弾く傍らで、自分はゆったりしたソファーに座りワインを飲みながら目をつぶってその音色を聴く・・・」そんな光景を小さい頃から夢見ている三浦でした。
任せるということ
May 27, 2006
上司に「この件は君に任せる」と言われたらどう思うでしょうか?
不安に思ったり萎縮してしまう人も中には居るのかも知れませんが、ほとんどの人は嬉しくてやる気が出てくるのではないでしょうか?
私は社会人になってから、幸いにして上司にそう言っていただくことが多かったので、やる気も維持できたし場数を踏んで成長もしてこれたのだと思っています。一方で、いざ自分が仕事を任せる立場になると、仕事を任せるということは、結構難しいことなのだと分かるようになりました。つまり「任せる」側にも相当な勇気と相手に対する信頼が無いと出来るものではないのです。
今こうして書きながら、どういう人なら任せられるか、というのを考えてみると、まず任せる仕事に関する知識、能力が備わっていて適切な判断、行動ができる人、というのが挙げられると思います。ただ大きな仕事になればなるほどこれに加えて、ある程度の成功体験をしていて、万が一失敗しても大丈夫な人、というのが意外に大事な要件になるような気がします。
というのは、失敗すると会社に損失が出るということは勿論なのですが、実はうまくいかなったときには、本人が一番ショックを受けたり落ち込んでしまいがちなのです。これを後々まで引きづってしまうと、思い切った行動が出来なくなったり、責任を感じて受身になってしまったり、ということがあります。特に成功体験なくして失敗をしてしまうと、負のスパイラル効果が働いてそれが癖みたいになってしまうことがあるので尚更のことです。
知識、能力が優れていても、仕事は予想通りに進むことの方が少ないですから、予期せぬ障害や事態が発生したときにどう反応するか、ということがとても重要になります。普段は冷静で適切なジャッジが出来るのに、イレギュラーなことが起こったときに通常では考えられないミスをしてしまう人は少なくありません。逆を返せば、経験値を積ませるために仕事を任せる、ということも言えると思います。
一方で、他人に任せるより自分がやるほうが早い、ということで部下がやるべき仕事を自分がやってしまったり、いつまでも細かく指示していたりすると、その部下はいつまでも依存から脱却できないまま、自分で考えたり解決する能力がついていかず、結果として育たないということもよくある盲点です。上司はいつまで経っても部下が育たないと嘆き、部下はいつまで経っても仕事を任せてくれないと文句を言い、部下の成長も会社の成長にもつながらないのです。こういった指示と委任のバランスはとても重要だと思います。
冒頭触れたように、上司がせっかく仕事を任せようと決断しても、部下がそれに応えてくれないこともあります。仕事を任せられると不安になったり萎縮してしまうタイプの人は、自分が間違った判断や行動をしてしまったらどうしようと思ってしまうのだと思います。ただ、そう考えること自体の方が間違いで、任せる側は万が一失敗したとしてもやむを得ないと覚悟の上で任せているわけ(リスクは想定済み)ですから、そこは上司が責任を取ってくれると甘えて、自信をもって精一杯遂行するように努めた方が良いと思います。
逆に自分に知識や能力や経験が十分に備わっていないのにもかかわらず「仕事を任せてくれない」と言っている人も少なくないように思います。勿論仕事を任せられるレベルにある人に対して任せないのは上司や会社の問題ですが、何の後ろ楯もなく「任せて欲しい」と要求するのは単なるわがままだと思いますし、そういう人に仕事を任せる上司は無責任だと思います。知識、能力、経験がなければ成功確率は少なくなります。自分を分かっていない人に限って成功することしか頭にないので、失敗したときのフォローやリカバリー策を考えておらず、うまくいかなったときに大きな損失を出したり、自信を一気に喪失してしまったりすることもあります。
「仕事を任せる」ということは、それだけその人を信用しているということです。逆に任された人はその信用に応えるように一生懸命頑張るのだと思います。そのお互いの信頼関係があれば、伸び伸びと仕事が出来て、成功確率が上がり、結果として個人も会社も成長するという正のスパイラルになるのだと思います。
うちの会社も、仕事を任せられるスタッフがどんどん増えていくことを期待していますし、スタッフの成長をとても楽しみにもしています。
不安に思ったり萎縮してしまう人も中には居るのかも知れませんが、ほとんどの人は嬉しくてやる気が出てくるのではないでしょうか?
私は社会人になってから、幸いにして上司にそう言っていただくことが多かったので、やる気も維持できたし場数を踏んで成長もしてこれたのだと思っています。一方で、いざ自分が仕事を任せる立場になると、仕事を任せるということは、結構難しいことなのだと分かるようになりました。つまり「任せる」側にも相当な勇気と相手に対する信頼が無いと出来るものではないのです。
今こうして書きながら、どういう人なら任せられるか、というのを考えてみると、まず任せる仕事に関する知識、能力が備わっていて適切な判断、行動ができる人、というのが挙げられると思います。ただ大きな仕事になればなるほどこれに加えて、ある程度の成功体験をしていて、万が一失敗しても大丈夫な人、というのが意外に大事な要件になるような気がします。
というのは、失敗すると会社に損失が出るということは勿論なのですが、実はうまくいかなったときには、本人が一番ショックを受けたり落ち込んでしまいがちなのです。これを後々まで引きづってしまうと、思い切った行動が出来なくなったり、責任を感じて受身になってしまったり、ということがあります。特に成功体験なくして失敗をしてしまうと、負のスパイラル効果が働いてそれが癖みたいになってしまうことがあるので尚更のことです。
知識、能力が優れていても、仕事は予想通りに進むことの方が少ないですから、予期せぬ障害や事態が発生したときにどう反応するか、ということがとても重要になります。普段は冷静で適切なジャッジが出来るのに、イレギュラーなことが起こったときに通常では考えられないミスをしてしまう人は少なくありません。逆を返せば、経験値を積ませるために仕事を任せる、ということも言えると思います。
一方で、他人に任せるより自分がやるほうが早い、ということで部下がやるべき仕事を自分がやってしまったり、いつまでも細かく指示していたりすると、その部下はいつまでも依存から脱却できないまま、自分で考えたり解決する能力がついていかず、結果として育たないということもよくある盲点です。上司はいつまで経っても部下が育たないと嘆き、部下はいつまで経っても仕事を任せてくれないと文句を言い、部下の成長も会社の成長にもつながらないのです。こういった指示と委任のバランスはとても重要だと思います。
冒頭触れたように、上司がせっかく仕事を任せようと決断しても、部下がそれに応えてくれないこともあります。仕事を任せられると不安になったり萎縮してしまうタイプの人は、自分が間違った判断や行動をしてしまったらどうしようと思ってしまうのだと思います。ただ、そう考えること自体の方が間違いで、任せる側は万が一失敗したとしてもやむを得ないと覚悟の上で任せているわけ(リスクは想定済み)ですから、そこは上司が責任を取ってくれると甘えて、自信をもって精一杯遂行するように努めた方が良いと思います。
逆に自分に知識や能力や経験が十分に備わっていないのにもかかわらず「仕事を任せてくれない」と言っている人も少なくないように思います。勿論仕事を任せられるレベルにある人に対して任せないのは上司や会社の問題ですが、何の後ろ楯もなく「任せて欲しい」と要求するのは単なるわがままだと思いますし、そういう人に仕事を任せる上司は無責任だと思います。知識、能力、経験がなければ成功確率は少なくなります。自分を分かっていない人に限って成功することしか頭にないので、失敗したときのフォローやリカバリー策を考えておらず、うまくいかなったときに大きな損失を出したり、自信を一気に喪失してしまったりすることもあります。
「仕事を任せる」ということは、それだけその人を信用しているということです。逆に任された人はその信用に応えるように一生懸命頑張るのだと思います。そのお互いの信頼関係があれば、伸び伸びと仕事が出来て、成功確率が上がり、結果として個人も会社も成長するという正のスパイラルになるのだと思います。
うちの会社も、仕事を任せられるスタッフがどんどん増えていくことを期待していますし、スタッフの成長をとても楽しみにもしています。
アナリスト向説明会
May 26, 2006
今日はアナリスト向けの決算説明会がありました。
この間の女性向け個人投資家とは打って変わってアナリスト(専門知識のもとに分析を行い主に投資家のために助言をしたりレポートを書く方)の方々が対象で、かつ決算説明会ということもあって数字が中心の説明会でした。
会社概要からはじまって決算概要、業績予想、そして今後の戦略と内容が豊富で準備したパワーポイントファイルも35頁にも及んでいたので、前回の時間配分の反省も踏まえ10分ごとに時間を確認しながら説明をしていたので、ちょうど時間ピッタリの45分で終了しました。今回もアドリブがほとんどでしたが、前回の説明会と重なる内容も多かったので、無難に終えたという感想です。手前味噌ながらいつも自分で説明をしているうちに、会社の将来についての自信が深まってきて、ますます説明に力が入ってくるのがいつものパターンです(笑)。
一通りの説明が終わると質問タイムになるのですが、アナリストの方々はたくさんの会社や経営者を見ていらっしゃって、皆さん冷静に分析されるので、いつもどういう質問が飛んでくるのかと緊張するのですが、本日の質問は、やはり今期業績予想の利益が伸びないことについてが多く、新しく始めた受託開発事業や先行投資のことについてのものもありました。説明会の模様は明日にでもホームページの動画で質疑応答も含めて紹介をする予定なので、関心のある方はそちらもご覧ください。
と綺麗なことばかり書いてきましたが、今日の説明会、実は心のうちは少しショックでした。事前にいただいていた参加者名簿の半分ぐらいしか出席がなかったのです。今の時期は説明会が集中していて忙しいとはいえ、個人的には残念でした。
ただ、私はそういう逆境(!?)があると逆に燃えるタイプなので、将来は大きな会場を埋め尽くすような、話題と期待の大きな会社になれるよう頑張っていこうと気持ちをあらたにしました。
まずは、今後数ヶ月以内に、メディアを集めての戦略説明会なるものを企画してみたいと考えています。
この間の女性向け個人投資家とは打って変わってアナリスト(専門知識のもとに分析を行い主に投資家のために助言をしたりレポートを書く方)の方々が対象で、かつ決算説明会ということもあって数字が中心の説明会でした。
会社概要からはじまって決算概要、業績予想、そして今後の戦略と内容が豊富で準備したパワーポイントファイルも35頁にも及んでいたので、前回の時間配分の反省も踏まえ10分ごとに時間を確認しながら説明をしていたので、ちょうど時間ピッタリの45分で終了しました。今回もアドリブがほとんどでしたが、前回の説明会と重なる内容も多かったので、無難に終えたという感想です。手前味噌ながらいつも自分で説明をしているうちに、会社の将来についての自信が深まってきて、ますます説明に力が入ってくるのがいつものパターンです(笑)。
一通りの説明が終わると質問タイムになるのですが、アナリストの方々はたくさんの会社や経営者を見ていらっしゃって、皆さん冷静に分析されるので、いつもどういう質問が飛んでくるのかと緊張するのですが、本日の質問は、やはり今期業績予想の利益が伸びないことについてが多く、新しく始めた受託開発事業や先行投資のことについてのものもありました。説明会の模様は明日にでもホームページの動画で質疑応答も含めて紹介をする予定なので、関心のある方はそちらもご覧ください。
と綺麗なことばかり書いてきましたが、今日の説明会、実は心のうちは少しショックでした。事前にいただいていた参加者名簿の半分ぐらいしか出席がなかったのです。今の時期は説明会が集中していて忙しいとはいえ、個人的には残念でした。
ただ、私はそういう逆境(!?)があると逆に燃えるタイプなので、将来は大きな会場を埋め尽くすような、話題と期待の大きな会社になれるよう頑張っていこうと気持ちをあらたにしました。
まずは、今後数ヶ月以内に、メディアを集めての戦略説明会なるものを企画してみたいと考えています。
叱るということ
May 25, 2006
昨日取材を受けた某雑誌の見本誌を読んでいたら「叱る」ことをテーマにした特集がありました。
最近減りつつある「叱って育てる」ことをあらためて見直そう、みたいな主旨だったのですが、その代表として松下電器の松下幸之助氏やイトーヨーカードーの鈴木敏文氏が紹介されていました。
確かに普段「叱る」「叱られる」シーンというのはあまり目にしなくなっている気がします。スパルタ教育的なものや体育会系的なものがあまり好ましくないものとする風潮が主流になっているのかも知れません。確かに度が過ぎたり、体罰を加えたり、感情だけで叱るのは良くないと思いますが、ときには「叱る」ことも必要なのだと思います。
私は自分が叱られた経験が少ないからか、基本的にあまり「叱る」ということはしません。特に仕事で失敗した場合には、相手は当然反省をしているだろうし、今度は同じ間違いをしないように注意するだろう、と考えるので同じことの繰り返しでない限りは注意を促す程度にとどめています。
しかしながら、こんな私も過去2回だけ部下を大剣幕で叱ったことがあります。
1回目は以前の会社にいたときの大卒の新入社員に対してだったのですが、彼が入社して間もなく私がコピーを指示したのに対して「こういう意味のない仕事は私のするべき仕事ではありません」と断ってきたときです。そのときは「自分は何様のつもりなんだ?会社はチームプレーで成り立っているものだし、地味な仕事だからといって馬鹿にしてはいけない!」と怒鳴りつけました。そのときは彼はすぐに担当役員にクレームを言って結局会社を辞めていきました。私は自分のやったことが間違っていないという自信はあったものの、会社がせっかく時間とコストを費やして採用した新しい戦力を失わせてしまったことにしばらく罪悪感を感じていました。
2回目はうちの会社が南大沢にオフィスがあったときです。その社員はとにかく会社の文句ばかりを言っていて、指示に反して勝手に自分で仕事を進める傾向があったのですが、周りへの悪影響も次第に大きくなってきたので、たまりかねた私が注意したことに対して屈辱的な捨てゼリフを吐いたので、すぐに会議室に呼び込み、大声で叱りました。私がそういう行動をすること自体初めてのことだったので、社員は驚いて聞き耳を立てていたようで、私の声がただでさえ大きいので、結局全員が知るところとなり、社内騒然となったことがあります。
今振り返ってみると、私は自己中心的な人や筋が通ってないことに対して叱るのだと思います。
叱って育てるか、誉めて育てるかは育てる側にもよると思いますが、育てられる人のタイプ(自己反省改善が可能かどうか)にもよるのかも知れません。ただ部下に対しての接し方が異なると、不公平感が出て贔屓とかにも見られかねないので難しいところです。
ちなみに、既述したコピー作業拒否で辞めていった新入社員は、某大手IT企業を経て独立して社長となりました。社長となってしばらくしてからメールがあり、「当時は自分が間違っていました。大変恥かしい限りです。
今は三浦さんがおっしゃっていたことを肌身で感じています」と書いてありました。それを見て、私は10年ぶりに胸を撫でおろすとともに、彼も成長したものだなと思っていたら、その会社は株式上場を果たしました。
最近減りつつある「叱って育てる」ことをあらためて見直そう、みたいな主旨だったのですが、その代表として松下電器の松下幸之助氏やイトーヨーカードーの鈴木敏文氏が紹介されていました。
確かに普段「叱る」「叱られる」シーンというのはあまり目にしなくなっている気がします。スパルタ教育的なものや体育会系的なものがあまり好ましくないものとする風潮が主流になっているのかも知れません。確かに度が過ぎたり、体罰を加えたり、感情だけで叱るのは良くないと思いますが、ときには「叱る」ことも必要なのだと思います。
私は自分が叱られた経験が少ないからか、基本的にあまり「叱る」ということはしません。特に仕事で失敗した場合には、相手は当然反省をしているだろうし、今度は同じ間違いをしないように注意するだろう、と考えるので同じことの繰り返しでない限りは注意を促す程度にとどめています。
しかしながら、こんな私も過去2回だけ部下を大剣幕で叱ったことがあります。
1回目は以前の会社にいたときの大卒の新入社員に対してだったのですが、彼が入社して間もなく私がコピーを指示したのに対して「こういう意味のない仕事は私のするべき仕事ではありません」と断ってきたときです。そのときは「自分は何様のつもりなんだ?会社はチームプレーで成り立っているものだし、地味な仕事だからといって馬鹿にしてはいけない!」と怒鳴りつけました。そのときは彼はすぐに担当役員にクレームを言って結局会社を辞めていきました。私は自分のやったことが間違っていないという自信はあったものの、会社がせっかく時間とコストを費やして採用した新しい戦力を失わせてしまったことにしばらく罪悪感を感じていました。
2回目はうちの会社が南大沢にオフィスがあったときです。その社員はとにかく会社の文句ばかりを言っていて、指示に反して勝手に自分で仕事を進める傾向があったのですが、周りへの悪影響も次第に大きくなってきたので、たまりかねた私が注意したことに対して屈辱的な捨てゼリフを吐いたので、すぐに会議室に呼び込み、大声で叱りました。私がそういう行動をすること自体初めてのことだったので、社員は驚いて聞き耳を立てていたようで、私の声がただでさえ大きいので、結局全員が知るところとなり、社内騒然となったことがあります。
今振り返ってみると、私は自己中心的な人や筋が通ってないことに対して叱るのだと思います。
叱って育てるか、誉めて育てるかは育てる側にもよると思いますが、育てられる人のタイプ(自己反省改善が可能かどうか)にもよるのかも知れません。ただ部下に対しての接し方が異なると、不公平感が出て贔屓とかにも見られかねないので難しいところです。
ちなみに、既述したコピー作業拒否で辞めていった新入社員は、某大手IT企業を経て独立して社長となりました。社長となってしばらくしてからメールがあり、「当時は自分が間違っていました。大変恥かしい限りです。
今は三浦さんがおっしゃっていたことを肌身で感じています」と書いてありました。それを見て、私は10年ぶりに胸を撫でおろすとともに、彼も成長したものだなと思っていたら、その会社は株式上場を果たしました。
新社名決定!
May 24, 2006
本日ネットビレッジの新しい社名が決定しました。その名は『fonfun』(フォンファン)です。多分、最初に聞くと何のことか分からない方も多いのではないかと思います。それも当然で『fonfun』は『Phoenix(鳳凰)』から連想した造語なのです。
まず、『鳳凰』の中国語読みの日本語カタカナ表記が『フォンファン』となるのですが、『鳳凰』は女性のトップを表す架空上の鳥の王様である「鳳」を表現するとともに、「不死鳥」や「蘇生者」という意味を持ち、蘇って大きく羽ばたく姿が当社の現在と将来のイメージに一致している、というのが挙げられます。また『鳳凰』は雄と雌の融合とも言われ、うちの会社の戦略であるCOC(境界を越えて融合させる)にピタリと合致しています。
次に、『フォンファン』を英語表記にすると「phone fun」(携帯電話の楽しさ)もしくは「phone fan」(携帯電話の熱狂的なファン)となり、携帯を使って生活をより豊かにするといううちの会社のサービスコンセプトにマッチしている、ということがあります。
最後に、これは後付の自己満足(笑)になってしまうのですが、私の中国語名(4/25付『hirog』(私の中国名)参照)が龍をベースにしているので、私(男性トップの象徴の龍)と会社(女性トップの象徴の鳳凰)が高いレベルで融合することで大いなる果実を生み出す、ということも言えると思っています。
今回の新社名の一般公募は4月17日から5月21日までの間に行われ、応募いただいた数は約750通に及びました。応募いただいた方々、本当にありがとうございま
す。応募いただいた中で最も多かったのは、「ネット」や「モバイル」が付いた名前でした。次に多かったのが「ポータル」や「ネクスト」、「ビレッジ」、「リモート」の付くものです。また、同名応募では中国法人の名前の「アミムラ」が3通ありました。
裏話になりますが、実は『fonfun』に決定する直前まで、ほぼ内定していた社名候補があったのですが、たまたま昨年から役員の間で候補に挙がっていた名前でもあったので、なんとなく新鮮味に欠けていて踏ん切りがつかないでいました。そこへ彗星の如く現れたのが『fonfun』でした。
ではhirog特別企画、その社名が決まるまでの再現を・・・
三浦:「既に内定している社名でいいでしょうか?」
全取締役:「・・・」
三浦:「最近応募があった社名候補で『Phoenix』というのがあり、蘇生者という意味を持つ架空の鳥の王様で、当社のイメージに近いのですが、ドメインが取れないのです」
全取締役:「・・・」
三浦:「あまり関係ないのですがPhoenixは中国語では『鳳凰』と書いて「フォンファン」っていうんです」
K取締役:「その名前、良くないですか?」
他取締役:「いいかも知れない」
三浦:「そうですか?でも「フォンファン」の発音自体はphone funともphone fanにもなるのでいいのですが、fenghuangというスペルが分かりにくいと思うのです・・・」
K取締役:「では音から取った造語にして例えばfonfunにしてはどうですか?」
S取締役:「それだとデザインも作りやすいし、fがつながるとフォルテッシモ(ff)の強い感じも出て更にいいかも知れない」
全取締役:「確かに・・・」
それまで生みの苦しみが長かった反動か、ほんの10分で新社名が決まった瞬間でした。
社名決定後、スタッフを集めて新社名発表会を開き、「平成」の年号が決まったときのように社名を入れた額(本当はクリアホルダーだったのですが)を掲げて発表したのですが、やはり新しい言葉によるのか大きなリアクションはありませんでした。
ただ、私は初めて聞く言葉だからこそ、新しく、飽きが来ないと確信していますし、日に日に趣が出てきて愛着が涌いてくる気がします。
新社名移行には色々な準備が必要なため、正式運用は10月を予定していますが、これから『fonfun』旋風を巻き起こしていきたいと思っています。
まず、『鳳凰』の中国語読みの日本語カタカナ表記が『フォンファン』となるのですが、『鳳凰』は女性のトップを表す架空上の鳥の王様である「鳳」を表現するとともに、「不死鳥」や「蘇生者」という意味を持ち、蘇って大きく羽ばたく姿が当社の現在と将来のイメージに一致している、というのが挙げられます。また『鳳凰』は雄と雌の融合とも言われ、うちの会社の戦略であるCOC(境界を越えて融合させる)にピタリと合致しています。
次に、『フォンファン』を英語表記にすると「phone fun」(携帯電話の楽しさ)もしくは「phone fan」(携帯電話の熱狂的なファン)となり、携帯を使って生活をより豊かにするといううちの会社のサービスコンセプトにマッチしている、ということがあります。
最後に、これは後付の自己満足(笑)になってしまうのですが、私の中国語名(4/25付『hirog』(私の中国名)参照)が龍をベースにしているので、私(男性トップの象徴の龍)と会社(女性トップの象徴の鳳凰)が高いレベルで融合することで大いなる果実を生み出す、ということも言えると思っています。
今回の新社名の一般公募は4月17日から5月21日までの間に行われ、応募いただいた数は約750通に及びました。応募いただいた方々、本当にありがとうございま
す。応募いただいた中で最も多かったのは、「ネット」や「モバイル」が付いた名前でした。次に多かったのが「ポータル」や「ネクスト」、「ビレッジ」、「リモート」の付くものです。また、同名応募では中国法人の名前の「アミムラ」が3通ありました。
裏話になりますが、実は『fonfun』に決定する直前まで、ほぼ内定していた社名候補があったのですが、たまたま昨年から役員の間で候補に挙がっていた名前でもあったので、なんとなく新鮮味に欠けていて踏ん切りがつかないでいました。そこへ彗星の如く現れたのが『fonfun』でした。
ではhirog特別企画、その社名が決まるまでの再現を・・・
三浦:「既に内定している社名でいいでしょうか?」
全取締役:「・・・」
三浦:「最近応募があった社名候補で『Phoenix』というのがあり、蘇生者という意味を持つ架空の鳥の王様で、当社のイメージに近いのですが、ドメインが取れないのです」
全取締役:「・・・」
三浦:「あまり関係ないのですがPhoenixは中国語では『鳳凰』と書いて「フォンファン」っていうんです」
K取締役:「その名前、良くないですか?」
他取締役:「いいかも知れない」
三浦:「そうですか?でも「フォンファン」の発音自体はphone funともphone fanにもなるのでいいのですが、fenghuangというスペルが分かりにくいと思うのです・・・」
K取締役:「では音から取った造語にして例えばfonfunにしてはどうですか?」
S取締役:「それだとデザインも作りやすいし、fがつながるとフォルテッシモ(ff)の強い感じも出て更にいいかも知れない」
全取締役:「確かに・・・」
それまで生みの苦しみが長かった反動か、ほんの10分で新社名が決まった瞬間でした。
社名決定後、スタッフを集めて新社名発表会を開き、「平成」の年号が決まったときのように社名を入れた額(本当はクリアホルダーだったのですが)を掲げて発表したのですが、やはり新しい言葉によるのか大きなリアクションはありませんでした。
ただ、私は初めて聞く言葉だからこそ、新しく、飽きが来ないと確信していますし、日に日に趣が出てきて愛着が涌いてくる気がします。
新社名移行には色々な準備が必要なため、正式運用は10月を予定していますが、これから『fonfun』旋風を巻き起こしていきたいと思っています。
月曜日
May 23, 2006
月曜日はいつもバタバタしているうちにあっという間に1日が過ぎています。
今日も今やっと仕事が一通り終わり家の近くにあるとあるレストランで、約3時間は放っておかれたであろう煮詰まりきったホットコーヒーを飲みながら書いています。この時間になると人件費の削減効果でどうしてもこういうところがいい加減になってしまうのでしょう。
私の月曜日は朝の経営会議から始まります。毎週月曜日の朝8時30分から開かれるこの経営会議には常勤役員と管理部長が参加して、経営にかかわる事項やオペレーションに関する様々な話題について協議します。K取締役はなぜか毎回キッカリ数分遅れて出席します(多分電車が同じなのでしょう)。10時からはプロデューサー会議というのがあり、プロデューサー(収益部門の責任者)と一部のマネージャー(サポート部門の責任者)参加のもと、前今週の動きや特筆すべき事項について報告・協議が行われます。遠路通勤するMプロデューサーはたまに遅刻して私に突っ込まれます。うちの会社は裁量労働制とフレックスタイム制を採っているので、出勤時間は割りとフレキシブルなのですが、月曜日ばかりは早めに来なければならないのです。プロデューサー会議の後、取締役会がある場合には通常J取締役のために11時から開催されるのですが、当のJ取締役はなぜか毎回数分遅れて出席します。普段車で移動しているはずなのに、計ったように数分遅れるから不思議です。
私はオフィスにいるときには昼ご飯を外に食べに行く時間がもったいなくて、いつも何かを買ってきて食べるのですが、月曜日には昼食を食べる時間も無くなることが多々あります(今日はあまりにお腹が空いたので食べながら会議に参加してしまいました)。
うちの会社には毎月1回、社員全員出席で行われる定例会というのがあり、通常は取締役会開催日の午後に合わせて行われるため、取締役会で決議された内容の報告や月間の大まかな事業の進捗についての報告、新入社員(準社員含む)の紹介などが行われます。最近は人を増やしていることもあり、毎月誰かしら紹介するスタッフがいます。
また、通常部長やプロデューサー、マネージャーを中心に開かれる部会と呼ばれる部署毎の会議体も月曜日の午後に実施されることが多く、プロデューサー会議内容の報告や部署毎の各案件の進捗報告などが行われます。当然のことですが私の直轄のところは私が参加しています。
このように、多いときには月曜日のほとんど丸1日が会議になってしまいます。
ちなみに今日はたまたま、通常の社内会議に加えて来客が5件、採用面談が1件あったので、夜まで全くデスクワークができませんでした。
そして、やっと一息・・・と思って飲もうとしたコーヒーが、妙にドロドロとしていて、なぜか油が浮いている・・・、こんな瞬間の私の心境を想像してみてください。
今日はもう帰って寝ることにします。
今日も今やっと仕事が一通り終わり家の近くにあるとあるレストランで、約3時間は放っておかれたであろう煮詰まりきったホットコーヒーを飲みながら書いています。この時間になると人件費の削減効果でどうしてもこういうところがいい加減になってしまうのでしょう。
私の月曜日は朝の経営会議から始まります。毎週月曜日の朝8時30分から開かれるこの経営会議には常勤役員と管理部長が参加して、経営にかかわる事項やオペレーションに関する様々な話題について協議します。K取締役はなぜか毎回キッカリ数分遅れて出席します(多分電車が同じなのでしょう)。10時からはプロデューサー会議というのがあり、プロデューサー(収益部門の責任者)と一部のマネージャー(サポート部門の責任者)参加のもと、前今週の動きや特筆すべき事項について報告・協議が行われます。遠路通勤するMプロデューサーはたまに遅刻して私に突っ込まれます。うちの会社は裁量労働制とフレックスタイム制を採っているので、出勤時間は割りとフレキシブルなのですが、月曜日ばかりは早めに来なければならないのです。プロデューサー会議の後、取締役会がある場合には通常J取締役のために11時から開催されるのですが、当のJ取締役はなぜか毎回数分遅れて出席します。普段車で移動しているはずなのに、計ったように数分遅れるから不思議です。
私はオフィスにいるときには昼ご飯を外に食べに行く時間がもったいなくて、いつも何かを買ってきて食べるのですが、月曜日には昼食を食べる時間も無くなることが多々あります(今日はあまりにお腹が空いたので食べながら会議に参加してしまいました)。
うちの会社には毎月1回、社員全員出席で行われる定例会というのがあり、通常は取締役会開催日の午後に合わせて行われるため、取締役会で決議された内容の報告や月間の大まかな事業の進捗についての報告、新入社員(準社員含む)の紹介などが行われます。最近は人を増やしていることもあり、毎月誰かしら紹介するスタッフがいます。
また、通常部長やプロデューサー、マネージャーを中心に開かれる部会と呼ばれる部署毎の会議体も月曜日の午後に実施されることが多く、プロデューサー会議内容の報告や部署毎の各案件の進捗報告などが行われます。当然のことですが私の直轄のところは私が参加しています。
このように、多いときには月曜日のほとんど丸1日が会議になってしまいます。
ちなみに今日はたまたま、通常の社内会議に加えて来客が5件、採用面談が1件あったので、夜まで全くデスクワークができませんでした。
そして、やっと一息・・・と思って飲もうとしたコーヒーが、妙にドロドロとしていて、なぜか油が浮いている・・・、こんな瞬間の私の心境を想像してみてください。
今日はもう帰って寝ることにします。
出店
May 22, 2006
仮設テントながら目立つ店構えで、ちょっとコワオモテのおじさん達が元気のいい声をあげて呼び込みをしている、出店に対する私のイメージです。
私は小さい頃から出店が大好きでした。出店の定番と言えば、食べ物で言えば「たこ焼き」・「焼きそば」・「お好み焼き」・「わたあめ」、食べ物以外でいえば「お面」・「くじ引き」・「金魚すくい」などでしょうか?夏だとカキ氷も多いですね。
昔は出店はリピートを見込む必要が無かったのか、たこ焼きと言いつつ「たこ」が入っていなかったり、お好み焼きが半焼きといったようにお粗末なことも多かったと思います。でも売っている人が怖くて文句言えなかった人も多いのではないでしょうか?最近はお客さんも賢くなって、味がおいしい店には人だかりができて、おいしくない店には閑散としていることが多く、明暗が分かれてきているように思います。
私は出店で一番好きなのはなんといっても金魚すくいでした(もっともすくうのが好きなだけでその後きちんと面倒を見ないのですが・・・)。そのうちに亀(ミドリ亀)すくいが出来て(私はこれも得意でした)、最近ではスーパーボールすくいが多くなってしまったのは残念なことです。
金魚すくいのコツは、まずモナカを挟んでいる洗濯バサミがおじさんの手で濡れていることが多いので、洗濯バサミの挟んでいる箇所を変えてモナカの乾いたところに差し替えます。次に勇気をもってあせらずに自信をもって標的を頭の方からすくい上げ、すくったときにさっと水を捨てて重量を減らすのがコツです。よく空気を吸いに上がってくる金魚を狙えと言いますが、頻繁に上がってくる金魚は弱ってるのですくってもすぐ天国行きになってしまうので注意が必要です。なんか金魚すくい講座になってきた(笑)のでそろそろ話題を変えますが、金魚すくい以外では、くじ引きやアポロガム(知っている人は年齢がバレちゃいますね(笑))のように針で型を抜くゲームが大好きでよくやっていました。食べ物は二の次だったのですが、リンゴ飴が大好きで2日ぐらいかけて食べていたのを思い出します。以前はお面とかが全盛でしたが、最近ではめっきり少なくなったように思います。
ところで、私は出店と言ってしまうのですが、一般的には屋台ということが多いのでしょうか?私は屋台というと移動式のおでんやラーメン屋で、お酒がつきもの、みたいなイメージがあるので、子供の頃から大好きだった音の響きとしては「出店」が一番ワクワクします。
大人になって、冷静になって、衛生面とか、原価とかを考えると、食べて大丈夫なのだろうか?とか、ぼったくり商売だなと思うこともあるのですが、そこはお祭りということでご愛嬌かなと思います。
書いているうちにほかほかのじゃがバターが食べたくなってきました・・・。
私は小さい頃から出店が大好きでした。出店の定番と言えば、食べ物で言えば「たこ焼き」・「焼きそば」・「お好み焼き」・「わたあめ」、食べ物以外でいえば「お面」・「くじ引き」・「金魚すくい」などでしょうか?夏だとカキ氷も多いですね。
昔は出店はリピートを見込む必要が無かったのか、たこ焼きと言いつつ「たこ」が入っていなかったり、お好み焼きが半焼きといったようにお粗末なことも多かったと思います。でも売っている人が怖くて文句言えなかった人も多いのではないでしょうか?最近はお客さんも賢くなって、味がおいしい店には人だかりができて、おいしくない店には閑散としていることが多く、明暗が分かれてきているように思います。
私は出店で一番好きなのはなんといっても金魚すくいでした(もっともすくうのが好きなだけでその後きちんと面倒を見ないのですが・・・)。そのうちに亀(ミドリ亀)すくいが出来て(私はこれも得意でした)、最近ではスーパーボールすくいが多くなってしまったのは残念なことです。
金魚すくいのコツは、まずモナカを挟んでいる洗濯バサミがおじさんの手で濡れていることが多いので、洗濯バサミの挟んでいる箇所を変えてモナカの乾いたところに差し替えます。次に勇気をもってあせらずに自信をもって標的を頭の方からすくい上げ、すくったときにさっと水を捨てて重量を減らすのがコツです。よく空気を吸いに上がってくる金魚を狙えと言いますが、頻繁に上がってくる金魚は弱ってるのですくってもすぐ天国行きになってしまうので注意が必要です。なんか金魚すくい講座になってきた(笑)のでそろそろ話題を変えますが、金魚すくい以外では、くじ引きやアポロガム(知っている人は年齢がバレちゃいますね(笑))のように針で型を抜くゲームが大好きでよくやっていました。食べ物は二の次だったのですが、リンゴ飴が大好きで2日ぐらいかけて食べていたのを思い出します。以前はお面とかが全盛でしたが、最近ではめっきり少なくなったように思います。
ところで、私は出店と言ってしまうのですが、一般的には屋台ということが多いのでしょうか?私は屋台というと移動式のおでんやラーメン屋で、お酒がつきもの、みたいなイメージがあるので、子供の頃から大好きだった音の響きとしては「出店」が一番ワクワクします。
大人になって、冷静になって、衛生面とか、原価とかを考えると、食べて大丈夫なのだろうか?とか、ぼったくり商売だなと思うこともあるのですが、そこはお祭りということでご愛嬌かなと思います。
書いているうちにほかほかのじゃがバターが食べたくなってきました・・・。
タバコ
May 21, 2006
私は大学生の頃からずっと一筋に同じタバコを吸っていました。銘柄はLARK MILDというタバコです。好奇心旺盛な私は当時の全ての種類のタバコを吸ってみてその中で選んだものなので間違いはありません(笑)。逆に言うとLARK(MILDが無い場合は赤LARKを吸っていた)以外はおいしいとは思わなかったので、LARKが無かったら元からタバコは吸っていなかったかも知れません。
途中何度か禁煙をしようと思い、何度か数ヶ月禁煙をしたこともあるのですが、飲んでいるとき、麻雀をしているとき、ストレスが溜まったとき、などはどうしても吸いたくなって、周りの人に薦められるのをキッカケについ元に戻ってしまっていました。
中国ではLARK MILDが売っていないので、これは禁煙のチャンスかと思ったのですが、日本にいるときよりも飲みに行く機会が多くなったので、結局成田空港で買いだめして中国でも喫煙者のままでした。
そんなとき、私が社長をすることになり、その初めての挨拶のときに、「うちの会社は約束を守らないことがあるので、1人1人約束は守るようにしましょう」という話をしていて、何か自分でも約束をしようと思ったのです、仕事では立場上も守れることが多いため、そのときの思いつきで禁煙を宣言してしまったのです。
ただ、実際言ってはみたものの、今まで1日1箱半ぐらい吸っていたタバコをやめることは容易ではなく、数ヶ月の間は毎日吸いたくてたまりませんでした。人間はダメと言われると尚更それが気になる習性があり、吸ってはいけないと思うとますます吸いたくなってくるので、吸いたいときは吸えるという気持ちを落ち着かせるために、当面の間カバンやポケットにはタバコを入れていたぐらいです。また、中国では接待などで自分がタバコを吸うときにタバコを上げるのがマナーみたいになっているらしく、よく薦められるのですが、以前吸っていただけに断るのは結構大変でした。
タバコを辞めると食事がおいしくなる、とよく言いますが、これはある意味正しくてタバコを吸っていると味覚が多少おかしくなったり、お腹が比較的空かなくなったりするような気がします。私もタバコを辞めてから食事が何よりの楽しみになっています(その割には体重は依然として変わらないのが悩みですが)。
禁煙宣言からかれこれ1年半以上になりますが、実は今でもタバコを吸いたくなるときがあります。今日も知り合いの人と飲みに行っていて、彼はヘビースモーカーなために何度も薦められてかなりしんどい思いをしました。
これからもタバコを吸いたくなるときがあると思いますが、なんとか自分と闘っていきたいと思います。
途中何度か禁煙をしようと思い、何度か数ヶ月禁煙をしたこともあるのですが、飲んでいるとき、麻雀をしているとき、ストレスが溜まったとき、などはどうしても吸いたくなって、周りの人に薦められるのをキッカケについ元に戻ってしまっていました。
中国ではLARK MILDが売っていないので、これは禁煙のチャンスかと思ったのですが、日本にいるときよりも飲みに行く機会が多くなったので、結局成田空港で買いだめして中国でも喫煙者のままでした。
そんなとき、私が社長をすることになり、その初めての挨拶のときに、「うちの会社は約束を守らないことがあるので、1人1人約束は守るようにしましょう」という話をしていて、何か自分でも約束をしようと思ったのです、仕事では立場上も守れることが多いため、そのときの思いつきで禁煙を宣言してしまったのです。
ただ、実際言ってはみたものの、今まで1日1箱半ぐらい吸っていたタバコをやめることは容易ではなく、数ヶ月の間は毎日吸いたくてたまりませんでした。人間はダメと言われると尚更それが気になる習性があり、吸ってはいけないと思うとますます吸いたくなってくるので、吸いたいときは吸えるという気持ちを落ち着かせるために、当面の間カバンやポケットにはタバコを入れていたぐらいです。また、中国では接待などで自分がタバコを吸うときにタバコを上げるのがマナーみたいになっているらしく、よく薦められるのですが、以前吸っていただけに断るのは結構大変でした。
タバコを辞めると食事がおいしくなる、とよく言いますが、これはある意味正しくてタバコを吸っていると味覚が多少おかしくなったり、お腹が比較的空かなくなったりするような気がします。私もタバコを辞めてから食事が何よりの楽しみになっています(その割には体重は依然として変わらないのが悩みですが)。
禁煙宣言からかれこれ1年半以上になりますが、実は今でもタバコを吸いたくなるときがあります。今日も知り合いの人と飲みに行っていて、彼はヘビースモーカーなために何度も薦められてかなりしんどい思いをしました。
これからもタバコを吸いたくなるときがあると思いますが、なんとか自分と闘っていきたいと思います。
中国安徽省
May 20, 2006
本日リリースしたのですが、中国の安徽省というところに開発スタジオをつくりました。
実はこれは私の筋金入りのプロジェクトであると同時に紆余曲折もあったので、とても感慨深いものがあります。
今日はたまたまその安徽省に居ました。この安徽省というところの存在は、私の中国人の友人の出身地として知ったのが初めで、中国現地法人で私のアシスタントをしてくれていた人も安徽省出身でした。私が出会った安徽省の人は皆正直で親切で他人のことを考えれる人間が多かったので、もとから好印象は持っていました。とはいえ、ビジネスは別問題ですから、昨年1年ぐらいの間、候補地の選定や候補地の視察と体制の検討を行い、総合的な観点から安徽省に決定しました。
安徽省の省都である合肥市へは飛行機が便利(車で6時間、電車だと8時間かかる)で、上海からはわずか45分です。(ただ合肥市から上海へ戻るときは上海の空港でタクシーを1時間ぐらい待つことがあります・・・)合肥空港は小さいので長い距離を歩いたり迷ったり待たされることがなく、空港からタクシーに乗るときにも並ばなくて済みます。次にタクシーの初乗り料金は上海が11元(上海経済新聞にもあるとおり5月に値上)であるのに対し、なんと5元です。
合肥市に降り立つととにかくほっとします。昔の日本はこうだったのかも知れないと思わせるようなほのぼのとした光景と静かな街並みが続きます。車でしばらく走ると工場がたくさん並ぶ開発地域に入り、その一角に今回の開発スタジオはあります。
安徽省の人の発音は、個人的には上海の人と微妙に違うので聞き取りにくい部分もあるのですが話しかけたくなる雰囲気があります。スタッフ全員で昼食を共にしたのですが、すごく素朴で、皆発言するときにわざわざ立つような実直ぶりです。安徽料理も割りと日本人に合うような気がします。
今回は開発受託業務でのやり取りの可能性が高い日本本社のプロデューサーGとSを伴って来たのですが、彼ら二人も「帰りたくない」・「ここだと仕事がはかどる」と口々に言っていたぐらいですから、それだけストレスとは無縁のような環境と仕事に集中できる空間なのだと思います。
今回は、合肥市のオフィスの視察とメンバーとの初顔合わせ、今後の経営体制と採用面談、具体的な案件についての協議などを行ってきたのですが、20名ほどのまだまだ若いスタッフが多く、これからの成長が楽しみです。
将来的にはここを世界で最も注目されるモバイル開発拠点にしたいという夢をもっています。
実はこれは私の筋金入りのプロジェクトであると同時に紆余曲折もあったので、とても感慨深いものがあります。
今日はたまたまその安徽省に居ました。この安徽省というところの存在は、私の中国人の友人の出身地として知ったのが初めで、中国現地法人で私のアシスタントをしてくれていた人も安徽省出身でした。私が出会った安徽省の人は皆正直で親切で他人のことを考えれる人間が多かったので、もとから好印象は持っていました。とはいえ、ビジネスは別問題ですから、昨年1年ぐらいの間、候補地の選定や候補地の視察と体制の検討を行い、総合的な観点から安徽省に決定しました。
安徽省の省都である合肥市へは飛行機が便利(車で6時間、電車だと8時間かかる)で、上海からはわずか45分です。(ただ合肥市から上海へ戻るときは上海の空港でタクシーを1時間ぐらい待つことがあります・・・)合肥空港は小さいので長い距離を歩いたり迷ったり待たされることがなく、空港からタクシーに乗るときにも並ばなくて済みます。次にタクシーの初乗り料金は上海が11元(上海経済新聞にもあるとおり5月に値上)であるのに対し、なんと5元です。
合肥市に降り立つととにかくほっとします。昔の日本はこうだったのかも知れないと思わせるようなほのぼのとした光景と静かな街並みが続きます。車でしばらく走ると工場がたくさん並ぶ開発地域に入り、その一角に今回の開発スタジオはあります。
安徽省の人の発音は、個人的には上海の人と微妙に違うので聞き取りにくい部分もあるのですが話しかけたくなる雰囲気があります。スタッフ全員で昼食を共にしたのですが、すごく素朴で、皆発言するときにわざわざ立つような実直ぶりです。安徽料理も割りと日本人に合うような気がします。
今回は開発受託業務でのやり取りの可能性が高い日本本社のプロデューサーGとSを伴って来たのですが、彼ら二人も「帰りたくない」・「ここだと仕事がはかどる」と口々に言っていたぐらいですから、それだけストレスとは無縁のような環境と仕事に集中できる空間なのだと思います。
今回は、合肥市のオフィスの視察とメンバーとの初顔合わせ、今後の経営体制と採用面談、具体的な案件についての協議などを行ってきたのですが、20名ほどのまだまだ若いスタッフが多く、これからの成長が楽しみです。
将来的にはここを世界で最も注目されるモバイル開発拠点にしたいという夢をもっています。
TVゲーム
May 19, 2006
私にとってTVゲームの歴史は結構古く小学校まで遡ります。ちょうどその頃はTVゲームが生まれた頃でした。ちなみにTVゲームというのは今でも稀に喫茶店などにおいてあるテーブルの上がゲーム画面になっているコンピューターゲームのことです。
近所のお店にTVゲームが出来たという噂を聞きつけ、好奇心旺盛な私は早速見にいったのですが、既にゲームの周りを多くの人が取り囲むほどの人気で、その日はプレーをすることができませんでした。なんとかやりたいと思った私は、毎日夕方遅くちょうどお店が締まる頃にそこへ行くことにし、やっと念願の「ブロック崩し」をしたのでした。「ブロック崩し」はTVゲームの元祖と言える名作です。
器用な私はすぐにブロック崩しを制覇してしまい、制覇した後は店が閉まるまでずっとブロックのない画面でボールだけを弾いていました(当時のブロック崩しは終わりが無かったのです)。その後に入荷した「インベーダーゲーム」も名古屋打ち(インベーダーが極端に接近すると攻撃をしてこないという裏技)をほどなくマスターし、次に出てきた「UFO」や「ギャラクシーウォーズ」でも友達から羨望の目で見られるほどの腕前でした。
当時はゲームセンター嵐という漫画があったのですが、現実にはあり得ない裏技でギャラクシーウォーズなどで高得点をマークするもので、このせいでTVゲームブームは一層盛り上がっていました。
私は小学校からずっとサッカーをしていたので、それでも小学校・中学校時代は時間が限られていたのですが、高校の途中でサッカー部を辞めてから、かなりゲームにはまってしまった時期がありました。私の高校は自主性を重んじる学校だったので、学校へ行かなくても試験で点を取っていれば咎められることは無かったので、ゲームセンターに入り浸っていたこともあります。ただそのせいでわずか1ヶ月で100番(360人中)も試験順位が落ちてしまいました。その頃はゲーム雑誌でゲームの種類ごとに日本一を競うコーナーがあったのですが、その日本一の人の数倍の点数を取っていたぐらいです(あまり自慢にならないですね(笑))。中でも「ボンジャック」という障害をかわしながら順番に風船を割っていくゲームが得意で、ゲームセンターの開店から閉店まで50円(ワンコイン)で遊び続けれたことを覚えています。
それほどゲーム好きだった私ですが、ある日このままではいけないと急に思いたち、突然ゲームをすることを辞めました。それ以来は意図的にゲームからは離れるようにしています(社会人になってから一度だけPCゲームの「Civilization」という知的なゲームにハマったことがありますが)。なのでいわゆるファミコンやプレイステーションは買ったことがありません。私が「ゲーム好きだった」と言ってもなかなか周りの人に信じてもらえないぐらいゲームからは離れた生活を送っていますが、ゲームをやらないのは自分でハマることが分かっているからだということを知っている人はあまり居ません。
今では時間があまり無いこともあり、ゲームをやりたいという気持ちも少なくなってきましたが、そろそろ時効かな、という気もするので、会社でこれから開発を始めるオンラインゲームが完成したあかつきには久しぶりに自分でやってみようと思っています。
近所のお店にTVゲームが出来たという噂を聞きつけ、好奇心旺盛な私は早速見にいったのですが、既にゲームの周りを多くの人が取り囲むほどの人気で、その日はプレーをすることができませんでした。なんとかやりたいと思った私は、毎日夕方遅くちょうどお店が締まる頃にそこへ行くことにし、やっと念願の「ブロック崩し」をしたのでした。「ブロック崩し」はTVゲームの元祖と言える名作です。
器用な私はすぐにブロック崩しを制覇してしまい、制覇した後は店が閉まるまでずっとブロックのない画面でボールだけを弾いていました(当時のブロック崩しは終わりが無かったのです)。その後に入荷した「インベーダーゲーム」も名古屋打ち(インベーダーが極端に接近すると攻撃をしてこないという裏技)をほどなくマスターし、次に出てきた「UFO」や「ギャラクシーウォーズ」でも友達から羨望の目で見られるほどの腕前でした。
当時はゲームセンター嵐という漫画があったのですが、現実にはあり得ない裏技でギャラクシーウォーズなどで高得点をマークするもので、このせいでTVゲームブームは一層盛り上がっていました。
私は小学校からずっとサッカーをしていたので、それでも小学校・中学校時代は時間が限られていたのですが、高校の途中でサッカー部を辞めてから、かなりゲームにはまってしまった時期がありました。私の高校は自主性を重んじる学校だったので、学校へ行かなくても試験で点を取っていれば咎められることは無かったので、ゲームセンターに入り浸っていたこともあります。ただそのせいでわずか1ヶ月で100番(360人中)も試験順位が落ちてしまいました。その頃はゲーム雑誌でゲームの種類ごとに日本一を競うコーナーがあったのですが、その日本一の人の数倍の点数を取っていたぐらいです(あまり自慢にならないですね(笑))。中でも「ボンジャック」という障害をかわしながら順番に風船を割っていくゲームが得意で、ゲームセンターの開店から閉店まで50円(ワンコイン)で遊び続けれたことを覚えています。
それほどゲーム好きだった私ですが、ある日このままではいけないと急に思いたち、突然ゲームをすることを辞めました。それ以来は意図的にゲームからは離れるようにしています(社会人になってから一度だけPCゲームの「Civilization」という知的なゲームにハマったことがありますが)。なのでいわゆるファミコンやプレイステーションは買ったことがありません。私が「ゲーム好きだった」と言ってもなかなか周りの人に信じてもらえないぐらいゲームからは離れた生活を送っていますが、ゲームをやらないのは自分でハマることが分かっているからだということを知っている人はあまり居ません。
今では時間があまり無いこともあり、ゲームをやりたいという気持ちも少なくなってきましたが、そろそろ時効かな、という気もするので、会社でこれから開発を始めるオンラインゲームが完成したあかつきには久しぶりに自分でやってみようと思っています。
決算発表と反応
May 18, 2006
遅ればせながら、うちの会社の第10期の決算発表を15日に行わせていただきました。ホームページの社長メッセージのところにも書いているのですが、実はうちの会社が1回も予算下方修正をせずに決算を迎えたことは2002年の上場以来初めてのことでした。また、昨年から比較するといわゆるV字回復をした形で、利益は単体で5億円近い赤字から1億6千万円の黒字、売上も単体で10%、連結では67%の増収という結果となりました。
ただ、市場というのは分からないもので、株価は発表翌日にストップ安、本日も若干ではありますが値を下げて閉めています。正直なところ、経営者としては何とも複雑な気持ちです。
この件について多方面から問い合わせをいただくのですが、私共では理由は分かりません。特別な売買の動きがないという仮定に基づいて、強いて要因について個人の感想を述べさせていただくとしたら、市場の期待が今回発表させていただいた決算数字や来期予想数字よりも大きかったのかも知れない、ということでしょうか?
今期はリストラと基盤固めのフェーズから攻めのフェーズにちょうど変わる節目であり、将来収益のための多少の投資が必要だと判断した結果であり、中国関連事業やオンラインゲーム事業への先行投資を見込んでいます。
決算発表をすると株価はどちらかに触れることが多いわけですが、必ずしも予想通りにはならないものです。場が開いてからのちょっとした売買の動きでも大きく流れが変わる気がします。一種のムードみたいなものがあるのかも知れません。
今は決算のために延び延びになっていた中国出張に来ているのですが、気のせいか私が不在のときに株価が下落することが多く、出張をハラハラした気持ちで過ごしていることが少なくない気がします。
明日は地方に行くのですが、夜から台風になるらしく、飛行機が飛ぶのかハラハラさせられそうです(涙)。
ただ、市場というのは分からないもので、株価は発表翌日にストップ安、本日も若干ではありますが値を下げて閉めています。正直なところ、経営者としては何とも複雑な気持ちです。
この件について多方面から問い合わせをいただくのですが、私共では理由は分かりません。特別な売買の動きがないという仮定に基づいて、強いて要因について個人の感想を述べさせていただくとしたら、市場の期待が今回発表させていただいた決算数字や来期予想数字よりも大きかったのかも知れない、ということでしょうか?
今期はリストラと基盤固めのフェーズから攻めのフェーズにちょうど変わる節目であり、将来収益のための多少の投資が必要だと判断した結果であり、中国関連事業やオンラインゲーム事業への先行投資を見込んでいます。
決算発表をすると株価はどちらかに触れることが多いわけですが、必ずしも予想通りにはならないものです。場が開いてからのちょっとした売買の動きでも大きく流れが変わる気がします。一種のムードみたいなものがあるのかも知れません。
今は決算のために延び延びになっていた中国出張に来ているのですが、気のせいか私が不在のときに株価が下落することが多く、出張をハラハラした気持ちで過ごしていることが少なくない気がします。
明日は地方に行くのですが、夜から台風になるらしく、飛行機が飛ぶのかハラハラさせられそうです(涙)。
電磁波!?
May 17, 2006
私は電化製品との相性が良くありません。これは「電化製品の操作が苦手」とか「電化製品よりもアナログが好き」ということではなく、私が保有した電化製品はかなりの確率で故障するのです。
今思い出すだけでも、1年以内に壊れた電化製品は数知れません。PC、一眼レフカメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラ、ビデオデッキ、プリンタ、デジタルオーディオプレーヤー、時計、携帯電話、電子辞書、髭剃り、FAX、電子レンジ、ヘッドフォンなどなど。どれもきちんとしたメーカー製のものなので、通常であれば考えられないレベルだと思います。仕事で使っているノートPCも、ここ3年ぐらいの間に4回ぐらい変えていると思いますが、今のPCも無線LANにつながらない、社内ネットワークにアクセスできない、VPNがつながらない、電源の持ちが悪い、突然フリーズするなどの症状が少なくありません。
中国に住んでいた1年半の間にも、新品のエアコンが壊れたので冬に寒くて暖房機を買ったらそれも故障したため何度も風邪を引いていましたし、洗濯機が壊れてしばらく下着を買い続けたこともあります。電動ポットが壊れてからはしばらく暖かい飲み物は飲めませんでした。購入したDVDプレーヤーが1ヶ月ぐらいで故障したので、中国製だからかなと思いSONY製品を購入したらやはり半年ぐらいで再生が困難になってしまいました。私の中国語学習の頼みの綱だったテレビやCDプレーヤーも半年ぐらいでそれぞれ故障してしまいました。
そういう意味ではほとんどが保証期間内に故障していると思うのですが、保証書を保存していなかったり、修理するのが面倒だったりして、ほとんどの場合には新しいものを購入してしまいがちです。
特に乱暴に扱ったりしているわけではないので、原因は未だに不明です。自分なりに色々考えてみたのですが、せめてもの身に覚えとしては、異常な静電気持ち、ということぐらいでしょうか?あるいは目に見えない電磁波のようなものが出ているのではないかと思ってきました。
これからは、電化製品が故障しても、プラスのオーラパワーが出ていると信じて自分を慰めようと思います。
今思い出すだけでも、1年以内に壊れた電化製品は数知れません。PC、一眼レフカメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラ、ビデオデッキ、プリンタ、デジタルオーディオプレーヤー、時計、携帯電話、電子辞書、髭剃り、FAX、電子レンジ、ヘッドフォンなどなど。どれもきちんとしたメーカー製のものなので、通常であれば考えられないレベルだと思います。仕事で使っているノートPCも、ここ3年ぐらいの間に4回ぐらい変えていると思いますが、今のPCも無線LANにつながらない、社内ネットワークにアクセスできない、VPNがつながらない、電源の持ちが悪い、突然フリーズするなどの症状が少なくありません。
中国に住んでいた1年半の間にも、新品のエアコンが壊れたので冬に寒くて暖房機を買ったらそれも故障したため何度も風邪を引いていましたし、洗濯機が壊れてしばらく下着を買い続けたこともあります。電動ポットが壊れてからはしばらく暖かい飲み物は飲めませんでした。購入したDVDプレーヤーが1ヶ月ぐらいで故障したので、中国製だからかなと思いSONY製品を購入したらやはり半年ぐらいで再生が困難になってしまいました。私の中国語学習の頼みの綱だったテレビやCDプレーヤーも半年ぐらいでそれぞれ故障してしまいました。
そういう意味ではほとんどが保証期間内に故障していると思うのですが、保証書を保存していなかったり、修理するのが面倒だったりして、ほとんどの場合には新しいものを購入してしまいがちです。
特に乱暴に扱ったりしているわけではないので、原因は未だに不明です。自分なりに色々考えてみたのですが、せめてもの身に覚えとしては、異常な静電気持ち、ということぐらいでしょうか?あるいは目に見えない電磁波のようなものが出ているのではないかと思ってきました。
これからは、電化製品が故障しても、プラスのオーラパワーが出ていると信じて自分を慰めようと思います。
張振棟(中国展開ストーリーその2)
May 16, 2006
(昨日より続き)それまでは、私1人で孤軍奮闘しており、英語や日本語が通じるパートナーと直接私がやり取りを行っていたのですが、張がジョインしてくれてから一気に営業の幅が広くなり、スピードもアップしました。私は通訳を雇わない主義だったので尚更のことです。
渉外は張がまず前線突破をしたうえで先方の責任者と私が会ってクロージング、社内は私が方針を決めて張がそれに基づいて現場をまとめていく、という機動力の高い二人三脚により、中国No.1のインスタントメッセンジャーQQを提供するテンセントをはじめ次々とパートナー契約が進み、毎月5個以上のペースでコンテンツを提供することができました。
うちの会社は前受こそあっても(中国企業から前受を取ること自体至難の業だと思います)まだ未回収がないのですが、これは中国ビジネスの常識からは考えにくいことであり、張を中心としたメンバーの営業努力の賜物です。
張は、ポイントを抑えるのが上手なので、私が気になっている部分を私が言う前に自主的に動いてくれるので本当に助かります。考えるより行動するタイプなので何か問題が起こると先送りにせずにすぐに電話を手に取っているのですが、これはなかなかできるものではありません。また、日本に居るときの彼からは全く想像できない営業トークと巧みな交渉術で、自分のペースでMTGを進めてこちらに有利な方向にもって行きます。時には私が「もういいよ」と言ってしまうぐらいに条件交渉では折れません。身内ながら大したものだと感心します。
うちの会社の中国展開は、2003年10月に現地事務所を、2004年6月には現地法人を設立と進展し、いよいよこれからという矢先に私が日本本社の代表を務めることになり、やむなく帰国するにいたりました。このとき、今度は私と張の間で、私が日本の成功のために、張が中国の成功のために頑張るという暗黙の役割分担が生まれました。以降張がCOOとして現地でオペレーションを行い、私が日本からバックアップする形となりました。
ただ、中国に常駐していたときのように頻繁にコミュニケーションは取れず、以前はその場でしていたジャッジが遅れがちになるなど、日本のビジネスの進め方を知っているとはいえ、やりにくい部分が多々あったのではないかと思います。
張にはもともと技術者という触れ込みで入ってもらったわけですが、いつの間にか技術者からビジネス開発(営業)に、そして今は社員数90名の経営を担ってもらっているわけですから分からないものです。張は経験は足りないものの、感が鋭くてバランス感覚も良いので、一番経営に向いている気がします。
1年以上の間、毎日二人で奮闘しながら苦楽を共にしていたので、上司・部下の関係を超えた信頼関係がある気がします。一方で外国人でありながらお互いに考えていることがすぐ分かるので、やりやすい面もやりにくい面もあります(笑)。
この3年間本当に色々ありましたが、張の人生の中でも最も変化があって、最も成長をした期間ではないかと思います。
彼も29歳になりだいぶ成長し、業界でも有名人になりつつあるので、今後どうなるかは分かりませんが、いつまでも同じ釜の飯の仲間で居たいものです。
今年の中国ビジネスは、今まで積み上げてきたものを開花させる年です。これから張が何をしでかしてくれるのか楽しみです。
渉外は張がまず前線突破をしたうえで先方の責任者と私が会ってクロージング、社内は私が方針を決めて張がそれに基づいて現場をまとめていく、という機動力の高い二人三脚により、中国No.1のインスタントメッセンジャーQQを提供するテンセントをはじめ次々とパートナー契約が進み、毎月5個以上のペースでコンテンツを提供することができました。
うちの会社は前受こそあっても(中国企業から前受を取ること自体至難の業だと思います)まだ未回収がないのですが、これは中国ビジネスの常識からは考えにくいことであり、張を中心としたメンバーの営業努力の賜物です。
張は、ポイントを抑えるのが上手なので、私が気になっている部分を私が言う前に自主的に動いてくれるので本当に助かります。考えるより行動するタイプなので何か問題が起こると先送りにせずにすぐに電話を手に取っているのですが、これはなかなかできるものではありません。また、日本に居るときの彼からは全く想像できない営業トークと巧みな交渉術で、自分のペースでMTGを進めてこちらに有利な方向にもって行きます。時には私が「もういいよ」と言ってしまうぐらいに条件交渉では折れません。身内ながら大したものだと感心します。
うちの会社の中国展開は、2003年10月に現地事務所を、2004年6月には現地法人を設立と進展し、いよいよこれからという矢先に私が日本本社の代表を務めることになり、やむなく帰国するにいたりました。このとき、今度は私と張の間で、私が日本の成功のために、張が中国の成功のために頑張るという暗黙の役割分担が生まれました。以降張がCOOとして現地でオペレーションを行い、私が日本からバックアップする形となりました。
ただ、中国に常駐していたときのように頻繁にコミュニケーションは取れず、以前はその場でしていたジャッジが遅れがちになるなど、日本のビジネスの進め方を知っているとはいえ、やりにくい部分が多々あったのではないかと思います。
張にはもともと技術者という触れ込みで入ってもらったわけですが、いつの間にか技術者からビジネス開発(営業)に、そして今は社員数90名の経営を担ってもらっているわけですから分からないものです。張は経験は足りないものの、感が鋭くてバランス感覚も良いので、一番経営に向いている気がします。
1年以上の間、毎日二人で奮闘しながら苦楽を共にしていたので、上司・部下の関係を超えた信頼関係がある気がします。一方で外国人でありながらお互いに考えていることがすぐ分かるので、やりやすい面もやりにくい面もあります(笑)。
この3年間本当に色々ありましたが、張の人生の中でも最も変化があって、最も成長をした期間ではないかと思います。
彼も29歳になりだいぶ成長し、業界でも有名人になりつつあるので、今後どうなるかは分かりませんが、いつまでも同じ釜の飯の仲間で居たいものです。
今年の中国ビジネスは、今まで積み上げてきたものを開花させる年です。これから張が何をしでかしてくれるのか楽しみです。
張振棟(中国展開ストーリーその1)
May 15, 2006
今日は初めて仕事仲間を実名で紹介させていただきます。なお、この件については事前に本人の了解も得ています。
彼との出会いは2003年5月のGWのときのことでした。私は3月に中国に赴任してから初めてのGWということで地元仙台に帰省していたのですが、ドライブをしていたときに突然携帯電話に知らない人からの電話がかかってきました。「求人応募をしたのに返事がない」というのです。イキナリ当時の中国事業の責任者である私の、しかもどこから調べたのか携帯電話に休み中に連絡してくるとは非常識な奴だなとは思いつつも、この熱意と常識ハズレの行動力は面白いかも知れないと思い、東京に戻ったら面接をすることにしました。
中国事業の立ち上げのため、日本に帰国したときには1日8件ほどの営業訪問をこなしていた時期だったので、面接は訪問先であった三鷹駅の近くの喫茶店でCTOの津田と一緒に行いました(本日その喫茶店の前をたまたま通る機会があり、このタイトルになりました(笑))。彼はブリッジSEの仕事をしており、技術者としての応募だったのでCTOにも同席してもらったのですが、日本語がそれほど上手くなかったこともあってか、終始大人しい感じで私の携帯に電話してきたときのようなアグレッシブさを感じませんでした。このため採用の是非については正直迷ったのですが、中国人技術スタッフが喉から手が出るほど欲しい時期だったことと、これも何かの縁かも知れないと思い、採用を決めました。
彼の名は張振棟、上海出身の26歳(当時)の青年でした。彼は中国のソフト開発会社に勤務した後、日本の支社に来て3年ほど両国の開発の橋渡しをする仕事をしており、いつか自分の大きな夢をかなえるための転機を狙っていたところでした。
ほどなく入社してもらったのですが、その彼を待っていたのは上海長期出張でした。しかも私が日本に帰国していたときだったので、彼1人で上海に立ったのでした。日本本社の状況も良く知らないのに、入社してすぐの派遣については、会社へのロイヤリティも無いので危険ではないかという当時の社長からの意見もあったのですが、それは中国人ではなくても同じと判断した私は入社2日後には彼に上海に行ってもらうことにしたのです。
ところが、彼は文句1つ言うことなく行っただけでなく、驚いたことに、私が何も指示していないにもかかわらず、当時のパートナーを自分1人で訪問したり、新しいパートナー候補への営業活動を自主的に開始していたのです。
そして私が上海に戻った後、二人のコンビによる中国事業の本格立ち上げが始まったのでした・・・。(明日へ続く)
彼との出会いは2003年5月のGWのときのことでした。私は3月に中国に赴任してから初めてのGWということで地元仙台に帰省していたのですが、ドライブをしていたときに突然携帯電話に知らない人からの電話がかかってきました。「求人応募をしたのに返事がない」というのです。イキナリ当時の中国事業の責任者である私の、しかもどこから調べたのか携帯電話に休み中に連絡してくるとは非常識な奴だなとは思いつつも、この熱意と常識ハズレの行動力は面白いかも知れないと思い、東京に戻ったら面接をすることにしました。
中国事業の立ち上げのため、日本に帰国したときには1日8件ほどの営業訪問をこなしていた時期だったので、面接は訪問先であった三鷹駅の近くの喫茶店でCTOの津田と一緒に行いました(本日その喫茶店の前をたまたま通る機会があり、このタイトルになりました(笑))。彼はブリッジSEの仕事をしており、技術者としての応募だったのでCTOにも同席してもらったのですが、日本語がそれほど上手くなかったこともあってか、終始大人しい感じで私の携帯に電話してきたときのようなアグレッシブさを感じませんでした。このため採用の是非については正直迷ったのですが、中国人技術スタッフが喉から手が出るほど欲しい時期だったことと、これも何かの縁かも知れないと思い、採用を決めました。
彼の名は張振棟、上海出身の26歳(当時)の青年でした。彼は中国のソフト開発会社に勤務した後、日本の支社に来て3年ほど両国の開発の橋渡しをする仕事をしており、いつか自分の大きな夢をかなえるための転機を狙っていたところでした。
ほどなく入社してもらったのですが、その彼を待っていたのは上海長期出張でした。しかも私が日本に帰国していたときだったので、彼1人で上海に立ったのでした。日本本社の状況も良く知らないのに、入社してすぐの派遣については、会社へのロイヤリティも無いので危険ではないかという当時の社長からの意見もあったのですが、それは中国人ではなくても同じと判断した私は入社2日後には彼に上海に行ってもらうことにしたのです。
ところが、彼は文句1つ言うことなく行っただけでなく、驚いたことに、私が何も指示していないにもかかわらず、当時のパートナーを自分1人で訪問したり、新しいパートナー候補への営業活動を自主的に開始していたのです。
そして私が上海に戻った後、二人のコンビによる中国事業の本格立ち上げが始まったのでした・・・。(明日へ続く)
社員ブログ
May 14, 2006
hirogを読んでくださっている方々は、社員ブログ(Staff Blog)も読んでくれていますか?
社員ブログはNetVillage Mobile Clubで紹介しているのですが、NMCが4月5日にオープンしたときから私は毎日チェックしています。ただスタート時から2週間で4つのアイテム(記事)しか投稿されていませんでした。Staff Blogは広報担当のYが統括しているのですが、始めの方は依頼するスタッフが手ごわいMプロデューサーをはじめ皆先輩社員だったためにお尻を叩くのに結構苦労したようです。
更新頻度についてあまり口うるさく言ったことはないのですが、私がhirogを毎日更新していることが、何よりの無言のプレッシャーになっているのかも知れません(笑)。最近は彼女の努力が実ってきているのか、頼むツボを押さえてきたのか、社員が協力的になったのか、理由は分かりませんが、休みの日を除いて毎日更新されています。
身内のことながら楽しみに見させていただいています。ローマ字でしか名前を書いていないため、文章の内容や癖をもとに、いつも誰かな〜と推測するわけですが、やはり個性が出てて面白いです。でも、普段は国語苦手なんだろうな〜と思っていた人が意外と文章が上手かったり、この人がこんなこと考えてるんだ、のような意外性と発見があって楽しんでいます。
hirogは幅広い方々にネットビレッジという会社や私のことを知って欲しいという目的で始めたものですが、実はその対象には社員も含まれています。うちの会社は少人数ではありますが、私が普段忙しかったり出張が多いこともあって、なかなか社外活動に参加したり1人1人とコミュニケーションを取ることができません。blogなどを通じて仕事以外のお互いを知る、というのも大事かなと思っています。
ところで社員ブログは今後PC版をオープンすることも検討しているようです。(これはモバイル専門にこだわっている私に対するプレッシャー?)
なお、社員ブログはこちらからご覧いただけます。
社員ブログはNetVillage Mobile Clubで紹介しているのですが、NMCが4月5日にオープンしたときから私は毎日チェックしています。ただスタート時から2週間で4つのアイテム(記事)しか投稿されていませんでした。Staff Blogは広報担当のYが統括しているのですが、始めの方は依頼するスタッフが手ごわいMプロデューサーをはじめ皆先輩社員だったためにお尻を叩くのに結構苦労したようです。
更新頻度についてあまり口うるさく言ったことはないのですが、私がhirogを毎日更新していることが、何よりの無言のプレッシャーになっているのかも知れません(笑)。最近は彼女の努力が実ってきているのか、頼むツボを押さえてきたのか、社員が協力的になったのか、理由は分かりませんが、休みの日を除いて毎日更新されています。
身内のことながら楽しみに見させていただいています。ローマ字でしか名前を書いていないため、文章の内容や癖をもとに、いつも誰かな〜と推測するわけですが、やはり個性が出てて面白いです。でも、普段は国語苦手なんだろうな〜と思っていた人が意外と文章が上手かったり、この人がこんなこと考えてるんだ、のような意外性と発見があって楽しんでいます。
hirogは幅広い方々にネットビレッジという会社や私のことを知って欲しいという目的で始めたものですが、実はその対象には社員も含まれています。うちの会社は少人数ではありますが、私が普段忙しかったり出張が多いこともあって、なかなか社外活動に参加したり1人1人とコミュニケーションを取ることができません。blogなどを通じて仕事以外のお互いを知る、というのも大事かなと思っています。
ところで社員ブログは今後PC版をオープンすることも検討しているようです。(これはモバイル専門にこだわっている私に対するプレッシャー?)
なお、社員ブログはこちらからご覧いただけます。
上場企業ということ
May 13, 2006
うちの会社は大阪証券取引所のヘラクレスという市場へ上場しているわけですが、ここでは「上場企業とは何か?」というような難しい話ではなく、いち経営者として、あらためて感じていることを記したいと思います。
株式会社というのは、株主が取締役(経営陣)を選任し、経営を委任します。逆に言えば経営陣は株主から委任を受けて株主に代わって会社の経営を行います。
日本の場合には経営と執行が分離していないことも多いので、取締役が業務執行まで行うケースが多いと思いますが、執行役員制度を採用しているところでは、経営判断をしたり業務執行の監督をする取締役と業務を執行する執行役員を分けています。
未上場企業の場合には、経営者と株主(オーナー)は一致している場合が比較的多いと思うのですが、上場企業の場合にはそうでないケースが多いと思います。
オーナーと経営者が別れている場合、その経営者は世間では「雇われ社長」と言われたりします。例えば私は創業メンバーではありますが、上場まで株をほとんど持っていなかったこともあり、未だにマイノリティの株主なので、ある意味「雇われ社長」です。
こういったことは頭では分かっていたつもりなのですが、初めて実感したのは、前社長が退任して株を売却したいという話を聞いたときでした。前社長は自分のことも、ネットビレッジという会社のこともよく理解しているし、応援者でもあるけれど、私達や事業のことを何も知らない人に株が渡ったらどうなるのだろうか?とあらためて思ったのです。そのときの感情としては、自己防衛というよりも、清水の舞台から飛び降りる覚悟で再建を引き受けたのに、志半ばにして無駄になったら無念過ぎる・・・というものでした(幸いにしてそうはなりませんでしたが)。
それ以来、自分は株主から委任を受けて経営をしているのだ、という意識を更に強く持つようになりました。今回の社名変更なども、創業者意識ではやりにくいことかも知れません。
株式会社では大株主が変われば、経営陣も変わって当然だし、大株主が同じでも経営成績が悪ければ経営陣は変わることがあります。例えば先日ソフトバンクがボーダーフォンを買収しましたが、これによりボーダフォン経営陣は一新しました。ライブドアの場合は例の事件でやむなく経営陣のほとんどが辞任したわけですが、筆頭株主は堀江前社長であることには変わりありません。
取締役の任期は会社により異なりますが短くなる傾向にあり、うちの会社も昨年から1年にしました。ただこれは逆に言うと1年で結果を出さなくてはいけないということであり、中長期的な見地で考えにくいということもあるかも知れません。最近ポッカなどのようにMBOなどの手法で逆にGO PRIVATE(非上場化)をする動きも出てきていますが、これは敵対的買収対策のみならず、中長期的な視点で思い切った投資をやりやすくするという意味合いも含まれているのだと思います。
未上場の場合には、社長は経営というよりも技術や営業力などの特殊能力が重要かも知れませんが、上場企業の社長は経営のプロフェッショナルであることが求められるのだと思います。そういう意味では、自分の意識の上では、仮に他の会社の経営を任されてもきちんとこなせるような経営センスを身につけるため、自分自身も常に勉強・向上していかなくては・・・と思う今日この頃です。
株式会社というのは、株主が取締役(経営陣)を選任し、経営を委任します。逆に言えば経営陣は株主から委任を受けて株主に代わって会社の経営を行います。
日本の場合には経営と執行が分離していないことも多いので、取締役が業務執行まで行うケースが多いと思いますが、執行役員制度を採用しているところでは、経営判断をしたり業務執行の監督をする取締役と業務を執行する執行役員を分けています。
未上場企業の場合には、経営者と株主(オーナー)は一致している場合が比較的多いと思うのですが、上場企業の場合にはそうでないケースが多いと思います。
オーナーと経営者が別れている場合、その経営者は世間では「雇われ社長」と言われたりします。例えば私は創業メンバーではありますが、上場まで株をほとんど持っていなかったこともあり、未だにマイノリティの株主なので、ある意味「雇われ社長」です。
こういったことは頭では分かっていたつもりなのですが、初めて実感したのは、前社長が退任して株を売却したいという話を聞いたときでした。前社長は自分のことも、ネットビレッジという会社のこともよく理解しているし、応援者でもあるけれど、私達や事業のことを何も知らない人に株が渡ったらどうなるのだろうか?とあらためて思ったのです。そのときの感情としては、自己防衛というよりも、清水の舞台から飛び降りる覚悟で再建を引き受けたのに、志半ばにして無駄になったら無念過ぎる・・・というものでした(幸いにしてそうはなりませんでしたが)。
それ以来、自分は株主から委任を受けて経営をしているのだ、という意識を更に強く持つようになりました。今回の社名変更なども、創業者意識ではやりにくいことかも知れません。
株式会社では大株主が変われば、経営陣も変わって当然だし、大株主が同じでも経営成績が悪ければ経営陣は変わることがあります。例えば先日ソフトバンクがボーダーフォンを買収しましたが、これによりボーダフォン経営陣は一新しました。ライブドアの場合は例の事件でやむなく経営陣のほとんどが辞任したわけですが、筆頭株主は堀江前社長であることには変わりありません。
取締役の任期は会社により異なりますが短くなる傾向にあり、うちの会社も昨年から1年にしました。ただこれは逆に言うと1年で結果を出さなくてはいけないということであり、中長期的な見地で考えにくいということもあるかも知れません。最近ポッカなどのようにMBOなどの手法で逆にGO PRIVATE(非上場化)をする動きも出てきていますが、これは敵対的買収対策のみならず、中長期的な視点で思い切った投資をやりやすくするという意味合いも含まれているのだと思います。
未上場の場合には、社長は経営というよりも技術や営業力などの特殊能力が重要かも知れませんが、上場企業の社長は経営のプロフェッショナルであることが求められるのだと思います。そういう意味では、自分の意識の上では、仮に他の会社の経営を任されてもきちんとこなせるような経営センスを身につけるため、自分自身も常に勉強・向上していかなくては・・・と思う今日この頃です。
ブログのバトン!?
May 12, 2006
今日は、とある友達からブログでバトンが渡ってきた(昔で言う幸福の手紙みたいなもの?)ので、その質問に答える形でつづります。ちょっと軽い話題ですが、最近のネットの流行を感じ取っていただければと・・・。
【Q1もてたって思う時期はいつ?】
大学生のとき。特に黒服のバイトをしていたとき。
【Q2似てるっていわれた芸能人は?】
たくさん言われます。一番多いのは田原俊彦(嬉しくないけど)。他には三田村邦彦、別所哲也、三上博史、ジョン・ローン・・・、そろそろ物が飛んできそうなのでこの辺でやめときます(笑)。前田誠司(民主党前党首)、藤井隆に似てると言われたこともあります。
【Q3恋人を選ぶポイントは?】
20歳以前は外見重視、小悪魔的で、背が小さくて細くてかわいらしい子が好きでした。21歳以降はフィーリング重視でどこかに女性らしさがある人。
【Q4ここぞという時の香水や服装がありますか?】
香水はBOSSのエレメントアクア以外は使いません。
ここぞというのがデートという意味なら、服装はその日の天気と気分で変わりますが、昔はよく派手なスーツを着てました(今考えると恥かしい・・・)。
【Q5告白された事はありますか?あれば何人?】
中学校のとき後輩に初めて告白されたときは、冗談言ってるのかと思いました。学生のときグループ交際してたときに4人全員に告白されたことがあります。累計は覚えていません。
【Q6わざとデートに遅れていった事がありますか?】
この意図がよく分からなかったのですが、逆に女の子ってこういうことするのでしょうか?私はこないだ書いたとおり、わざと傘を忘れたふりして合い合い傘にしたことはあります。
【Q7このバトンを渡す5人は?】
プライバシーの関係上、控えさせていただき、本人への直接通知をもって発表に代えさせていただきます。
【Q1もてたって思う時期はいつ?】
大学生のとき。特に黒服のバイトをしていたとき。
【Q2似てるっていわれた芸能人は?】
たくさん言われます。一番多いのは田原俊彦(嬉しくないけど)。他には三田村邦彦、別所哲也、三上博史、ジョン・ローン・・・、そろそろ物が飛んできそうなのでこの辺でやめときます(笑)。前田誠司(民主党前党首)、藤井隆に似てると言われたこともあります。
【Q3恋人を選ぶポイントは?】
20歳以前は外見重視、小悪魔的で、背が小さくて細くてかわいらしい子が好きでした。21歳以降はフィーリング重視でどこかに女性らしさがある人。
【Q4ここぞという時の香水や服装がありますか?】
香水はBOSSのエレメントアクア以外は使いません。
ここぞというのがデートという意味なら、服装はその日の天気と気分で変わりますが、昔はよく派手なスーツを着てました(今考えると恥かしい・・・)。
【Q5告白された事はありますか?あれば何人?】
中学校のとき後輩に初めて告白されたときは、冗談言ってるのかと思いました。学生のときグループ交際してたときに4人全員に告白されたことがあります。累計は覚えていません。
【Q6わざとデートに遅れていった事がありますか?】
この意図がよく分からなかったのですが、逆に女の子ってこういうことするのでしょうか?私はこないだ書いたとおり、わざと傘を忘れたふりして合い合い傘にしたことはあります。
【Q7このバトンを渡す5人は?】
プライバシーの関係上、控えさせていただき、本人への直接通知をもって発表に代えさせていただきます。
業務停止処分
May 11, 2006
昨日は金融庁が中央青山監査法人に業務停止処分を出す方針を決めたというニュースが大きな反響を呼んでいましたが、本日同庁より7月から2ヶ月間の業務停止命令が出されました。
業務停止処分を出すというのは異例のことで大手では初めてだそうです。停止処分を受けると、現在の会社法監査では監査契約が無効になるそうです。我々のような上場企業は証券取引法に基づく法定監査が義務付けられており、会計監査人の選任は株主総会決議事項ですから、いかに大きな問題かということが分かると思います。ちなみに同監査法人が契約している法人は2300社(うち上場企業約800社)にも及ぶと言いますから少なからず影響が出ることが想定されています。業務停止期間は1〜2ヶ月ということですので、それが終わった後に再度監査契約を締結することは可能だとは思いますが、それが株主の了解を得られるかは微妙かも知れません。
この処分の直接的な引き金になったのは、カネボウの粉飾決算ですが、それ以外にもいくつかの不祥事が続いていましたので、金融庁としてもやむを得ない判断なのでしょう。
うちの会社も以前は中央青山監査法人に会計監査を委任していたのですが、カネボウの粉飾が騒がれ始めた頃に変更を決めました(カネボウ粉飾事件が直接的な変更理由ではありません)。私にとっては、古巣のミサワホーム、イマジニア、ネットビレッジと3社続けてお世話になっていた監査法人だっただけに、変更を決めるのは正直辛かったです。
私が同監査法人にコメントすること自体どうかとは思うのですが、合併を重ねて誕生した法人なだけに、旧法人間の派閥のようなものがあるのは感じており、内部管理体制の整備が十分ではなかったのかなとは推測されます。
ただ、これはあくまで三浦個人の感覚ですが、基本的には株主の利益保全のために行われる会計監査を、会社との間の契約に基づき会社が監査報酬を支払うという現行の仕組みそのものがピンと来ていないところがあります。監査法人の立場に立ってみると、自分達の報酬を支払ってくれている会社の経営陣に対して、毅然とした態度を取り続けなければならないのですから、容易なことではないように思います。
会計監査人をかばうわけではありませんが、そもそも企業側がきちんとした正しい会計処理を行うということが大事なのではないでしょうか。
業務停止処分を出すというのは異例のことで大手では初めてだそうです。停止処分を受けると、現在の会社法監査では監査契約が無効になるそうです。我々のような上場企業は証券取引法に基づく法定監査が義務付けられており、会計監査人の選任は株主総会決議事項ですから、いかに大きな問題かということが分かると思います。ちなみに同監査法人が契約している法人は2300社(うち上場企業約800社)にも及ぶと言いますから少なからず影響が出ることが想定されています。業務停止期間は1〜2ヶ月ということですので、それが終わった後に再度監査契約を締結することは可能だとは思いますが、それが株主の了解を得られるかは微妙かも知れません。
この処分の直接的な引き金になったのは、カネボウの粉飾決算ですが、それ以外にもいくつかの不祥事が続いていましたので、金融庁としてもやむを得ない判断なのでしょう。
うちの会社も以前は中央青山監査法人に会計監査を委任していたのですが、カネボウの粉飾が騒がれ始めた頃に変更を決めました(カネボウ粉飾事件が直接的な変更理由ではありません)。私にとっては、古巣のミサワホーム、イマジニア、ネットビレッジと3社続けてお世話になっていた監査法人だっただけに、変更を決めるのは正直辛かったです。
私が同監査法人にコメントすること自体どうかとは思うのですが、合併を重ねて誕生した法人なだけに、旧法人間の派閥のようなものがあるのは感じており、内部管理体制の整備が十分ではなかったのかなとは推測されます。
ただ、これはあくまで三浦個人の感覚ですが、基本的には株主の利益保全のために行われる会計監査を、会社との間の契約に基づき会社が監査報酬を支払うという現行の仕組みそのものがピンと来ていないところがあります。監査法人の立場に立ってみると、自分達の報酬を支払ってくれている会社の経営陣に対して、毅然とした態度を取り続けなければならないのですから、容易なことではないように思います。
会計監査人をかばうわけではありませんが、そもそも企業側がきちんとした正しい会計処理を行うということが大事なのではないでしょうか。
ゴーストライター
May 10, 2006
最近hirogの読者の方から「ゴーストライター使ってるんですか?」という質問を受けたのですが、想像もしていなかったこの一言を聞いてから、逆にそう思っている人が他にもいるんだろうか、と不安になりました。
勿論、三浦本人が書いていることは、まずここに誓いたいと思います(笑)。こういう文章って親しければ親しいほど、言い回しとか語尾とか文章のセンスで本人かどうかって分かりますよね。それに仮にこのhirogを私に代わって書いている人がいるとしたら、相当な三浦通だと思います(笑)。
ところで、私がゴーストライターという存在を知ったのは、そんなに昔ではなく社会人になってから、とある本の話になったときに「その本は実は私がゴーストライティングした」という人がいて、最初は言っていることが良く消化できませんでした。著名人の書籍は、多かれ少なかれゴーストライターを使っているという話を聞きます。確かに忙しい人にとっては(というよりも厳密には出版社にとっては)有り難い話なのかも知れません。
ゴーストライターの方々には申し訳ないのですが、私は自分の文章を他人に任せるということには抵抗があります。ゴーストライティングは、その人の特徴やその人についての知識をもとに、想像力を膨らませて、その人の気持ち、立場になって文章をかけるというそのゴーストライターの能力には感服しますし、文章のプロフェッショナルが書くことで、より表現力をもった文章ができるという利点もあることは理解できます。一方で、例えばその文面が法律的な問題に発展した場合には、責任の所在ってどうなるんだろう?という素朴な疑問があります。また、心情的に「自分はそれでいいの?」という納得性のところと、「読む人を騙しているのでは?」という倫理的な部分が引っかかるところがあります。特に私は自分の六感で確かめないと気が済まない性質なので尚更そう思うかも知れません。
・・・とここまでさんざん書いて来たところで、ふと会社が私の名前で公表している開示書類の原案で私以外のスタッフが書いているものがあったら、それもゴーストライターというのだろうか、と自問自答に入ってしまいました(笑)。
勿論、会社が公表している文章の原案すべてを私が作成しているとは言いませんが、自分の名前が入っているものについては内容は必ず確認しますし、加筆・修
正させてもらっています。PCホームページ上の社長メッセージも私が魂を込めて書いています。
勿論、三浦本人が書いていることは、まずここに誓いたいと思います(笑)。こういう文章って親しければ親しいほど、言い回しとか語尾とか文章のセンスで本人かどうかって分かりますよね。それに仮にこのhirogを私に代わって書いている人がいるとしたら、相当な三浦通だと思います(笑)。
ところで、私がゴーストライターという存在を知ったのは、そんなに昔ではなく社会人になってから、とある本の話になったときに「その本は実は私がゴーストライティングした」という人がいて、最初は言っていることが良く消化できませんでした。著名人の書籍は、多かれ少なかれゴーストライターを使っているという話を聞きます。確かに忙しい人にとっては(というよりも厳密には出版社にとっては)有り難い話なのかも知れません。
ゴーストライターの方々には申し訳ないのですが、私は自分の文章を他人に任せるということには抵抗があります。ゴーストライティングは、その人の特徴やその人についての知識をもとに、想像力を膨らませて、その人の気持ち、立場になって文章をかけるというそのゴーストライターの能力には感服しますし、文章のプロフェッショナルが書くことで、より表現力をもった文章ができるという利点もあることは理解できます。一方で、例えばその文面が法律的な問題に発展した場合には、責任の所在ってどうなるんだろう?という素朴な疑問があります。また、心情的に「自分はそれでいいの?」という納得性のところと、「読む人を騙しているのでは?」という倫理的な部分が引っかかるところがあります。特に私は自分の六感で確かめないと気が済まない性質なので尚更そう思うかも知れません。
・・・とここまでさんざん書いて来たところで、ふと会社が私の名前で公表している開示書類の原案で私以外のスタッフが書いているものがあったら、それもゴーストライターというのだろうか、と自問自答に入ってしまいました(笑)。
勿論、会社が公表している文章の原案すべてを私が作成しているとは言いませんが、自分の名前が入っているものについては内容は必ず確認しますし、加筆・修
正させてもらっています。PCホームページ上の社長メッセージも私が魂を込めて書いています。
五月之恋
May 09, 2006
今日は渋谷での夜のMTGが終わった後レイトショーで「五月の恋」という映画を観に行ってきました。普段1人で映画館で映画を観ることは無いので、かなり勇気を振り絞っての行動でした。
この映画は台湾人と中国人(本土)の物語ということで以前から気になっていたのですが、今日たまたま昼間に台湾の人の採用面接をしていて、中国人との間に感情のもつれのようなものって無いのだろうか?と気になっていたこともあり、現在日本で唯一上映している映画館の前を素通りできなかったのです(笑)。
映画の内容は・・・ハルビン(黒龍江省)で京劇をしている女子学生シュアンと台湾で人気バンドの手伝いをしている若者アレイの純愛ストーリーで、特に感動するようなものではなかったのですが、とってもほのぼのとしていて、映画を観終わった後に自分の心まで洗われたようでスッキリしました。また、この映画に出演していた女子学生役の女の子(リウ・イーフェイ)がとっても清純でかわいらしくてファンになりました(笑)。北京出身の18歳の新星女優でこの映画の撮影が始まったときは15歳だったそうです。
ところで台湾と中国本土(大陸ともいいます)は、台湾独立問題で、政治的にはますます緊張感が高まっていますが、今後どうなっていくのか中国ビジネスをしている私としてはとても気になるところです。我々日本人からすると同じ国として見てしまうのですが、以前中国のスタッフと一緒に台湾へ出張へ行こうと思ったら、中国人のビザがおりないことが判明し、急遽私1名で行ったことがあり、意識のギャップに驚いたことがあります。
台湾はもともと中華民国であり、日本が統治していた時期もあるためか親日派が多く、文化や食事も日本に似たところがあります。ただ台湾へ行ってみて思ったのは、逆に日本に近い部分が多く、かつなんとなく全体的に綺麗すぎて、私にとっては魅力を感じなかったというのが正直なところです。
また、一般的に台湾や香港経由で中国本土でビジネスをした方がうまくいくと言われていますが、実際に中国本土でビジネスをやってみると、そうでもないということが分かりました。勿論大陸にしてみるとお金をどんどん投資や浪費してくれる香港人や台湾人は表向きウェルカムなわけですが、一方で警戒心や感情的な嫉妬・抵抗なども若干あるように感じます。
ところで、本映画を観る動機にもなった「台湾人と中国人の関係」についてですが、本映画の中においては、中国語の発音が北京が巻き舌で台湾が巻かないという違いでお互い突っ込み合うシーンを除いては、全く違和感を感じませんでした。恋愛には国境も政治も無いということでしょうか。
この映画は台湾人と中国人(本土)の物語ということで以前から気になっていたのですが、今日たまたま昼間に台湾の人の採用面接をしていて、中国人との間に感情のもつれのようなものって無いのだろうか?と気になっていたこともあり、現在日本で唯一上映している映画館の前を素通りできなかったのです(笑)。
映画の内容は・・・ハルビン(黒龍江省)で京劇をしている女子学生シュアンと台湾で人気バンドの手伝いをしている若者アレイの純愛ストーリーで、特に感動するようなものではなかったのですが、とってもほのぼのとしていて、映画を観終わった後に自分の心まで洗われたようでスッキリしました。また、この映画に出演していた女子学生役の女の子(リウ・イーフェイ)がとっても清純でかわいらしくてファンになりました(笑)。北京出身の18歳の新星女優でこの映画の撮影が始まったときは15歳だったそうです。
ところで台湾と中国本土(大陸ともいいます)は、台湾独立問題で、政治的にはますます緊張感が高まっていますが、今後どうなっていくのか中国ビジネスをしている私としてはとても気になるところです。我々日本人からすると同じ国として見てしまうのですが、以前中国のスタッフと一緒に台湾へ出張へ行こうと思ったら、中国人のビザがおりないことが判明し、急遽私1名で行ったことがあり、意識のギャップに驚いたことがあります。
台湾はもともと中華民国であり、日本が統治していた時期もあるためか親日派が多く、文化や食事も日本に似たところがあります。ただ台湾へ行ってみて思ったのは、逆に日本に近い部分が多く、かつなんとなく全体的に綺麗すぎて、私にとっては魅力を感じなかったというのが正直なところです。
また、一般的に台湾や香港経由で中国本土でビジネスをした方がうまくいくと言われていますが、実際に中国本土でビジネスをやってみると、そうでもないということが分かりました。勿論大陸にしてみるとお金をどんどん投資や浪費してくれる香港人や台湾人は表向きウェルカムなわけですが、一方で警戒心や感情的な嫉妬・抵抗なども若干あるように感じます。
ところで、本映画を観る動機にもなった「台湾人と中国人の関係」についてですが、本映画の中においては、中国語の発音が北京が巻き舌で台湾が巻かないという違いでお互い突っ込み合うシーンを除いては、全く違和感を感じませんでした。恋愛には国境も政治も無いということでしょうか。
犬
May 08, 2006
皆さんは犬と猫のどちらが好きでしょうか?「両方好き」という人もいるかも知れませんが、どちらかが好きでどちらかが苦手という人は結構多いのではないかと思います。
私は完全に犬派です。猫は昔近所の野良猫が私のペット達を散々いじめてくれたという悪印象があるのと、夜光る目がなんとなく不気味なところが気になります。
それに引き換え犬は全体的に爽やかなイメージがあり、加えて賢くて人に懐くところもポイントが高いところです。私はヨダレを垂らす犬を除けば、小型から大型まで、血統犬から雑種まで何でも好きです。特に好きなのは「ボクサー」と「チワワ」です。チワワは言わずもがな良く知られているので省略しますが、ボクサーというのはシェパードを少し小さくして顔を少しブルドックに似せたような外見をした訓練犬で、賢くて勇敢なんだけど忠実で愛嬌があるところが好きです。
こんなに犬が好きな私なのですが、実は一度も犬を飼った経験が無いのです。
実家では親が、死んじゃったときに悲しいからという理由で飼わせてくれなかったのが一番の理由です。自分達がさんざん飼って別れるのが辛かったというトラウマがあるようなのですが、私にしてみれば余計なお世話、という感じでいつも反発していました。
小さい頃は、よく近所から子犬をもらってきては「返してきなさい」と親に怒られ渋々返すという行為を繰り返していました。飼うのがダメなら、と友達の犬を1日レンタルさせてもらって1日中朝から晩まで一緒に遊んでいたこともあります。
今でも忘れられないのは、郊外のペットショップで売られていたチワワの赤ちゃんです。大きな目で心細そうに私をじっと見つめ、小さい身体を小刻みに震わせながら何かに怯えているようでした。たまたまそのとき手元に買えるぐらいの現金を持ち合わせていたのですが、散々そのチワワの前を右往左往しながら結局親の顔を思い浮かべて辞めてしまったことがあり、今でも心残りです。
東京に来たら絶対飼おうと思っていたのですが、今度はペットOKのマンションが少なかったり、仕事が忙しすぎたりで、結局犬がかわいそうかなと思って未だに実現できていません。
犬を飼っている人たちは、公園とかでもお互いすぐに打ち解けてコミュニケーションが取れていたりするのを見ると、なんとなくうらやましく思います。「犬が好き」という共通項だけで、これだけ親しみを覚えさせるものはあまり無いと思います。
一戸建てを建てる機会があったら、長い間の犬を飼うという目標を達成したいと思います。
私は完全に犬派です。猫は昔近所の野良猫が私のペット達を散々いじめてくれたという悪印象があるのと、夜光る目がなんとなく不気味なところが気になります。
それに引き換え犬は全体的に爽やかなイメージがあり、加えて賢くて人に懐くところもポイントが高いところです。私はヨダレを垂らす犬を除けば、小型から大型まで、血統犬から雑種まで何でも好きです。特に好きなのは「ボクサー」と「チワワ」です。チワワは言わずもがな良く知られているので省略しますが、ボクサーというのはシェパードを少し小さくして顔を少しブルドックに似せたような外見をした訓練犬で、賢くて勇敢なんだけど忠実で愛嬌があるところが好きです。
こんなに犬が好きな私なのですが、実は一度も犬を飼った経験が無いのです。
実家では親が、死んじゃったときに悲しいからという理由で飼わせてくれなかったのが一番の理由です。自分達がさんざん飼って別れるのが辛かったというトラウマがあるようなのですが、私にしてみれば余計なお世話、という感じでいつも反発していました。
小さい頃は、よく近所から子犬をもらってきては「返してきなさい」と親に怒られ渋々返すという行為を繰り返していました。飼うのがダメなら、と友達の犬を1日レンタルさせてもらって1日中朝から晩まで一緒に遊んでいたこともあります。
今でも忘れられないのは、郊外のペットショップで売られていたチワワの赤ちゃんです。大きな目で心細そうに私をじっと見つめ、小さい身体を小刻みに震わせながら何かに怯えているようでした。たまたまそのとき手元に買えるぐらいの現金を持ち合わせていたのですが、散々そのチワワの前を右往左往しながら結局親の顔を思い浮かべて辞めてしまったことがあり、今でも心残りです。
東京に来たら絶対飼おうと思っていたのですが、今度はペットOKのマンションが少なかったり、仕事が忙しすぎたりで、結局犬がかわいそうかなと思って未だに実現できていません。
犬を飼っている人たちは、公園とかでもお互いすぐに打ち解けてコミュニケーションが取れていたりするのを見ると、なんとなくうらやましく思います。「犬が好き」という共通項だけで、これだけ親しみを覚えさせるものはあまり無いと思います。
一戸建てを建てる機会があったら、長い間の犬を飼うという目標を達成したいと思います。
もんじゃ
May 07, 2006
「もんじゃ」ネタで書き尽くせるのか不安ですが、考えるより手を動かすということで・・・。
今日の夕ご飯は「もんじゃ焼き」を食べにいってきました。
下町をウロウロ歩くこと30分、ようやくそれっぽいお店を見つけて入ってみました。時間はまだ17時だというのに、店内はほぼ満員。1席だけちょうど空いたということで2階の座敷に通されました。
とても雰囲気の良い空間でたくさんのお客さんがおいしそうに口に運んでいるのをみて、ここはおいしいかも、と期待に胸を躍らせながらメニューを手にとり、最初にTVでも何度か紹介されたという「特選もんじゃ」なるものをオーダー。「もんじゃ」は、実は私の人生では過去1回しか食したことが無く、それも何年も前のことで作り方すら忘れてしまったので、店の人に頼んで作ってもらいました。さすがに作る人が良いのかひとくち口にしたときから、その芳ばしい味と食感に久々に素直に「おいしい」という言葉が出ていました。「はがし」と呼ばれるヘラで食べるというその雰囲気も、おいしさを引き立てているのかも知れません。もんじゃの生地の残りの部分を剥がした「もんじゃせんべい」なるものは初めて知りました。
とりあえず「もんじゃ」を口にして目的達成したので、何かお腹が膨らむものを、と次にこちらもとあるTV番組で紹介されたというキャッチに負けて「特選やきそば」を注文、あっという間にすべて平らげてしまいました。
次に私の好物の「もやし」がたくさん入った「もやしもんじゃ」を頼んでみたのですが、本当にもやしばっかりで、生地(だし汁)がほとんどなく「おこげ」が出来ずに、もやし炒めとほとんど変わらず、これで帰ったら「もんじゃ」の印象が半減すると思い、もう1つ頼むことに。
それまで1時間足らずの経験と反省をもとに、満を帰して既に顔見知りになりつつある店員に頼んだのは「チーズとお餅入りもんじゃ」。これはさすがに想像通りの絶品でした(特に女性が好みそうな味です)。それでもまだ満腹にはならなかったので、もう1個頼もうとしたのですが、入り口にたくさん人が並んでいたので、自粛することにしました。
「もんじゃ」はもともと江戸時代に鉄板の上に文字を画きながら食したことにちなんで「文字焼き」と言われるようになり、それがなまって「もんじゃ焼き」になったそうで、東京では月島が有名ですが、浅草が発祥の地らしいです(店員談)。
お好み焼き好きの私がお好み焼きを食べずして「もんじゃ焼き」のみで店を後にしたことが、「もんじゃ」の美味さを物語っていると思います。皆さんも「もんじゃパーティ」でも開いてみてはどうでしょうか。
今日の夕ご飯は「もんじゃ焼き」を食べにいってきました。
下町をウロウロ歩くこと30分、ようやくそれっぽいお店を見つけて入ってみました。時間はまだ17時だというのに、店内はほぼ満員。1席だけちょうど空いたということで2階の座敷に通されました。
とても雰囲気の良い空間でたくさんのお客さんがおいしそうに口に運んでいるのをみて、ここはおいしいかも、と期待に胸を躍らせながらメニューを手にとり、最初にTVでも何度か紹介されたという「特選もんじゃ」なるものをオーダー。「もんじゃ」は、実は私の人生では過去1回しか食したことが無く、それも何年も前のことで作り方すら忘れてしまったので、店の人に頼んで作ってもらいました。さすがに作る人が良いのかひとくち口にしたときから、その芳ばしい味と食感に久々に素直に「おいしい」という言葉が出ていました。「はがし」と呼ばれるヘラで食べるというその雰囲気も、おいしさを引き立てているのかも知れません。もんじゃの生地の残りの部分を剥がした「もんじゃせんべい」なるものは初めて知りました。
とりあえず「もんじゃ」を口にして目的達成したので、何かお腹が膨らむものを、と次にこちらもとあるTV番組で紹介されたというキャッチに負けて「特選やきそば」を注文、あっという間にすべて平らげてしまいました。
次に私の好物の「もやし」がたくさん入った「もやしもんじゃ」を頼んでみたのですが、本当にもやしばっかりで、生地(だし汁)がほとんどなく「おこげ」が出来ずに、もやし炒めとほとんど変わらず、これで帰ったら「もんじゃ」の印象が半減すると思い、もう1つ頼むことに。
それまで1時間足らずの経験と反省をもとに、満を帰して既に顔見知りになりつつある店員に頼んだのは「チーズとお餅入りもんじゃ」。これはさすがに想像通りの絶品でした(特に女性が好みそうな味です)。それでもまだ満腹にはならなかったので、もう1個頼もうとしたのですが、入り口にたくさん人が並んでいたので、自粛することにしました。
「もんじゃ」はもともと江戸時代に鉄板の上に文字を画きながら食したことにちなんで「文字焼き」と言われるようになり、それがなまって「もんじゃ焼き」になったそうで、東京では月島が有名ですが、浅草が発祥の地らしいです(店員談)。
お好み焼き好きの私がお好み焼きを食べずして「もんじゃ焼き」のみで店を後にしたことが、「もんじゃ」の美味さを物語っていると思います。皆さんも「もんじゃパーティ」でも開いてみてはどうでしょうか。
IKEA
May 06, 2006
今日は今話題の「IKEA」に行ってきました。スウェーデンのお洒落な家具とインテリアの店と聞いていたので、どこにあるのかと思っていたら何と船橋(千葉)にあったのですね。以前の人工スキー場であるザウスがあった場所らしいです(私はザウスに行ったことが無いのですが「ららぽーと」の近くです)。
中に入ってみると、かなり広い売り場スペースで、ショールーム→マーケット→セルフサービスと流れる独特の導線になっていました。ショールームで見て欲しいものをメモっておいて最後にセルフサービスで購入というプロセスなのですが、セルフサービスのところに行き着く頃には結構疲れて来ているので、ここで大きな荷物を積むというネガティブな動作が入ると、購買に影響があるような気もしました。
店内には広いレストランがあり、これも1つの売りのようでした(人が多すぎて入るのは断念しました)。子供連れも多くいましたが、さすが外資系企業だけあって、お子様セットは290円という低価格での提供、ゆっくり買い物ができるように、子供を預けるキッズコーナーもありました。
「IKEA」の企業理念は「機能的でデザインセンスの良いインテリアを手頃な価格で提供する」ということで、確かにデザインセンスは悪くなく、価格も全体的には非常にリーズナブルでした(たまに高い品物が混じっているのが不思議でしたが)。つまり「IKEA」の企業理念がそのまま商品に表れて「デザインが良くて安い」という評判になっている理想的な例だと思います。
価格が安くできるのは色々なノウハウの積み重ねによるものだと思いますが、見たところ大きくは、大量生産による仕入れ価格引下げ、組み立て式やセルフサービス制度の採用による人件費の節約にあるように感じました。
「IKEA」は既に40年の歴史をもち、約30ヶ国に及ぶグローバル展開をしているとか(そういえば上海にもあったような)。店内にマネジメントチームの顔触れが紹介されていましたが、半分以上は外人というチーム構成でした。他人事ながら、ドメスティック(日本)に受け入れられるサービスが提供できるのかな、と心配になりました。例えば、最寄りの高速道路を降りてからのナビゲーション(看板や人の誘導)があまりにも疎かで、辿り着くまでに相当な時間とストレスを費やしました。
オープン前後から多くのメディアで取り上げられたうえに、今日なんかはGWの中日だったこともあり、かなりの人出(それでも最近の休日にしてはマシだったらしい)でしたが、これからが本当の勝負だと思います。
日本の第1号店となる船橋店は4月末にオープンしたばかりですが、5月末には第2号店が横浜の港北に出来るそうです。今日は、店内で偶然にも同じマンションの人2組にそれぞれ会いました。世田谷の1つのマンションの住人が3組もかなり離れた千葉という土地で、同じときに同じ店に行っていたというのは相当なことだと思いました。港北店では何組と遭遇するのでしょうか・・・。
中に入ってみると、かなり広い売り場スペースで、ショールーム→マーケット→セルフサービスと流れる独特の導線になっていました。ショールームで見て欲しいものをメモっておいて最後にセルフサービスで購入というプロセスなのですが、セルフサービスのところに行き着く頃には結構疲れて来ているので、ここで大きな荷物を積むというネガティブな動作が入ると、購買に影響があるような気もしました。
店内には広いレストランがあり、これも1つの売りのようでした(人が多すぎて入るのは断念しました)。子供連れも多くいましたが、さすが外資系企業だけあって、お子様セットは290円という低価格での提供、ゆっくり買い物ができるように、子供を預けるキッズコーナーもありました。
「IKEA」の企業理念は「機能的でデザインセンスの良いインテリアを手頃な価格で提供する」ということで、確かにデザインセンスは悪くなく、価格も全体的には非常にリーズナブルでした(たまに高い品物が混じっているのが不思議でしたが)。つまり「IKEA」の企業理念がそのまま商品に表れて「デザインが良くて安い」という評判になっている理想的な例だと思います。
価格が安くできるのは色々なノウハウの積み重ねによるものだと思いますが、見たところ大きくは、大量生産による仕入れ価格引下げ、組み立て式やセルフサービス制度の採用による人件費の節約にあるように感じました。
「IKEA」は既に40年の歴史をもち、約30ヶ国に及ぶグローバル展開をしているとか(そういえば上海にもあったような)。店内にマネジメントチームの顔触れが紹介されていましたが、半分以上は外人というチーム構成でした。他人事ながら、ドメスティック(日本)に受け入れられるサービスが提供できるのかな、と心配になりました。例えば、最寄りの高速道路を降りてからのナビゲーション(看板や人の誘導)があまりにも疎かで、辿り着くまでに相当な時間とストレスを費やしました。
オープン前後から多くのメディアで取り上げられたうえに、今日なんかはGWの中日だったこともあり、かなりの人出(それでも最近の休日にしてはマシだったらしい)でしたが、これからが本当の勝負だと思います。
日本の第1号店となる船橋店は4月末にオープンしたばかりですが、5月末には第2号店が横浜の港北に出来るそうです。今日は、店内で偶然にも同じマンションの人2組にそれぞれ会いました。世田谷の1つのマンションの住人が3組もかなり離れた千葉という土地で、同じときに同じ店に行っていたというのは相当なことだと思いました。港北店では何組と遭遇するのでしょうか・・・。
休日出勤
May 05, 2006
休日に仕事をするときには家ですることが多いのでオフィスに来ることは少ないのですが、本日は来客もあったのでオフィスに行きました。
休日出勤というと皆さんはどういうイメージを持つでしょうか?私は社会人になってから休日出勤は日常茶飯事だったので、それ自体に特別なイメージは無いのですが、休日出勤するとなんとなく「ワクワク」するのです。自分なりに分析すると、なんとなく休日出勤という行為に、非日常を感じるのかも知れません。
普段はたくさん人が働いているオフィスに自分1人だけがいて、自分だけのオフィスのような感覚になるのです。静まり帰った広いオフィスで、誰も邪魔をする人がいなくて、自分のやりたい仕事をただ黙々とする・・・。そして普段ではできない、音楽を聴いたり、お菓子をつまんだりしながら、周りに気を遣わないで仕事ができるというのも休日出勤の醍醐味です。
しかしながら、この休日出勤も夜に及ぶとだんだん寂しくなってきます。通常電気代の事を考えて自分の近くのエリアだけの照明をつけているので、周りは薄暗くなっていて、自分のパソコンを打つ音だけがオフィスに響き渡ります。そんなときにたまに電話が鳴るとかなり驚かされます。以前夜中に警備員のおじさんが突然オフィスに立ち入ってきたときも心臓が止まるかと思いました(私が音楽を聴いていたので気がつかなかったのです)。
休日出勤のネックはたまに鍵を忘れて行ってしまうことです。そんなときは、オフィスの近くに住んでいる誰かに連絡をして持ってきてもらうか、警備員の人にお願いをして空けてもらうことになります。以前のオフィスでどうしても急いでオフィスに入らなくてはいけないときに、警備員と開ける開けないで押し問答になったときがあり、警備員に「責任者に通告しますよ」と言われて困ったときがありました。休日の服装はかなりカジュアルなので責任者には見えなかったのだと思います。
今日は会社の決算発表が近いこともあり、管理部門のスタッフが数名出勤していました。会社が上場してから決算発表は毎年5月の中旬に行うので、経理チームはいつもGWは決算作業のため休日返上になってしまうのです。申し訳ない、大変お疲れさまです。
休日出勤というと皆さんはどういうイメージを持つでしょうか?私は社会人になってから休日出勤は日常茶飯事だったので、それ自体に特別なイメージは無いのですが、休日出勤するとなんとなく「ワクワク」するのです。自分なりに分析すると、なんとなく休日出勤という行為に、非日常を感じるのかも知れません。
普段はたくさん人が働いているオフィスに自分1人だけがいて、自分だけのオフィスのような感覚になるのです。静まり帰った広いオフィスで、誰も邪魔をする人がいなくて、自分のやりたい仕事をただ黙々とする・・・。そして普段ではできない、音楽を聴いたり、お菓子をつまんだりしながら、周りに気を遣わないで仕事ができるというのも休日出勤の醍醐味です。
しかしながら、この休日出勤も夜に及ぶとだんだん寂しくなってきます。通常電気代の事を考えて自分の近くのエリアだけの照明をつけているので、周りは薄暗くなっていて、自分のパソコンを打つ音だけがオフィスに響き渡ります。そんなときにたまに電話が鳴るとかなり驚かされます。以前夜中に警備員のおじさんが突然オフィスに立ち入ってきたときも心臓が止まるかと思いました(私が音楽を聴いていたので気がつかなかったのです)。
休日出勤のネックはたまに鍵を忘れて行ってしまうことです。そんなときは、オフィスの近くに住んでいる誰かに連絡をして持ってきてもらうか、警備員の人にお願いをして空けてもらうことになります。以前のオフィスでどうしても急いでオフィスに入らなくてはいけないときに、警備員と開ける開けないで押し問答になったときがあり、警備員に「責任者に通告しますよ」と言われて困ったときがありました。休日の服装はかなりカジュアルなので責任者には見えなかったのだと思います。
今日は会社の決算発表が近いこともあり、管理部門のスタッフが数名出勤していました。会社が上場してから決算発表は毎年5月の中旬に行うので、経理チームはいつもGWは決算作業のため休日返上になってしまうのです。申し訳ない、大変お疲れさまです。
ボーイスカウト
May 04, 2006
今日外に出ていたらボーイスカウトの人達を見掛け、ふと昔の自分を思い出しました。
小学校低学年の頃に、母が私の自立心を育てるためにと、半ば強制的に入隊させたのがボーイスカウトでした。ボーイスカウトと言っても実は年齢によって呼び名が分かれていて、小学校4年まではカブスカウトという名前で呼ばれています。どのポジションにいるのかがすぐ分かるバッジのついた紺の制服にオリジナルのネクタイと帽子を身に着けているので、ひと目でそれと分かります。
ところでこの「スカウト」の意味ですが、偵察や見つけ出すということではなく、「先駆者」という意味だそうです。20世紀の初めにとある島で少年達に訓練活動を試みたのが始まりということで、主として奉仕を通じて地域社会に貢献する教育活動をすることが目的の団体です。活動内容は若干異なるのですが、女性もガールスカウトという形で活動を行います。私が在籍していた当時もジャンボリーと言われる大きな大会では世界各国からたくさんの人が集まっていて団体の横の連携の強さを感じました。現在の隊員数は日本だけでも20万弱のようで、来年でちょうど100年を迎えるそうです。大人になってからも継続している人は少ないかも知れませんが、かつて在籍していたことがある、という男性はかなり多いのではないかと思います。
カブスカウトで覚えているのは、清掃や赤い羽根運動などの奉仕活動とキャンプで、特にカレーと寝袋というイメージが強くあります(笑)。いずれにしてもアウトドア、かつ一種の教育活動なので、あまり楽しかったという印象はありません。今思えば結構縦社会だったことも抵抗があったのかも知れません(規律の維持には明確な指揮・命令系統が必要なのでしょうけど)。
そんな中でも最も印象に残っているのは、電気も何も無い山の奥でキャンプをしたときに、夜寝付けずに1人でテントを抜け出してトイレ(といっても野原)に行ったときに、用を済ましながら見上げたときの星空です。プラネタリウム顔負けの空一面に星がちりばめられていて、こんなに星って多かったんだと改めて感動をしました。そして、そこには生まれて初めて見る、いくつもの美しい流れ星が流れていきました。願い事を・・・と思ったこの瞬間、初めて流れ星を見たときのお祈りのヒントを発見しました。聞きたい人は個別に三浦まで(笑)。
小学校低学年の頃に、母が私の自立心を育てるためにと、半ば強制的に入隊させたのがボーイスカウトでした。ボーイスカウトと言っても実は年齢によって呼び名が分かれていて、小学校4年まではカブスカウトという名前で呼ばれています。どのポジションにいるのかがすぐ分かるバッジのついた紺の制服にオリジナルのネクタイと帽子を身に着けているので、ひと目でそれと分かります。
ところでこの「スカウト」の意味ですが、偵察や見つけ出すということではなく、「先駆者」という意味だそうです。20世紀の初めにとある島で少年達に訓練活動を試みたのが始まりということで、主として奉仕を通じて地域社会に貢献する教育活動をすることが目的の団体です。活動内容は若干異なるのですが、女性もガールスカウトという形で活動を行います。私が在籍していた当時もジャンボリーと言われる大きな大会では世界各国からたくさんの人が集まっていて団体の横の連携の強さを感じました。現在の隊員数は日本だけでも20万弱のようで、来年でちょうど100年を迎えるそうです。大人になってからも継続している人は少ないかも知れませんが、かつて在籍していたことがある、という男性はかなり多いのではないかと思います。
カブスカウトで覚えているのは、清掃や赤い羽根運動などの奉仕活動とキャンプで、特にカレーと寝袋というイメージが強くあります(笑)。いずれにしてもアウトドア、かつ一種の教育活動なので、あまり楽しかったという印象はありません。今思えば結構縦社会だったことも抵抗があったのかも知れません(規律の維持には明確な指揮・命令系統が必要なのでしょうけど)。
そんな中でも最も印象に残っているのは、電気も何も無い山の奥でキャンプをしたときに、夜寝付けずに1人でテントを抜け出してトイレ(といっても野原)に行ったときに、用を済ましながら見上げたときの星空です。プラネタリウム顔負けの空一面に星がちりばめられていて、こんなに星って多かったんだと改めて感動をしました。そして、そこには生まれて初めて見る、いくつもの美しい流れ星が流れていきました。願い事を・・・と思ったこの瞬間、初めて流れ星を見たときのお祈りのヒントを発見しました。聞きたい人は個別に三浦まで(笑)。
漬け物
May 03, 2006
私の好物の1つに漬け物があります。
本当に漬け物には目が無くて、買ってきたりお土産でもらった一袋の漬け物を放っておくと一度に全部食べてしまいます。半分ぐらい食べたところでいつも「身体に悪いからその辺でやめておいた方がいいよ」という天使の言葉が聞こえて、一旦は食するのを停止するのですが、数分経つと「もうだいぶ食べたんだからあと半分食べても一緒一緒」、「ここで残して食べなかったら後で捨てることになってもったいない」などという悪魔の声に屈して結局残りを平らげてしまうのです。
デパートやスーパーの食品売り場で買い物をしていても、ついつい試食をしてしまいます。試食だけで買わないのに申し訳ないな〜などと思いながら、試食をするのですが、大概は想定したものよりおいしかったりするので、いつの間にか買い物カゴに入っていて、逆に試食作戦にまんまとはまっているという感じです。
そんな漬け物の中での私のベストスリーです。
第3位は「沢庵」です。やはり漬け物の定番沢庵は捨てがたいものがあります。私はインチキ臭い人工着色料のたんまり入った真黄色のものから、自然色で漬け汁と一緒に梱包された本格派まで何でも来いで、沢庵があればご飯を3杯は食べることができます。
第2位は「長茄子漬」です。私の故郷仙台の名産でもある長茄子漬は、あの形と色がなんともいえない食欲をそそります。ちょっとしょっぱ過ぎるのがたまにキズですが、七味を加えるとより香ばしさが増して美味になります。
そしてダントツの第1位は「野沢菜」です。本日長野出身の人と話していて、急に食べたくなってしまいました。野沢菜の一番の醍醐味はやわらない葉っぱとコシのある茎の両方の歯ざわりを楽しめることです。(私にとっては柿の種とピーナッツを交互に食べることで飽きることのない柿ピーに通じるものがあります)
私の野沢菜好きは私の知り合いの間では有名なので、旅行のお土産に買ってきてくれる人も少なくありません。
ベスト3入りは果たせませんでしたが、キュウリ漬や白菜漬も大好きで、実家に帰るといつも母親が作ってくれます。
逆にヌカ味噌系やお酒で漬けたもの(つまり大人の味)は、あまり好きではありません。
今は帰宅する途中なのですが、書いているうちに食べたくなってきたので、これからコンビニにでも立ち寄って漬け物を調達しようと思います。ベスト3のいずれかが売っていることを祈りつつ・・・。
本当に漬け物には目が無くて、買ってきたりお土産でもらった一袋の漬け物を放っておくと一度に全部食べてしまいます。半分ぐらい食べたところでいつも「身体に悪いからその辺でやめておいた方がいいよ」という天使の言葉が聞こえて、一旦は食するのを停止するのですが、数分経つと「もうだいぶ食べたんだからあと半分食べても一緒一緒」、「ここで残して食べなかったら後で捨てることになってもったいない」などという悪魔の声に屈して結局残りを平らげてしまうのです。
デパートやスーパーの食品売り場で買い物をしていても、ついつい試食をしてしまいます。試食だけで買わないのに申し訳ないな〜などと思いながら、試食をするのですが、大概は想定したものよりおいしかったりするので、いつの間にか買い物カゴに入っていて、逆に試食作戦にまんまとはまっているという感じです。
そんな漬け物の中での私のベストスリーです。
第3位は「沢庵」です。やはり漬け物の定番沢庵は捨てがたいものがあります。私はインチキ臭い人工着色料のたんまり入った真黄色のものから、自然色で漬け汁と一緒に梱包された本格派まで何でも来いで、沢庵があればご飯を3杯は食べることができます。
第2位は「長茄子漬」です。私の故郷仙台の名産でもある長茄子漬は、あの形と色がなんともいえない食欲をそそります。ちょっとしょっぱ過ぎるのがたまにキズですが、七味を加えるとより香ばしさが増して美味になります。
そしてダントツの第1位は「野沢菜」です。本日長野出身の人と話していて、急に食べたくなってしまいました。野沢菜の一番の醍醐味はやわらない葉っぱとコシのある茎の両方の歯ざわりを楽しめることです。(私にとっては柿の種とピーナッツを交互に食べることで飽きることのない柿ピーに通じるものがあります)
私の野沢菜好きは私の知り合いの間では有名なので、旅行のお土産に買ってきてくれる人も少なくありません。
ベスト3入りは果たせませんでしたが、キュウリ漬や白菜漬も大好きで、実家に帰るといつも母親が作ってくれます。
逆にヌカ味噌系やお酒で漬けたもの(つまり大人の味)は、あまり好きではありません。
今は帰宅する途中なのですが、書いているうちに食べたくなってきたので、これからコンビニにでも立ち寄って漬け物を調達しようと思います。ベスト3のいずれかが売っていることを祈りつつ・・・。
かめさんチーム
May 02, 2006
うちの会社には通称「かめさんチーム」と呼ばれている部署があります。私の直轄で中長期的な新規事業を立ち上げることを使命としています。
「かめさん」の名前の由来は、以下の5つから来ています。
1.中長期という事業スパンの長さを「かめさん」の長寿に掛けた
2.「うさぎとかめ」の競争は最後は「かめ」が勝つという教訓
3.「かめ」はノロマのイメージがあるので、逆にそうならないための戒め
4.「かめ」の甲羅のように強い信念と意思をもって事業を立ち上げる
5.「かめ」のようにたくさんの卵(成果)を産んで欲しいという願望
本当のところ、4番目と5番目は後から取ってつけた理由です(笑)が、とにかく常識から外れたアイデアと創造性にあふれた革新的なサービスを創り出したいという願いを込めてつけた名称です。
かめさんチームは、リーダー以外は若い社員とこのチームのミッションのために中途で採用した社員で構成された、いわばフレッシュな寄せ集め集団です。「自己主張のできる人」を判断基準にしていたこともあり、皆ハッキリと意見が言える人が揃っていると思います。
私はくだらない思いつきを含めてどんどんアイデアが溢れてくるのですが、その実現性や市場ニーズ、競合状況、採算性などを調査し、GOとなった場合には事業の立ち上げまでを担当します。勿論かめさんチームのスタッフがやりたいと思うプロジェクトも同様のプロセスを踏みます。
1週間に1度、私が参加のうえで進捗報告や方向性を決める「かめさんMTG」を開いているのですが、ここでは私が話している時間が8割ぐらいを占めてしまい、実務レベルの話に落ちないという欠点があります。よって、リーダーの社員Gさんは自主的に私を除いたメンバーで実務面を詰める「こがめ分科会」なるものを毎週開催しているようです。ここで話されている内容は残念ながら私も知りません・・・。
かめさんチームでは、現在10個以上のプロジェクトを調査・検討しています。
この中から、将来のネットビレッジの事業の柱に育つことを祈りつつ、かめさんは今日も、ゆっくりですが、着実に、走り続けます。
「かめさん」の名前の由来は、以下の5つから来ています。
1.中長期という事業スパンの長さを「かめさん」の長寿に掛けた
2.「うさぎとかめ」の競争は最後は「かめ」が勝つという教訓
3.「かめ」はノロマのイメージがあるので、逆にそうならないための戒め
4.「かめ」の甲羅のように強い信念と意思をもって事業を立ち上げる
5.「かめ」のようにたくさんの卵(成果)を産んで欲しいという願望
本当のところ、4番目と5番目は後から取ってつけた理由です(笑)が、とにかく常識から外れたアイデアと創造性にあふれた革新的なサービスを創り出したいという願いを込めてつけた名称です。
かめさんチームは、リーダー以外は若い社員とこのチームのミッションのために中途で採用した社員で構成された、いわばフレッシュな寄せ集め集団です。「自己主張のできる人」を判断基準にしていたこともあり、皆ハッキリと意見が言える人が揃っていると思います。
私はくだらない思いつきを含めてどんどんアイデアが溢れてくるのですが、その実現性や市場ニーズ、競合状況、採算性などを調査し、GOとなった場合には事業の立ち上げまでを担当します。勿論かめさんチームのスタッフがやりたいと思うプロジェクトも同様のプロセスを踏みます。
1週間に1度、私が参加のうえで進捗報告や方向性を決める「かめさんMTG」を開いているのですが、ここでは私が話している時間が8割ぐらいを占めてしまい、実務レベルの話に落ちないという欠点があります。よって、リーダーの社員Gさんは自主的に私を除いたメンバーで実務面を詰める「こがめ分科会」なるものを毎週開催しているようです。ここで話されている内容は残念ながら私も知りません・・・。
かめさんチームでは、現在10個以上のプロジェクトを調査・検討しています。
この中から、将来のネットビレッジの事業の柱に育つことを祈りつつ、かめさんは今日も、ゆっくりですが、着実に、走り続けます。
NHKラジオ講座
May 01, 2006
語学を学習するとき、皆さんはどうしますか? NOVAへ通う人、家庭教師をつける人、高価なCD教材を購入する人、など様々だと思います。
私は一定周期で語学を勉強しなくては、と思うことがあるのですが、波があることが分かっているのでプレッシャーにならないNHKラジオ講座を活用しています。
初めてNHKラジオ講座と出会ったのは中学生のときの「基礎英語」だったのですが、これがどうして基礎なの?というぐらいに会話のスピードが速くて発音の聞き取りが出来ませんでした。その頃は朝6時ぐらいからやっていたので、早起きが苦手な私には苦痛の日々で、ラジオを聞きながら半分寝ていました。
大学生や社会人になってからも、思い立ってはたまにテキストを購入するものの、結局長続きせず、折り目1つない綺麗なテキストだけが積み重なっていくのでした。
そこで、最近かねてより思っていたことを実行することに。つまり放送時間に合わせて聞くのは難しいので、CDを購入して自分が都合の良いときに聞く、というものです。しかしこれもCDプレーヤーはかさ張って持ち歩くのが面倒なので、ハードディスク内蔵型デジタルオーディオプレーヤーを購入し、そこにデータを入れて聞くことにしました。
最初はフランス語と中国語と英語を、と思ったのですが、そんなに欲張っても聞けるわけがないので、「中国語講座」と「ビジネス英会話」の2つにしました。
私は電車の中などでもボーっと仕事の事を考えていることが多いので、聞ける時間はかなり限られているのですが、気分転換にもなるので、一応テキストとCDだけは毎月購入しています。ただ、こういうのって不思議と教材を購入しただけで勉強したような錯覚に陥ることがあるので危険です。特にテキストには直接学習とは関係ない色々なエピソードも載っていて、ついついそれだけ読んでその月は終わり、なんてこともたまにあります(笑)。
もし、私と同じNHKラジオ講座を聞いている方がいらっしゃったら、是非スキットの内容について話をしましょう。それが良い意味でプレッシャーになるかも知れません(笑)。
ちなみに、5月の中国語講座のテーマは「世界遺産」、ビジネス英会話のテーマは「中国市場」で、まるで私のために設定してくれたようです!
5月の完読を目指して!
私は一定周期で語学を勉強しなくては、と思うことがあるのですが、波があることが分かっているのでプレッシャーにならないNHKラジオ講座を活用しています。
初めてNHKラジオ講座と出会ったのは中学生のときの「基礎英語」だったのですが、これがどうして基礎なの?というぐらいに会話のスピードが速くて発音の聞き取りが出来ませんでした。その頃は朝6時ぐらいからやっていたので、早起きが苦手な私には苦痛の日々で、ラジオを聞きながら半分寝ていました。
大学生や社会人になってからも、思い立ってはたまにテキストを購入するものの、結局長続きせず、折り目1つない綺麗なテキストだけが積み重なっていくのでした。
そこで、最近かねてより思っていたことを実行することに。つまり放送時間に合わせて聞くのは難しいので、CDを購入して自分が都合の良いときに聞く、というものです。しかしこれもCDプレーヤーはかさ張って持ち歩くのが面倒なので、ハードディスク内蔵型デジタルオーディオプレーヤーを購入し、そこにデータを入れて聞くことにしました。
最初はフランス語と中国語と英語を、と思ったのですが、そんなに欲張っても聞けるわけがないので、「中国語講座」と「ビジネス英会話」の2つにしました。
私は電車の中などでもボーっと仕事の事を考えていることが多いので、聞ける時間はかなり限られているのですが、気分転換にもなるので、一応テキストとCDだけは毎月購入しています。ただ、こういうのって不思議と教材を購入しただけで勉強したような錯覚に陥ることがあるので危険です。特にテキストには直接学習とは関係ない色々なエピソードも載っていて、ついついそれだけ読んでその月は終わり、なんてこともたまにあります(笑)。
もし、私と同じNHKラジオ講座を聞いている方がいらっしゃったら、是非スキットの内容について話をしましょう。それが良い意味でプレッシャーになるかも知れません(笑)。
ちなみに、5月の中国語講座のテーマは「世界遺産」、ビジネス英会話のテーマは「中国市場」で、まるで私のために設定してくれたようです!
5月の完読を目指して!